【第4章】今も変わらない何か
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バージルさんの姿が完全に見えなくなるまで、私はずっと閻魔刀が創り出した「切れ目」を見ていた。
バージルさんのこと、いつか思ったみたいに「可愛らしいひと」という印象が強くなっている。
明日を待てなくて、すぐに私に会いたくて、会いに来てくれた。
耳が赤くなっているのを思い出して、ひとりでくすりと笑う。
『あー、アリア』
「は、はい!」
グリフォンに話し掛けられて、何故か身体がびくっとするくらいに驚いてしまった。
なんでだろう、罪悪感?
Vはバージルさん、バージルさんはV…同じだけど、違う。
『バージルのヤツ、やっぱアリアのこと完全に好きだな…完璧にオチてんじゃん』
「…私の思い上がりじゃなくて良かった」
明確な言葉は言われていないけど、グリフォンの言う通り私にもそう見えた。
だからこそ、自然とにやけてしまう。
バージルさんの気持ちが嬉しくて、胸がぎゅっとなる。
これって間違いなく…。
『アリアは?どうなんだよ?』
「えっと…」
『好きじゃねェか!!誤魔化すなよ!』
すぐに口に出せない言葉を、グリフォンは簡単に言ってしまった。
素直に言えない理由はひとつしかない。
頭の中にずっとあるのは、細身で緑色の瞳を持ったあの人の姿。
「だって……いいのかな」
『何がだよ?』
「Vとバージルさん、両方好きでいいの?」
『ン!?ムズカシイ質問だな!?』
「でしょ?」
3年前からずっと私が求めていたのはV。
Vはバージルさんだってもう分かっているのに、この罪悪感はなんだろう。
グリフォンは私の質問に意外にも動揺していて、私が勝手にVの味方だと思い込んでいたんだなと思った。
『アリア、よくマジメって言われねェ?』
「1番の友だちのグリフォンが言うならそうだね」
『アー!マジメマジメ!アリアはマジメだよ!バージルさん好き!愛してるワ…コレでいいじゃねェか』
「グリフォンはいいんだ?私が2股でも」
『意地悪いコト言うなよ!似てきたんじゃねェか、Vに』
「だって…Vのこと本気で好きだから、悩むよ。当たり前でしょ」
『ああ…Vちゃんは幸せ者だな…』
グリフォンが切なく息を吐きながらそう言うのをほんやり聞いて、私はやっとお店から寝室までの道を戻り始める。
自分がこんなに悩むのは、本当は分かってる。
もうすっかりバージルさんのことを好きで、想いを打ち明けて抱き締められたい。
Vと同じくらいにバージルさんを好きになりかけていて、怖い。
Vとバージルさんが全く同じじゃないって分かってしまったから、思うままに突っ走れない。
私はずっと、Vが好き。
この先もずっと。
『だからってバージルへの気持ちはどうでもいいのか?アイツだってアリアに本気じゃねぇか。だってあんなバージル初めてだぜ?』
「バージルさん…」
グリフォンは何故か私を揺るがすようなことをまた続ける。
Vの使い魔なのに、おかしいな。
バージルさんをここまで引き留めたのは、私自身。
そんなの、分かってる。
寝室へ向かう廊下の途中で、真っ白なカサブランカの花が確かな存在感で凛と咲いているのに、改めてはっとして立ち止まってしまった。
1輪の花弁にそっと触れると、しっとりして指に優しい。
『ホラー!!もう好きじゃねェか!!』
「……私」
バージルさんがしてくれること、全部が心から嬉しい。
私の笑顔を見て微笑む表情が、好き。
もっと一緒に、色んなことをしてみたい。
早くバージルさんに、会いたい。
「バージルさんのこと、好き」
『いいんだよ!ソレで!!』
「…うん」
初めて素直に口にすれば、グリフォンは私の気持ちの後押しをしてくれた。
やっと寝室に入ってベッドにゆっくり身体を横たえると、また心臓の辺りがじんと熱くなって、思わず胸を押さえる。
でもそれ以上は何もなくて、改めてグリフォンに感謝を伝える。
「…おやすみ、いつもありがとう。愛の伝道師さん」
『ブー!!なんだソレ?おやすみ、アリア』
明日もしバージルさんといい雰囲気になったら、私からもアクションしてみよう。
