【第4章】今も変わらない何か
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次の日、私は朝から鼻歌混じりで身支度をして、いつバージルさんが来るんだろうとどこかそわそわしていた。
お店のドアの施錠を解除しながら無意識に出たリズムは、以前観た映画の「ただ1度だけ」という曲。
『アリア、めちゃくちゃ機嫌イイな』
グリフォンに言われて、思わず顔が緩む。
理由はひとつしかない。
「バージルさんが来るの、待ってるの」
『だろうな!素直なコトで…』
昨日は私の狙い通りお店の売り上げも良かったし、今日もバージルさんに会えるのが楽しみ。
Vに真実を告げられた時、自分がこんな気持ちになるなんて想像できなかった。
それはきっと、バージルさんが、私に真摯に向き合ってくれるから。
少し店内の掃除もしておこうとハタキを取り出した時、開店を見計らったかのようにドアがゆっくり開く。
「アリア」
「バージルさん、いらっしゃい!」
待ちに待っていたひとの早速の来訪に、1度は手に持ったハタキを置いて、満面の笑みで出迎える。
バージルさんも瞳を細めてから、1歩ずつ私の方に近づいて来た。
何故か同時に甘い香りも漂い、手が届くくらいの距離になってやっと気付く。
左手に持ったパステルブルーの紙袋には白い花束が入っていた。
丁寧に取り出して、目の前に差し出される。
「…お前にこれを」
純白のゆりの花束。
バージルさんは真剣な眼差しで私を見つめ、ゆりの香りが一気に広がった。
「カサブランカだ。デイリリーは探したがなかった」
この店に戻って3年経っても、ずっとデイリリーだけは見ることが出来なかった。
Vと過ごしたあの日に、囚われてしまいそうだったから。
同じユリ科のカサブランカをこんなにもあっさり、今、私の前に差し出されるなんて思いもしない。
受け取るより先に、目の奥が熱くなって視界がぼやける。
「何故泣く…」
バージルさんは眉間にしわを刻んで少しだけ花束を引っ込めてしまい、動揺させてしまっているんだろうなと思った。
でも、止められない。
私が3年の間に無意識に育ててしまった穴が、そっと埋まっていくのを感じる。
頬を伝う涙をバージルさんが右手でそっと拭ってくれ、その指先は心なしか震えていた。
「俺は…お前に笑ってほしくて…」
初めて会った時にも「泣くな」と言われて、でも今は悲しみで涙が出ている訳じゃない。
私を想って純白のこの花束を用意してくれたバージルさんに、それを伝えないと失礼だ。
私は涙を自分で拭ってから、精一杯微笑んでみせた。
「ごめんなさい…嬉しくて」
「嬉しい?泣いているのにか?」
黙って頷きながら、カサブランカを両手で抱き締めるように受け取る。
今度はちゃんと泣き止んで、バージルさんの瞳をしっかり見て、笑顔になれた。
「ありがとう」
安心したように細められるベビーブルーを受けて、再び胸が温かくなるのを感じる。
今確かに、自惚れじゃなく、お互いがひとつになっている実感がある。
私が満たされた気持ちでいれば、突然バージルさんが目蓋を閉じて左手で頭を抱えた。
まただ。
きっと記憶が戻って来てる。
何回かあったけれど、眉を歪める姿がより一層苦しそうに見え、花束を左手に、空いた方の右手でバージルさんの肩に触れた。
ゆっくり開かれる瞳にはしっかり私が写って、少し安心する。
「…バージルさん?」
「アリア…同じようなことが、以前もあったか?」
今のような、泣いているのに嬉しい瞬間…。
言われて3年前を振り返ると、すぐに思い当たった。
Vが悪魔に囲まれた私を助けてくれて、最後まで一緒にいると言ってくれた時だ。
私たちが心から想いを通わせた、初めての日。
