【第4章】今も変わらない何か
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「私の心は…あなたのものです」
真っ直ぐな瞳で告げられた想い。
それを知った時、3年前の全てが頭に蘇って来た。
瀕死の俺が捨てた全て。
滅びゆく人間の魂に力を貸してくれた魔獣。
俺の中の…Vが、最後まで生かした彼女。
限られた空間で寄り添うように生きた短い時間。
全て…大切だった。
どうして今まで忘れていたのか?
あの本に名前が書かれていなくとも、初めから俺が求めていたのは「アリア」だった。
今なら確かに分かる。
…アリアをレッドグレイブから避難させ、1日経った晩の記憶が自然と思い出される。
あの時、最初に言い出したのは地面に身体を丸めたグリフォンだった。
「バージルがアリアを忘れてたらどうするよ」
「あまり考えたくはないな…種は蒔いたが」
手にしたブレイクの詩集を開くと、「ゆりの花」のページに苦し紛れに書いた彼女の名前とデイリリーの押し花が残されている。
自分で言うのもなんだが、あれ程の大恋愛を忘れる方がおかしくさえ思えた。
しかし「俺」がバージルに戻った時、一部の感情だけ曇ってしまうことはあるかもしれない。
今まで悪魔として生き、ひたすらに力を求めた…。
恋愛感情など、バージルにとって不要の極みではないか?
そんな考えが改めて強くなってくる。
「アレで結構真面目チャンだから、きっと本に書かれた名前見たらびっくりだぜ」
「ああ…だが…」
記憶が曇ったバージルは、アリアの名前と押し花を見たら彼女を探さずにはいられなくなるだろう。
「俺の知らない間に何があった?」と。
しかし、それだけでは弱い。
もっとバージルが、アリアに興味を持つ決定打が必要だ。
そこまで考え、思い立ったのはひとつ。
ブレイクの詩集を閉じて、隣で横たわっているシャドウに一瞬視線をやってから、グリフォンの瞳を珍しく真っ直ぐ見つめる。
「お前たちの「契約」の話…」
グリフォンたちはアリアと契約すると話し合っていた。
あと使えるのはもう、これしかない。
「改めて記憶を掘り返したが…やはり悪魔と人間の契約の対価は基本的に魂だ」
「俺たちは悪魔だけど悪夢みたいなモンだぜ?」
「しかし悪魔だろう」
グリフォンは以前アリアの身体に影響のないように配慮すると言っていたくせに、いつもと同じ口調で俺に返したので、思わず溜め息をついた。
契約というのは勿論人間に不利なもので、しかもアリアは特に何か望みがある訳でもない。
あるとすれば、「魔獣たちを生かすこと」と「共にいること」だ。
「んじゃどうする?あとはアリアに取り憑くくらいしかねェけど」
「それだ。忠告するが、まともに取り憑くな」
「ハイ?どーゆーコト?」
何気なく言ったことがそのまま採用されたのが意外で、しかも俺の言うことが理解できないのか、グリフォンは首を傾げた。
「魔力を最小限にしてアリアの身体に対する影響を可能な限り抑えろ」
「ちょっと…マジ?」
「半殺しでは足りない。消滅寸前まで」
「マジかよ…」
無茶苦茶なことを言っているのは俺も分かってはいる。
だが、アリアの望みを叶えて俺も確実にアリアに再会するには、これが最後の一手だろう。
「アリアに悪魔が憑いていたらバージルは興味を持つはずだ…やっと探し出したアリアに悪魔が憑いていたら、な」
全て聞いたグリフォンは少し狼狽えていたが、すぐに口の端を上げてみせた。
こいつの前向きなところは、なんだかんだ嫌いではない。
「マ、バージルがアリアを覚えてりゃいい話だもんな!」
「必ず迎えに行く…それまでアリアを頼んだぞ」
その後不安が的中し「俺」は見事にアリアを忘れた。
「俺」が予想した通り、復活しても特に他人からの愛情などなくても生きていけたし、特に興味もなかった。