バージルさんもバージルさんで、何かストッパーみたいなものを抱えてる気がする。
次の日の閉店後、約束した通りにバージルさんが今回も閻魔刀でやって来た。
見るのはまだ2回目だから便利だなってやっぱり眺めてしまう。
姿は人間だけど、Vに聞いた通りに悪魔の力を感じずにはいられない。
だからと言って、怖いとかそういう感情は全くない。
それは多分、バージルさんが出逢った時から私に優しいからだ。
一緒に夕飯を食べてから食器を洗っていると、バージルさんが隣に来て私に囁く。
「アリア、今日は月が美しい」
「え?」
「満月だ」
視線を向けたら口角を上げたので、洗い物を終えてすぐにリビングの窓から外を眺めた。
日没から1度も外に出ず夕食の支度もしていたので、そこで初めて、真ん丸でこころなしか大きく見える月に気付く。
「本当…きれい!なんか…ふんわりした光なのに力強く感じる」
闇にぼんやり浮かぶ光、ちょっとバージルさんに似合うかもなんて思ってしまう。
隣にいるバージルさんと視線があって、心臓がどきっと脈打った。
「今から散歩に行こう」
「いいですね、行きたい」
月夜の散歩なんてすごくロマンチック。
街中を2人で並んで歩く様子を頭に描いていたら、バージルさんの口から出たのは予想もできないものだった。
「どこか窓はないか?できれば人が1人出られるくらいのサイズがいい」
「窓…?それなら…」
不思議に思いながらも、1番大きな窓がある寝室へとバージルさんを案内する。
玄関から外に出るんじゃなく、なんで窓なんだろう。
バージルさんは前に立つとロックを外し、何故か私を横向きに抱き上げた。
「わっ」
突然のお姫様抱っこにときめく暇もなく、青い色素が放たれてバージルさんの姿が変わる。
鋭い目と尖った歯、爬虫類のような硬さを持ったごつごつした皮膚。
背中には大きな翼まで生えていて、本当に「悪魔」なんだと思った。
いつもの人間の姿と悪魔の姿、どっちが本当のバージルさんなんだろう。
でも中身がバージルさんなら、私はもうどっちだって構わない。
「…しっかり俺にしがみつけ」
「うん!」
声はいつもと変わらないんだと思いながら、言われた通りにバージルさんの首に両手を回す。
ただの人間の私に気遣ってか、ゆっくり地面から浮遊して、一気に夜空に昇っていく。
「なんだか月に飲まれそう」
「怖いか?」
「ううん…大丈夫です」
多分うっかりして私が下に落ちてしまっても、バージルさんが助けてくれる。
そんな自信がある。
空を飛んで辿り着いたのは、レッドグレイブの街が全体的に見渡せる時計塔の上だった。
時計部分の上部の窪みに私をそっと座らせてくれ、バージルさんもその隣に腰掛けた。
下では人々の生活の明かりがぽつぽつと付いていて、満月のふんわりした光が夜空を照らしている。
「きれい!私とバージルさんの秘密の場所ですね」
「ああ」
街の人はきっと誰も私たちの姿に気づいていない。
完全に私とバージルさん、2人だけの空間。
素敵なシチュエーションに呑まれる前に、隣にいるバージルさんの姿が気になってしまい、思わず手を伸ばしていた。
私の後ろをふらふらと動く、長い触手みたいなそれ。
「これ…尻尾ですか?」
「…いや、背中からついている。おい、危ないぞ」
先端部に触れようとした時、さすがに強めに怒られて全て手を離した。
すっかり怖いもの知らずになっている私は、何でもないように口を開く。
「毒でもあるの?」
「…恐らくないと思うが」
「でも…巻き付いて来てる」
バージルさんの尻尾は言葉とは裏腹に私の腰に絡んで、身体を包む勢いだ。
私に全てを許してくれている気がして、自然と笑みがもれる。
また尻尾に触れようとした時、バージルさんは普段の見慣れた人間の姿に戻った。
「あ…」
「…怖がらないんだな」
「今更ですか?今、抱き締めてここに連れて来てくれたのに」
口をへの字したバージルさんは私に対して何か返答をする気ではなさそうだ。
今まで散々「悪魔」の姿を見せてくれたのに、改めてどうしたんだろう。
これじゃまるで試されているみたい。
というかもしかして、さっきからずっと試されていた?