「ありました…すごく大切な、心に残る時間でした」
「そうか…今のは」
そう言ってバージルさんは柔らかく微笑む。
断片的にでも、あの日を思い出したんだ。
喜びというより、一部を取り戻したバージルさんが、今私に笑ってくれたことが嬉しい。
「以前からよく泣くんだな、お前は…」
「あなたのことになると、泣いちゃうみたいです…あ、笑うのもですけど!」
誤解させないように、すぐに口角を上げてみせる。
私がこんなに感情を出すのは、この人の前しかない気がする。
グリフォンたちの前でも、ここまで揺さぶられることはない。
「そうだ…花瓶、買わないと…」
やっと改めて視界に入ったカサブランカを見て、我に返る。
ここには花を生けるのに最適な何かは今は全くなく、お昼休みに買いに行こうかと思った時、バージルさんが口を開いた。
「…待て。代用品ならすぐ作れる」
「え?」
不意に左手を上にかざせば、掌からコバルトブルーの欠片が無数に現れて球体の花瓶が作り出された。
オパールのように光の反射や屈折で様々な色を放つそれを、まじまじと見つめてしまう。
もう私にとって、悪魔だとか魔力は当たり前のことになっていたので、驚きよりもその花瓶の美しさに惹かれてしまった。
「すごい!これは魔力…?」
「ああ。数日は保つはずだ」
「バージルさんの魔力って青色なんだね…きれい…宝石みたい。触ってもいい?」
バージルさんが頷いてくれたのを確認し、花束を持っていない方の手を伸ばせば、触りやすいように再び片手でカサブランカを持ってくれた。
改めて大きな掌から丸い花瓶を両手でそっと持つと、本物の陶器みたいにひんやりとつるつるしている。
戦闘以外の使い道が魔法みたいにとても素敵に見えて、目を輝かせずにはいられない。
回したり裏返したりして360度じっくり見ていたら、バージルさんの方は私自身をじっと見つめているのに気付く。
「…どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
何か思うところがあったのかもしれないけど、特に深く追求せずに、私は寝室に続く廊下の一角にカサブランカを生けることにした。
3年前まで、寝室からは中庭にデイイリーの咲くところが見えた。
カサブランカはデイイリーの代わりではなく、新しい思い出の象徴だと思った。
再びお店に戻ったら、常連のお婆さんたちが来店していてバージルさんが困っていたので、接客を替わる。
いつも半分以上お喋りを楽しみに来てくれる方々で、お父さんが店主をしている時からの付き合いだ。
私が話をしている間、バージルさんは色々と店内を見て回っているようだった。
お客さんがいなくなってから1度時計を確認すると、もう12時を過ぎている。
そう言えば、ちょっとお腹も空いてきた。
例の如く私がいつも使っているデスクに座るバージルさんの傍に駆け寄った。
「バージルさん、何か食べる?」
「ああ…もうそんな時間か」
私が質問してから、バージルさんは何故か視線を左下にして少し考えてから、また私の方を見る。
なんだか言いにくそうにしているけど、最後は口を開いてくれた。
「実は…悪魔には腹が減るという感覚がない」
「えっ!?そうなの?グリフォンがいつもお腹空いたって言うから知らなかった…」
「……お前と身体を共有しているからだろうな」
空腹という感覚がないから、以前コンサートの後に食事に誘った時も考えている様子だったのかなと改めて思う。
あと、今の会話でもうひとつ引っ掛かった。
「あれ…バージルさんってグリフォンたちのことは覚えてます?」
半魔であるバージルさんに、私の中に悪魔がいることはすぐ分かってしまうだろう。
でも、その種類まで分かるものなんだろうか?