改めてネロからブレイクの詩集を手渡され、「ゆりの花」に女の名が書き記されていた時はまさに青天の霹靂だった。
主に知的好奇心から3年間彼女を探し続けてはいたが、顔も声も思い出すことはなかった。
だが実際にアリアに出逢って共に過ごしてみれば、胸の奥で微かに何かが目覚めた。
深層心理とでも言うのか…。
ともかく、今もうすべきことは明白だ。
このまま彼女と魔獣を完全に同化させる訳にはいかない。
先程まで苦しそうに俺にしがみついていたアリアを再び抱き上げ、急いで店まで戻った。
中庭が見渡せる寝室のベッドに静かに座らせると、俺の行動の意図が掴めず少し戸惑っているようだ。
「バージルさん?」
「このまま、ここで待て。すぐに戻る」
「はい…」
閻魔刀を片手にひとりで中庭に出て、鯉口を切る。
Vも魔獣も全て俺から生まれたもの。
「俺」がするべきは…嫉妬ではなかった。
以前と同じように自らの腹目掛け、躊躇いなく刀を突き立てると、あの時と同じように俺の中の一部が飛び出す。
やがて久々に見たその指先は…
やはり細くすぐに折れてしまいそうにも思えたが、3年前とは明らかに違う。
時が経てば消滅しそうだとか心臓の鼓動が弱いだとか、そんな脆さは微塵も感じない。
だが、3年ぶりの実体の感想よりも「早くアリアの元へ」と思い立ち、中庭から寝室へと戻る。
窓枠に片足を置いた時、さすがにアリアも「俺」の存在に気付いて目を見開いた。
「アリア」
「V…!?」
ベッドに腰掛けていたアリアが立ち上がって駆け寄って来る。
あの日からずっと想われていたことを改めて実感し、胸が熱くなった。
「どうして…」
「バージルが全て思い出した」
もう2度と会えないと思っていたんだろう、泣きそうな顔で眉を下げる彼女にあくまで冷静に伝える。
何も説明されていないのだから、きっと今の状況に混乱している。
「俺」も焦っていたから、珍しく余裕もなかった。
「そうだったの…?」
「…ああ、だから俺がいる」
バージルは今、自己のことよりアリアの危険を取り除くために行動している。
真っ先に何をすべきか、もう理解している。
そうでなければ、人間の魂である俺に素直に託すはずがない。
瞳に少し涙を溜めたアリアの頬にそっと触れれば、彼女は俺の手に自分のそれを重ねた。
「アリア、改めて遅くなってすまない…俺は、遅すぎた…」
「大丈夫…また会えたから」
「お前との2度目の恋、悪くなかった。お前を忘れていたのは…今までバージルが愛を信じられなかったからだ」
不謹慎かもしれないが、2度も情熱的な恋愛ができたのもこうして不測の事態が起きたからだ。
小さな身体を引き寄せ、3年前最後に見たアリアの切ない顔を払拭するように抱き締める。
「寂しい思いをさせたな…しかし、やっぱりお前が俺を解き放ってくれた。ありがとう、アリア」
耳元で囁くとアリアの両手がゆっくりだが背中に回されて、やっと抱き締め返してくれた。
少し躊躇いのようなものを感じたのは…気のせいではないだろう。
「もう身体の異変には気づいていると思うが…」
アリアの身に起きていることをしっかり説明しなければと、再び瞳を真っ直ぐに見つめ口を開いた。
「今、お前の心臓まで悪魔化しようとしている」
「え…?」
「俺が時間をかけ過ぎたせいで、グリフォンたちと同化が進んでしまった」
心臓部の異変は、魔獣たちが影響を最大限に抑えていたのが、とうとう限界が近くなったのだろう。
アリアは今まで自分から宿主について言い出した後めたさがあったのか、決してバージルに助けを求めなかった。
さすがに先程の痛みは「強がり」で隠し通すことができなかったようだが…。
あれだけ「アリアの身体に影響がないようにしろ」と大騒ぎしていたにも関わらず、結局今の事態を招いてしまった罪悪感はやはり俺の中にもある。
「人間と悪魔の契約の対価は基本的に魂だ。俺はお前をどの悪魔とも契約させたくなかった…」