ちょっとむっとしたけれど、怒るより素直に伝えよう。
「私はもうバージルさんのことを知ってるから、全然怖くない」
「…アリア」
私の言葉に安心したのか、そこでやっとバージルさんが名前を呼んでくれ口角を上げた。
そうか、きっと…私から好かれているか確信がないんだろうな。
私もつい昨日、素直にバージルさんを好きだって認めたばかりだから。
「完全に思い出した訳ではないが…」
私から視線を離さずに、今度こそバージルさんがぽつぽつと話し始める。
「あのブレイクの詩集に書かれた名前が、お前で良かった…ぴったりだな、お前に」
「ゆりの花」Vも私に似合うと言ってくれた。
ゆりは純愛の象徴だと。
バージルさんも同じように思ってくれる。
やっぱり、バージルさんはV…。
またグリフォンの前で悩んだようなことを考えてしまって、頭がまたぐちゃぐちゃになる。
グリフォンにはただ素直になればいいって言われたのに。
私が複雑な心境でいる間に、バージルさんの手はゆっくり私の腰に回って来て、私を引き寄せて…お互いの身体が密着する。
「バージルさん」
突然強く名前を呼んだ私に驚いたのか、バージルさんが眉をぴくりと動かして、触れている手を引っ込めてしまいそうになる。
私、バージルさんの好意が嬉しい。
私もそれに応えたい…。
応えたいんだ。
「…このまま抱き締めて…やめないで」
消えそうな声で懇願すれば、離れつつあったバージルさんの手はまた私の腰に回された。
逞しい身体にしなだれ掛かると、いつかのようにとても安心できてなんだか懐かしい気持ちにもなる。
目をそっと閉じてそれを味わってからまた開くと、色素の薄いブルーが私を見つめていて、好きな気持ちが溢れてくる。
「私の心は…あなたのものです」
私は何故かとても覚えのある愛の告白を、バージルさんにしていた。
お別れの時Vが言ってくれて、私も返した台詞。
どうして…?
それは…疑問に思うまでもない。
バージルさんの温もりに、何度も私を抱き締めてくれたVのそれをどうしても感じてしまったからだ。
見つめ合っていた時間、一体どれくらいだったんだろう。
まるで時が止まったかのようにも思えて、バージルさんも少し瞳を閉じてから、また開いた。
明るい月の光のせいか、ベビーブルーがきらきらして見える。
「アリア…俺は」
続きを聞きたいのに急に胸の辺り、心臓が掴まれるような苦しさに襲われる。
すごく熱くて…前屈みになれば下に落ちて行ってしまいそうだから、バージルさんの身体にしがみついた。
「大丈夫か…!?」
私をしっかり支えてくれて、珍しく声を荒げている。
こんな時にも愛情を感じて嬉しくなっている私は馬鹿だなぁってどこか他人事みたいに思った。
少しするとまるで嘘みたいに違和感が引いて、バージルさんに微笑みかける。
「…バージルさん…ごめんなさい、大丈夫」
さすがに大丈夫な訳がない。
きっとバージルさんも分かっていて、顔を合わせたまま視線を逸らし、少し考えているみたいだ。
「…アリア、明日店を休みにしても構わないか」
「え…?」
意図が掴めずにいると、真剣なブルーの瞳が戻って来て真っ直ぐ見つめる。
「頼む」
「は、はい…」
バージルさんが誰かにお願いするなんて、よっぽどのことなんだろう。
イエスと言う以外返事はなかった。
end.