「あの時何かの力を借りたのはわかる…それにこの間会った…」
「会った…?」
私はグリフォンを実体化できないし、声はそれこそ私の身体をグリフォンが操らない限り聞こえないはず。
眉を寄せて質問すれば、口を滑らせたと言わんばかりにバージルさんは再び視線を逸らした。
「いや、何でもない」
「バージルさん、私に何か隠してる?」
どかっと椅子に座ったままのバージルさんの肩を強めに掴んだら、視線は私に戻って来る。
「…お前のためだ。今言わんと決めた」
「嫌です!私に隠さないで!」
Vの時も色々隠されることが多かったからか、自分の口から思ったより大きな声が出た。
唇をへの字にしていたバージルさんは、私の形相を見かねて全部話し始める。
「…グリフォンはお前の身体を全てコントロールできる状態にある。この間呼び出して話をした」
「そ、そうなの…?私の知らないところで?」
グリフォン…初めは私の片手を動かすだけで精一杯だったのに、いつの間にかそこまでできるようになっていたなんて…。
私自身、皆とどんどん同化して来ているのは感じている。
でも、今まで何も言われなかったのが、ちょっとショックだった。
気持ちに応えるように、「隠れていた」グリフォンが私に話し掛ける。
『…オイオイ!俺を巻き込むなよ!呼ばれたから答えただけだってーの!』
『でも…やっぱり話して欲しかったな…』
『俺はなァ!アリアを心配させたくなかったんだよ…!』
私が体内のグリフォンに集中していたら、バージルさんが不意に立ち上がった。
そして何故か私の腰を引き寄せて、瞳をじっと見つめて来る。
突然抱き締められるような形になって、自分の心臓が脈打ち始めるのが分かった。
「俺は…お前の中に何かいると思うと虫唾が走る」
「バージルさん…?」
「お前のその瞳、本当の色を見ることもできない」
「…っ」
ごつごつした指が顎に触れ、バージルさんの顔が近づいて来る。
このままじゃもしかして、キス…してしまうかもしれない。
そう思って逞しい胸に両手を当て、ぎゅっと目を閉じる。
でも少し経って片目を開くと、近距離のままバージルさんはただ私を見つめるだけだった。
「…すまん」
あまり変わらないけど、なんとなく切ない声色でそう言って、私に触れている全てを解く。
私の態度に何か思ってキスをやめたのか、ちょっと心配になって来た。
じゃあ私自身どうなんだろうと考えると、今バージルさんとキスしてしまっていいのか、まだ分からないのが大きい…。
「…昼食、お前の食べたいものを食べよう」
バージルさんは目を細めて微笑んで、なんともないように話を戻した。
end.
お店のドアの施錠を解除しながら無意識に出たリズムは、以前観た映画の「ただ1度だけ」という曲。
『アリア、めちゃくちゃ機嫌イイな』
グリフォンに言われて、思わず顔が緩む。
理由はひとつしかない。
「バージルさんが来るの、待ってるの」
『だろうな!素直なコトで…』
昨日は私の狙い通りお店の売り上げも良かったし、今日もバージルさんに会えるのが楽しみ。
Vに真実を告げられた時、自分がこんな気持ちになるなんて想像できなかった。
それはきっと、バージルさんが、私に真摯に向き合ってくれるから。
少し店内の掃除もしておこうとハタキを取り出した時、開店を見計らったかのようにドアがゆっくり開く。
「アリア」
「バージルさん、いらっしゃい!」
待ちに待っていたひとの早速の来訪に、1度は手に持ったハタキを置いて、満面の笑みで出迎える。
バージルさんも瞳を細めてから、1歩ずつ私の方に近づいて来た。
何故か同時に甘い香りも漂い、手が届くくらいの距離になってやっと気付く。
左手に持ったパステルブルーの紙袋には白い花束が入っていた。
丁寧に取り出して、目の前に差し出される。
「…お前にこれを」
純白のゆりの花束。
バージルさんは真剣な眼差しで私を見つめ、ゆりの香りが一気に広がった。
「カサブランカだ。デイリリーは探したがなかった」
この店に戻って3年経っても、ずっとデイリリーだけは見ることが出来なかった。
Vと過ごしたあの日に、囚われてしまいそうだったから。
同じユリ科のカサブランカをこんなにもあっさり、今、私の前に差し出されるなんて思いもしない。
受け取るより先に、目の奥が熱くなって視界がぼやける。
「何故泣く…」
バージルさんは眉間にしわを刻んで少しだけ花束を引っ込めてしまい、動揺させてしまっているんだろうなと思った。
でも、止められない。
私が3年の間に無意識に育ててしまった穴が、そっと埋まっていくのを感じる。