「だから…私は悪魔憑きになったんだね」
今となってはどうとでも言えるが、本当はもっと早くアリアと再会し、魔獣を俺の元に戻す予定でいた。
真実を告げてもこの3年間がアリアにとって肯定的なものだったようで、瞳を細めて微笑んでくれる。
「グリフォンたちは俺が引き受ける。元々そういうつもりだった」
ぎりぎり間に合ったのか…
もしかしたらアリアの寿命の少しを削ってしまったかもしれない。
しかし、今の「俺」ならそれに対しても対処できる。
アリアが受け入れて、望むのならば。
「早速だが、アリア。魔獣をこちらへ」
「え…でも、どうしたらいいの?」
俺があまりに簡単に言うものだから、やはり戸惑って目を瞬いている。
生まれて1度もしたことがないのだから当たり前の反応だ。
「ソレはすでにお前の身体…イメージしろ。奥から解き放つ感覚だ」
少しでも不安を取り除けるようにアリアと両手をしっかり繋ぎ、再び寝室から出て中庭の真ん中まで導いた。
「大丈夫…できるはずだ。グリフォンたちにも手伝わせる」
「うん…!」
満月の光が柔らかくお互いを包んでくれ、アリアに微笑みかければ同じように返してくれる。
恐らくグリフォンも身体の内側から助言し、やがて彼女はそっと瞼を閉じた。
毛先が浮き上がり、洋服の隙間から見える皮膚の表面に、以前俺の身体にあったような紋様が浮き出て来る。
そして黒い粒子となってアリアの周りに漂い、こちらも受け入れるべく瞳を閉じた。
仕方ない状況下だったが「必ず迎えに行く」などと柄にもない台詞を吐いてしまう程、魔獣たちには感謝もしている。
次に目を開くと3年前と同じように身体にタトゥーが刻まれ、対照的にアリアの瞳や髪の色はよく知っている彼女自身のものに戻った。
「…なんか、少し身体が軽い気がする」
「久々に皆に会いたいか?」
「…うん!直接話したい!」
突然にすぐ傍にいた「友人」を失った彼女を思い、そのまますぐに順に実体化させることにした。
まず、声という手段を使って常にアリアを励ましていたあいつから…。
身体からタトゥーが1種抜け、夜の闇と同じような紺色の翼をはためかせグリフォンが現れる。
「やーっとお出ましか!待ちくたびれたゼ。ギリギリだったな、もう少しで諦めるトコだった」
「グリフォン!あんまり久しぶりって感じじゃないや」
満面の笑みでアリアが右手を構えれば、グリフォンは勝手知ったるという風にそこに留まった。
仕方ないことだが2人の間には強固な絆のようなものが生まれていて、少し不快になってくる。
「俺はいつも話せたもんな!でもコッチの方が男前だろ?」
「確かに…かっこいいよ」
「アリア…嬉しいんだけどよ、Vに殺されそう」
無意識のうちに睨みを利かせていたんだろう、俺の視線に気づいてこれ以上馴れ馴れしく話すのはやめた。
気を取り直し、またひとつタトゥーが消え、地面から黒いビロードの毛並みを持ったシャドウが現れる。
シャドウもシャドウですぐにアリアに駆け寄り、足元に擦り寄って行った。
「シャドウ!久しぶりに触れるね」
少し呆れてしまうくらいに、まるで飼い猫のようにアリアに戯れついている。
やはり身体を共有していた影響は大きく、ただの人間に悪魔がこんなにも懐くのは他にはないだろう。
今度依頼の際に戦闘に参加させなければ、2体ともかなり身体が鈍っているかもしれない。
最後は…
やつに自我があるか以前も謎だったが、もしかしたらこの3年間で人間性のようなものが芽生えている可能性もあるだろうか。
それなりの面積がある中庭を利用し、ナイトメアを召喚する。
シャドウと同じく黒い液状の身体から巨大な岩のようなそれが現れて、アリアは真面目にも向き合った。
ゆっくり1歩ずつ近づけば、ナイトメア自身もアリアに歩み寄ってくる。
「ナイトメア…あなたと見つめ合ったのは初めて…ずっと一緒にいたのに」