バージルさんのこと、いつか思ったみたいに「可愛らしいひと」という印象が強くなっている。
明日を待てなくて、すぐに私に会いたくて、会いに来てくれた。
耳が赤くなっているのを思い出して、ひとりでくすりと笑う。
『あー、アリア』
「は、はい!」
グリフォンに話し掛けられて、何故か身体がびくっとするくらいに驚いてしまった。
なんでだろう、罪悪感?
Vはバージルさん、バージルさんはV…同じだけど、違う。
『バージルのヤツ、やっぱアリアのこと完全に好きだな…完璧にオチてんじゃん』
「…私の思い上がりじゃなくて良かった」
明確な言葉は言われていないけど、グリフォンの言う通り私にもそう見えた。
だからこそ、自然とにやけてしまう。
バージルさんの気持ちが嬉しくて、胸がぎゅっとなる。
これって間違いなく…。
『アリアは?どうなんだよ?』
「えっと…」
『好きじゃねェか!!誤魔化すなよ!』
すぐに口に出せない言葉を、グリフォンは簡単に言ってしまった。
素直に言えない理由はひとつしかない。
頭の中にずっとあるのは、細身で緑色の瞳を持ったあの人の姿。
「だって……いいのかな」
『何がだよ?』
「Vとバージルさん、両方好きでいいの?」
『ン!?ムズカシイ質問だな!?』
「でしょ?」
3年前からずっと私が求めていたのはV。
Vはバージルさんだってもう分かっているのに、この罪悪感はなんだろう。
グリフォンは私の質問に意外にも動揺していて、私が勝手にVの味方だと思い込んでいたんだなと思った。
『アリア、よくマジメって言われねェ?』
「1番の友だちのグリフォンが言うならそうだね」
『アー!マジメマジメ!アリアはマジメだよ!バージルさん好き!愛してるワ…コレでいいじゃねェか』
「グリフォンはいいんだ?私が2股でも」
『意地悪いコト言うなよ!似てきたんじゃねェか、Vに』
「だって…Vのこと本気で好きだから、悩むよ。当たり前でしょ」
『ああ…Vちゃんは幸せ者だな…』
グリフォンが切なく息を吐きながらそう言うのをほんやり聞いて、私はやっとお店から寝室までの道を戻り始める。
自分がこんなに悩むのは、本当は分かってる。
もうすっかりバージルさんのことを好きで、想いを打ち明けて抱き締められたい。
Vと同じくらいにバージルさんを好きになりかけていて、怖い。
Vとバージルさんが全く同じじゃないって分かってしまったから、思うままに突っ走れない。
私はずっと、Vが好き。
この先もずっと。
『だからってバージルへの気持ちはどうでもいいのか?アイツだってアリアに本気じゃねぇか。だってあんなバージル初めてだぜ?』
「バージルさん…」
グリフォンは何故か私を揺るがすようなことをまた続ける。
Vの使い魔なのに、おかしいな。
バージルさんをここまで引き留めたのは、私自身。
そんなの、分かってる。
寝室へ向かう廊下の途中で、真っ白なカサブランカの花が確かな存在感で凛と咲いているのに、改めてはっとして立ち止まってしまった。
1輪の花弁にそっと触れると、しっとりして指に優しい。
『ホラー!!もう好きじゃねェか!!』
「……私」
バージルさんがしてくれること、全部が心から嬉しい。
私の笑顔を見て微笑む表情が、好き。
もっと一緒に、色んなことをしてみたい。
早くバージルさんに、会いたい。
「バージルさんのこと、好き」
『いいんだよ!ソレで!!』
「…うん」
初めて素直に口にすれば、グリフォンは私の気持ちの後押しをしてくれた。
やっと寝室に入ってベッドにゆっくり身体を横たえると、また心臓の辺りがじんと熱くなって、思わず胸を押さえる。
でもそれ以上は何もなくて、改めてグリフォンに感謝を伝える。
「…おやすみ、いつもありがとう。愛の伝道師さん」
『ブー!!なんだソレ?おやすみ、アリア』
明日もしバージルさんといい雰囲気になったら、私からもアクションしてみよう。
バージルさんもバージルさんで、何かストッパーみたいなものを抱えてる気がする。