アリアの右手が足元に触れた時、大きな頭を下げたように見えたのは気のせいか。
「終わりよければ全て良し」を体現したような光景に、グリフォンが口を開く。
「バージルがホントにアリアを忘れちまってたのは驚いたけどよ。マ、結果オーライってヤツ!?」
時間を掛け過ぎてアリアの身体に負荷をかけてしまったのは否めないが、とにかく目的は達成した。
ナイトメアの足元から再び俺の傍にやってきたアリアの腰を引き寄せ抱き締めると、彼女は柔らかく微笑んでくれる。
「やはり…バージルはお前を愛した」
しかし俺から出た言葉に、眉を寄せて何やら複雑な表情をした。
瞳は逸らさず、何か言いたげでもある。
「…どうしてそんな顔をする?」
質問に答えずにいるが、なんとなくその心情は察することができる。
そしてそれを「俺」に真正面から言えない理由も。
「分かっている…俺もバージルも好きなんだろう」
俺が穏やかな声色で簡単に口にすると、胸に置かれた両手に少し力が込められた。
アリアはVもバージルも知ってる。
人生全てを見せることは不可能だが、アリアは限りなく「俺」を知って愛してくれた。
「…だからこそ、良かった。俺は俺だ。それを肯定するのがお前だ…どんな姿でも「俺」は愛されている」
3年前よりももっと深く、アリアに対して愛しさが増している。
どんな理由であれ、もう2度と彼女を手放すことができないくらいに。
俺の告白を聞いているうちに自分の想いを認められた気持ちになったのか、アリアは再び微笑んでくれた。
彼女の瞳にもやはり「俺」だけが映っている。
「私も…私を見つけて…新しい世界を一緒に歩いてくれるのはいつも「あなた」だった…」
自惚れではなく、今確信できる。
お互いに、この想いだけは「永遠」だ。
彼女の薄紅色の唇に未来を誓うようにそっと口付けると、背伸びして来たので必然的にしっかりしたキスになる。
「元の姿」に戻り、唇を離してもアリアの笑顔は変わることはなく、己の腕も彼女を抱き締めたままでいられた。
「アリア」
「…バージルさん」
「これから…俺と同じ時を過ごしてほしい」
「はい。ずっと一緒にいさせてください…許されるまで」
今きっと、ようやく俺たちは「1ヶ月」を越えた。
アリアの左手を掴み、薬指に魔力を集中させるとブルーの指輪が現れる。
即席だが、人間のアリアが俺と同じ時間を歩めるように契約した証だ。
彼女はそれを愛おしそうに眺めてから、もう1度俺に微笑み掛けた。
「愛しています、あなたを」
「俺も…愛している」
先程口付けたのに飽きもせず、アリアの唇に吸い寄せられるようにキスをする。
end.
真っ直ぐな瞳で告げられた想い。
それを知った時、3年前の全てが頭に蘇って来た。
瀕死の俺が捨てた全て。
滅びゆく人間の魂に力を貸してくれた魔獣。
俺の中の…Vが、最後まで生かした彼女。
限られた空間で寄り添うように生きた短い時間。
全て…大切だった。
どうして今まで忘れていたのか?
あの本に名前が書かれていなくとも、初めから俺が求めていたのは「アリア」だった。
今なら確かに分かる。
…アリアをレッドグレイブから避難させ、1日経った晩の記憶が自然と思い出される。
あの時、最初に言い出したのは地面に身体を丸めたグリフォンだった。
「バージルがアリアを忘れてたらどうするよ」
「あまり考えたくはないな…種は蒔いたが」
手にしたブレイクの詩集を開くと、「ゆりの花」のページに苦し紛れに書いた彼女の名前とデイリリーの押し花が残されている。
自分で言うのもなんだが、あれ程の大恋愛を忘れる方がおかしくさえ思えた。
しかし「俺」がバージルに戻った時、一部の感情だけ曇ってしまうことはあるかもしれない。
今まで悪魔として生き、ひたすらに力を求めた…。
恋愛感情など、バージルにとって不要の極みではないか?