次の日の閉店後、約束した通りにバージルさんが今回も閻魔刀でやって来た。
見るのはまだ2回目だから便利だなってやっぱり眺めてしまう。
姿は人間だけど、Vに聞いた通りに悪魔の力を感じずにはいられない。
だからと言って、怖いとかそういう感情は全くない。
それは多分、バージルさんが出逢った時から私に優しいからだ。
一緒に夕飯を食べてから食器を洗っていると、バージルさんが隣に来て私に囁く。
「アリア、今日は月が美しい」
「え?」
「満月だ」
視線を向けたら口角を上げたので、洗い物を終えてすぐにリビングの窓から外を眺めた。
日没から1度も外に出ず夕食の支度もしていたので、そこで初めて、真ん丸でこころなしか大きく見える月に気付く。
「本当…きれい!なんか…ふんわりした光なのに力強く感じる」
闇にぼんやり浮かぶ光、ちょっとバージルさんに似合うかもなんて思ってしまう。
隣にいるバージルさんと視線があって、心臓がどきっと脈打った。
「今から散歩に行こう」
「いいですね、行きたい」
月夜の散歩なんてすごくロマンチック。
街中を2人で並んで歩く様子を頭に描いていたら、バージルさんの口から出たのは予想もできないものだった。
「どこか窓はないか?できれば人が1人出られるくらいのサイズがいい」
「窓…?それなら…」
不思議に思いながらも、1番大きな窓がある寝室へとバージルさんを案内する。
玄関から外に出るんじゃなく、なんで窓なんだろう。
バージルさんは前に立つとロックを外し、何故か私を横向きに抱き上げた。
「わっ」
突然のお姫様抱っこにときめく暇もなく、青い色素が放たれてバージルさんの姿が変わる。
鋭い目と尖った歯、爬虫類のような硬さを持ったごつごつした皮膚。
背中には大きな翼まで生えていて、本当に「悪魔」なんだと思った。
いつもの人間の姿と悪魔の姿、どっちが本当のバージルさんなんだろう。
でも中身がバージルさんなら、私はもうどっちだって構わない。
「…しっかり俺にしがみつけ」
「うん!」
声はいつもと変わらないんだと思いながら、言われた通りにバージルさんの首に両手を回す。
ただの人間の私に気遣ってか、ゆっくり地面から浮遊して、一気に夜空に昇っていく。
「なんだか月に飲まれそう」
「怖いか?」
「ううん…大丈夫です」
多分うっかりして私が下に落ちてしまっても、バージルさんが助けてくれる。
そんな自信がある。
空を飛んで辿り着いたのは、レッドグレイブの街が全体的に見渡せる時計塔の上だった。
時計部分の上部の窪みに私をそっと座らせてくれ、バージルさんもその隣に腰掛けた。
下では人々の生活の明かりがぽつぽつと付いていて、満月のふんわりした光が夜空を照らしている。
「きれい!私とバージルさんの秘密の場所ですね」
「ああ」
街の人はきっと誰も私たちの姿に気づいていない。
完全に私とバージルさん、2人だけの空間。
素敵なシチュエーションに呑まれる前に、隣にいるバージルさんの姿が気になってしまい、思わず手を伸ばしていた。
私の後ろをふらふらと動く、長い触手みたいなそれ。
「これ…尻尾ですか?」
「…いや、背中からついている。おい、危ないぞ」
先端部に触れようとした時、さすがに強めに怒られて全て手を離した。
すっかり怖いもの知らずになっている私は、何でもないように口を開く。
「毒でもあるの?」
「…恐らくないと思うが」
「でも…巻き付いて来てる」
バージルさんの尻尾は言葉とは裏腹に私の腰に絡んで、身体を包む勢いだ。
私に全てを許してくれている気がして、自然と笑みがもれる。
また尻尾に触れようとした時、バージルさんは普段の見慣れた人間の姿に戻った。
「あ…」
「…怖がらないんだな」
「今更ですか?今、抱き締めてここに連れて来てくれたのに」
口をへの字したバージルさんは私に対して何か返答をする気ではなさそうだ。
今まで散々「悪魔」の姿を見せてくれたのに、改めてどうしたんだろう。
これじゃまるで試されているみたい。
というかもしかして、さっきからずっと試されていた?