そんな考えが改めて強くなってくる。
「アレで結構真面目チャンだから、きっと本に書かれた名前見たらびっくりだぜ」
「ああ…だが…」
記憶が曇ったバージルは、アリアの名前と押し花を見たら彼女を探さずにはいられなくなるだろう。
「俺の知らない間に何があった?」と。
しかし、それだけでは弱い。
もっとバージルが、アリアに興味を持つ決定打が必要だ。
そこまで考え、思い立ったのはひとつ。
ブレイクの詩集を閉じて、隣で横たわっているシャドウに一瞬視線をやってから、グリフォンの瞳を珍しく真っ直ぐ見つめる。
「お前たちの「契約」の話…」
グリフォンたちはアリアと契約すると話し合っていた。
あと使えるのはもう、これしかない。
「改めて記憶を掘り返したが…やはり悪魔と人間の契約の対価は基本的に魂だ」
「俺たちは悪魔だけど悪夢みたいなモンだぜ?」
「しかし悪魔だろう」
グリフォンは以前アリアの身体に影響のないように配慮すると言っていたくせに、いつもと同じ口調で俺に返したので、思わず溜め息をついた。
契約というのは勿論人間に不利なもので、しかもアリアは特に何か望みがある訳でもない。
あるとすれば、「魔獣たちを生かすこと」と「共にいること」だ。
「んじゃどうする?あとはアリアに取り憑くくらいしかねェけど」
「それだ。忠告するが、まともに取り憑くな」
「ハイ?どーゆーコト?」
何気なく言ったことがそのまま採用されたのが意外で、しかも俺の言うことが理解できないのか、グリフォンは首を傾げた。
「魔力を最小限にしてアリアの身体に対する影響を可能な限り抑えろ」
「ちょっと…マジ?」
「半殺しでは足りない。消滅寸前まで」
「マジかよ…」
無茶苦茶なことを言っているのは俺も分かってはいる。
だが、アリアの望みを叶えて俺も確実にアリアに再会するには、これが最後の一手だろう。
「アリアに悪魔が憑いていたらバージルは興味を持つはずだ…やっと探し出したアリアに悪魔が憑いていたら、な」
全て聞いたグリフォンは少し狼狽えていたが、すぐに口の端を上げてみせた。
こいつの前向きなところは、なんだかんだ嫌いではない。
「マ、バージルがアリアを覚えてりゃいい話だもんな!」
「必ず迎えに行く…それまでアリアを頼んだぞ」
その後不安が的中し「俺」は見事にアリアを忘れた。
「俺」が予想した通り、復活しても特に他人からの愛情などなくても生きていけたし、特に興味もなかった。
改めてネロからブレイクの詩集を手渡され、「ゆりの花」に女の名が書き記されていた時はまさに青天の霹靂だった。
主に知的好奇心から3年間彼女を探し続けてはいたが、顔も声も思い出すことはなかった。
だが実際にアリアに出逢って共に過ごしてみれば、胸の奥で微かに何かが目覚めた。
深層心理とでも言うのか…。
ともかく、今もうすべきことは明白だ。
このまま彼女と魔獣を完全に同化させる訳にはいかない。
先程まで苦しそうに俺にしがみついていたアリアを再び抱き上げ、急いで店まで戻った。
中庭が見渡せる寝室のベッドに静かに座らせると、俺の行動の意図が掴めず少し戸惑っているようだ。
「バージルさん?」
「このまま、ここで待て。すぐに戻る」
「はい…」
閻魔刀を片手にひとりで中庭に出て、鯉口を切る。
Vも魔獣も全て俺から生まれたもの。
「俺」がするべきは…嫉妬ではなかった。
以前と同じように自らの腹目掛け、躊躇いなく刀を突き立てると、あの時と同じように俺の中の一部が飛び出す。
やがて久々に見たその指先は…
やはり細くすぐに折れてしまいそうにも思えたが、3年前とは明らかに違う。
時が経てば消滅しそうだとか心臓の鼓動が弱いだとか、そんな脆さは微塵も感じない。
だが、3年ぶりの実体の感想よりも「早くアリアの元へ」と思い立ち、中庭から寝室へと戻る。
窓枠に片足を置いた時、さすがにアリアも「俺」の存在に気付いて目を見開いた。
「アリア」
「V…!?」
ベッドに腰掛けていたアリアが立ち上がって駆け寄って来る。
あの日からずっと想われていたことを改めて実感し、胸が熱くなった。
「どうして…」
「バージルが全て思い出した」
もう2度と会えないと思っていたんだろう、泣きそうな顔で眉を下げる彼女にあくまで冷静に伝える。
何も説明されていないのだから、きっと今の状況に混乱している。
「俺」も焦っていたから、珍しく余裕もなかった。
「そうだったの…?」
「…ああ、だから俺がいる」
バージルは今、自己のことよりアリアの危険を取り除くために行動している。
真っ先に何をすべきか、もう理解している。
そうでなければ、人間の魂である俺に素直に託すはずがない。
瞳に少し涙を溜めたアリアの頬にそっと触れれば、彼女は俺の手に自分のそれを重ねた。
「アリア、改めて遅くなってすまない…俺は、遅すぎた…」
「大丈夫…また会えたから」
「お前との2度目の恋、悪くなかった。お前を忘れていたのは…今までバージルが愛を信じられなかったからだ」
不謹慎かもしれないが、2度も情熱的な恋愛ができたのもこうして不測の事態が起きたからだ。
小さな身体を引き寄せ、3年前最後に見たアリアの切ない顔を払拭するように抱き締める。
「寂しい思いをさせたな…しかし、やっぱりお前が俺を解き放ってくれた。ありがとう、アリア」
耳元で囁くとアリアの両手がゆっくりだが背中に回されて、やっと抱き締め返してくれた。
少し躊躇いのようなものを感じたのは…気のせいではないだろう。
「もう身体の異変には気づいていると思うが…」
アリアの身に起きていることをしっかり説明しなければと、再び瞳を真っ直ぐに見つめ口を開いた。
「今、お前の心臓まで悪魔化しようとしている」
「え…?」
「俺が時間をかけ過ぎたせいで、グリフォンたちと同化が進んでしまった」
心臓部の異変は、魔獣たちが影響を最大限に抑えていたのが、とうとう限界が近くなったのだろう。
アリアは今まで自分から宿主について言い出した後めたさがあったのか、決してバージルに助けを求めなかった。
さすがに先程の痛みは「強がり」で隠し通すことができなかったようだが…。
あれだけ「アリアの身体に影響がないようにしろ」と大騒ぎしていたにも関わらず、結局今の事態を招いてしまった罪悪感はやはり俺の中にもある。
「人間と悪魔の契約の対価は基本的に魂だ。俺はお前をどの悪魔とも契約させたくなかった…」
「だから…私は悪魔憑きになったんだね」
今となってはどうとでも言えるが、本当はもっと早くアリアと再会し、魔獣を俺の元に戻す予定でいた。
真実を告げてもこの3年間がアリアにとって肯定的なものだったようで、瞳を細めて微笑んでくれる。
「グリフォンたちは俺が引き受ける。元々そういうつもりだった」
ぎりぎり間に合ったのか…
もしかしたらアリアの寿命の少しを削ってしまったかもしれない。
しかし、今の「俺」ならそれに対しても対処できる。
アリアが受け入れて、望むのならば。
「早速だが、アリア。魔獣をこちらへ」
「え…でも、どうしたらいいの?」
俺があまりに簡単に言うものだから、やはり戸惑って目を瞬いている。
生まれて1度もしたことがないのだから当たり前の反応だ。
「ソレはすでにお前の身体…イメージしろ。奥から解き放つ感覚だ」
少しでも不安を取り除けるようにアリアと両手をしっかり繋ぎ、再び寝室から出て中庭の真ん中まで導いた。
「大丈夫…できるはずだ。グリフォンたちにも手伝わせる」
「うん…!」
満月の光が柔らかくお互いを包んでくれ、アリアに微笑みかければ同じように返してくれる。
恐らくグリフォンも身体の内側から助言し、やがて彼女はそっと瞼を閉じた。
毛先が浮き上がり、洋服の隙間から見える皮膚の表面に、以前俺の身体にあったような紋様が浮き出て来る。
そして黒い粒子となってアリアの周りに漂い、こちらも受け入れるべく瞳を閉じた。
仕方ない状況下だったが「必ず迎えに行く」などと柄にもない台詞を吐いてしまう程、魔獣たちには感謝もしている。
次に目を開くと3年前と同じように身体にタトゥーが刻まれ、対照的にアリアの瞳や髪の色はよく知っている彼女自身のものに戻った。
「…なんか、少し身体が軽い気がする」
「久々に皆に会いたいか?」
「…うん!直接話したい!」
突然にすぐ傍にいた「友人」を失った彼女を思い、そのまますぐに順に実体化させることにした。
まず、声という手段を使って常にアリアを励ましていたあいつから…。
身体からタトゥーが1種抜け、夜の闇と同じような紺色の翼をはためかせグリフォンが現れる。