ちょっとむっとしたけれど、怒るより素直に伝えよう。
「私はもうバージルさんのことを知ってるから、全然怖くない」
「…アリア」
私の言葉に安心したのか、そこでやっとバージルさんが名前を呼んでくれ口角を上げた。
そうか、きっと…私から好かれているか確信がないんだろうな。
私もつい昨日、素直にバージルさんを好きだって認めたばかりだから。
「完全に思い出した訳ではないが…」
私から視線を離さずに、今度こそバージルさんがぽつぽつと話し始める。
「あのブレイクの詩集に書かれた名前が、お前で良かった…ぴったりだな、お前に」
「ゆりの花」Vも私に似合うと言ってくれた。
ゆりは純愛の象徴だと。
バージルさんも同じように思ってくれる。
やっぱり、バージルさんはV…。
またグリフォンの前で悩んだようなことを考えてしまって、頭がまたぐちゃぐちゃになる。
グリフォンにはただ素直になればいいって言われたのに。
私が複雑な心境でいる間に、バージルさんの手はゆっくり私の腰に回って来て、私を引き寄せて…お互いの身体が密着する。
「バージルさん」
突然強く名前を呼んだ私に驚いたのか、バージルさんが眉をぴくりと動かして、触れている手を引っ込めてしまいそうになる。
私、バージルさんの好意が嬉しい。
私もそれに応えたい…。
応えたいんだ。
「…このまま抱き締めて…やめないで」
消えそうな声で懇願すれば、離れつつあったバージルさんの手はまた私の腰に回された。
逞しい身体にしなだれ掛かると、いつかのようにとても安心できてなんだか懐かしい気持ちにもなる。
目をそっと閉じてそれを味わってからまた開くと、色素の薄いブルーが私を見つめていて、好きな気持ちが溢れてくる。
「私の心は…あなたのものです」
私は何故かとても覚えのある愛の告白を、バージルさんにしていた。
お別れの時Vが言ってくれて、私も返した台詞。
どうして…?
それは…疑問に思うまでもない。
バージルさんの温もりに、何度も私を抱き締めてくれたVのそれをどうしても感じてしまったからだ。
見つめ合っていた時間、一体どれくらいだったんだろう。
まるで時が止まったかのようにも思えて、バージルさんも少し瞳を閉じてから、また開いた。
明るい月の光のせいか、ベビーブルーがきらきらして見える。
「アリア…俺は」
続きを聞きたいのに急に胸の辺り、心臓が掴まれるような苦しさに襲われる。
すごく熱くて…前屈みになれば下に落ちて行ってしまいそうだから、バージルさんの身体にしがみついた。
「大丈夫か…!?」
私をしっかり支えてくれて、珍しく声を荒げている。
こんな時にも愛情を感じて嬉しくなっている私は馬鹿だなぁってどこか他人事みたいに思った。
少しするとまるで嘘みたいに違和感が引いて、バージルさんに微笑みかける。
「…バージルさん…ごめんなさい、大丈夫」
さすがに大丈夫な訳がない。
きっとバージルさんも分かっていて、顔を合わせたまま視線を逸らし、少し考えているみたいだ。
「…アリア、明日店を休みにしても構わないか」
「え…?」
意図が掴めずにいると、真剣なブルーの瞳が戻って来て真っ直ぐ見つめる。
「頼む」
「は、はい…」
バージルさんが誰かにお願いするなんて、よっぽどのことなんだろう。
イエスと言う以外返事はなかった。
end.