「やーっとお出ましか!待ちくたびれたゼ。ギリギリだったな、もう少しで諦めるトコだった」
「グリフォン!あんまり久しぶりって感じじゃないや」
満面の笑みでアリアが右手を構えれば、グリフォンは勝手知ったるという風にそこに留まった。
仕方ないことだが2人の間には強固な絆のようなものが生まれていて、少し不快になってくる。
「俺はいつも話せたもんな!でもコッチの方が男前だろ?」
「確かに…かっこいいよ」
「アリア…嬉しいんだけどよ、Vに殺されそう」
無意識のうちに睨みを利かせていたんだろう、俺の視線に気づいてこれ以上馴れ馴れしく話すのはやめた。
気を取り直し、またひとつタトゥーが消え、地面から黒いビロードの毛並みを持ったシャドウが現れる。
シャドウもシャドウですぐにアリアに駆け寄り、足元に擦り寄って行った。
「シャドウ!久しぶりに触れるね」
少し呆れてしまうくらいに、まるで飼い猫のようにアリアに戯れついている。
やはり身体を共有していた影響は大きく、ただの人間に悪魔がこんなにも懐くのは他にはないだろう。
今度依頼の際に戦闘に参加させなければ、2体ともかなり身体が鈍っているかもしれない。
最後は…
やつに自我があるか以前も謎だったが、もしかしたらこの3年間で人間性のようなものが芽生えている可能性もあるだろうか。
それなりの面積がある中庭を利用し、ナイトメアを召喚する。
シャドウと同じく黒い液状の身体から巨大な岩のようなそれが現れて、アリアは真面目にも向き合った。
ゆっくり1歩ずつ近づけば、ナイトメア自身もアリアに歩み寄ってくる。
「ナイトメア…あなたと見つめ合ったのは初めて…ずっと一緒にいたのに」
アリアの右手が足元に触れた時、大きな頭を下げたように見えたのは気のせいか。
「終わりよければ全て良し」を体現したような光景に、グリフォンが口を開く。
「バージルがホントにアリアを忘れちまってたのは驚いたけどよ。マ、結果オーライってヤツ!?」
時間を掛け過ぎてアリアの身体に負荷をかけてしまったのは否めないが、とにかく目的は達成した。
ナイトメアの足元から再び俺の傍にやってきたアリアの腰を引き寄せ抱き締めると、彼女は柔らかく微笑んでくれる。
「やはり…バージルはお前を愛した」
しかし俺から出た言葉に、眉を寄せて何やら複雑な表情をした。
瞳は逸らさず、何か言いたげでもある。
「…どうしてそんな顔をする?」
質問に答えずにいるが、なんとなくその心情は察することができる。
そしてそれを「俺」に真正面から言えない理由も。
「分かっている…俺もバージルも好きなんだろう」
俺が穏やかな声色で簡単に口にすると、胸に置かれた両手に少し力が込められた。
アリアはVもバージルも知ってる。
人生全てを見せることは不可能だが、アリアは限りなく「俺」を知って愛してくれた。
「…だからこそ、良かった。俺は俺だ。それを肯定するのがお前だ…どんな姿でも「俺」は愛されている」
3年前よりももっと深く、アリアに対して愛しさが増している。
どんな理由であれ、もう2度と彼女を手放すことができないくらいに。
俺の告白を聞いているうちに自分の想いを認められた気持ちになったのか、アリアは再び微笑んでくれた。
彼女の瞳にもやはり「俺」だけが映っている。
「私も…私を見つけて…新しい世界を一緒に歩いてくれるのはいつも「あなた」だった…」
自惚れではなく、今確信できる。
お互いに、この想いだけは「永遠」だ。
彼女の薄紅色の唇に未来を誓うようにそっと口付けると、背伸びして来たので必然的にしっかりしたキスになる。
「元の姿」に戻り、唇を離してもアリアの笑顔は変わることはなく、己の腕も彼女を抱き締めたままでいられた。
「アリア」
「…バージルさん」
「これから…俺と同じ時を過ごしてほしい」
「はい。ずっと一緒にいさせてください…許されるまで」
今きっと、ようやく俺たちは「1ヶ月」を越えた。
アリアの左手を掴み、薬指に魔力を集中させるとブルーの指輪が現れる。
即席だが、人間のアリアが俺と同じ時間を歩めるように契約した証だ。
彼女はそれを愛おしそうに眺めてから、もう1度俺に微笑み掛けた。
「愛しています、あなたを」
「俺も…愛している」
先程口付けたのに飽きもせず、アリアの唇に吸い寄せられるようにキスをする。
end.