頬を伝う涙をバージルさんが右手でそっと拭ってくれ、その指先は心なしか震えていた。
「俺は…お前に笑ってほしくて…」
初めて会った時にも「泣くな」と言われて、でも今は悲しみで涙が出ている訳じゃない。
私を想って純白のこの花束を用意してくれたバージルさんに、それを伝えないと失礼だ。
私は涙を自分で拭ってから、精一杯微笑んでみせた。
「ごめんなさい…嬉しくて」
「嬉しい?泣いているのにか?」
黙って頷きながら、カサブランカを両手で抱き締めるように受け取る。
今度はちゃんと泣き止んで、バージルさんの瞳をしっかり見て、笑顔になれた。
「ありがとう」
安心したように細められるベビーブルーを受けて、再び胸が温かくなるのを感じる。
今確かに、自惚れじゃなく、お互いがひとつになっている実感がある。
私が満たされた気持ちでいれば、突然バージルさんが目蓋を閉じて左手で頭を抱えた。
まただ。
きっと記憶が戻って来てる。
何回かあったけれど、眉を歪める姿がより一層苦しそうに見え、花束を左手に、空いた方の右手でバージルさんの肩に触れた。
ゆっくり開かれる瞳にはしっかり私が写って、少し安心する。
「…バージルさん?」
「アリア…同じようなことが、以前もあったか?」
今のような、泣いているのに嬉しい瞬間…。
言われて3年前を振り返ると、すぐに思い当たった。
Vが悪魔に囲まれた私を助けてくれて、最後まで一緒にいると言ってくれた時だ。
私たちが心から想いを通わせた、初めての日。
「ありました…すごく大切な、心に残る時間でした」
「そうか…今のは」
そう言ってバージルさんは柔らかく微笑む。
断片的にでも、あの日を思い出したんだ。
喜びというより、一部を取り戻したバージルさんが、今私に笑ってくれたことが嬉しい。
「以前からよく泣くんだな、お前は…」
「あなたのことになると、泣いちゃうみたいです…あ、笑うのもですけど!」
誤解させないように、すぐに口角を上げてみせる。
私がこんなに感情を出すのは、この人の前しかない気がする。
グリフォンたちの前でも、ここまで揺さぶられることはない。
「そうだ…花瓶、買わないと…」
やっと改めて視界に入ったカサブランカを見て、我に返る。
ここには花を生けるのに最適な何かは今は全くなく、お昼休みに買いに行こうかと思った時、バージルさんが口を開いた。
「…待て。代用品ならすぐ作れる」
「え?」
不意に左手を上にかざせば、掌からコバルトブルーの欠片が無数に現れて球体の花瓶が作り出された。
オパールのように光の反射や屈折で様々な色を放つそれを、まじまじと見つめてしまう。
もう私にとって、悪魔だとか魔力は当たり前のことになっていたので、驚きよりもその花瓶の美しさに惹かれてしまった。
「すごい!これは魔力…?」
「ああ。数日は保つはずだ」
「バージルさんの魔力って青色なんだね…きれい…宝石みたい。触ってもいい?」
バージルさんが頷いてくれたのを確認し、花束を持っていない方の手を伸ばせば、触りやすいように再び片手でカサブランカを持ってくれた。
改めて大きな掌から丸い花瓶を両手でそっと持つと、本物の陶器みたいにひんやりとつるつるしている。
戦闘以外の使い道が魔法みたいにとても素敵に見えて、目を輝かせずにはいられない。
回したり裏返したりして360度じっくり見ていたら、バージルさんの方は私自身をじっと見つめているのに気付く。
「…どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
何か思うところがあったのかもしれないけど、特に深く追求せずに、私は寝室に続く廊下の一角にカサブランカを生けることにした。
3年前まで、寝室からは中庭にデイイリーの咲くところが見えた。
カサブランカはデイイリーの代わりではなく、新しい思い出の象徴だと思った。
再びお店に戻ったら、常連のお婆さんたちが来店していてバージルさんが困っていたので、接客を替わる。
いつも半分以上お喋りを楽しみに来てくれる方々で、お父さんが店主をしている時からの付き合いだ。
私が話をしている間、バージルさんは色々と店内を見て回っているようだった。
お客さんがいなくなってから1度時計を確認すると、もう12時を過ぎている。
そう言えば、ちょっとお腹も空いてきた。
例の如く私がいつも使っているデスクに座るバージルさんの傍に駆け寄った。
「バージルさん、何か食べる?」
「ああ…もうそんな時間か」
私が質問してから、バージルさんは何故か視線を左下にして少し考えてから、また私の方を見る。
なんだか言いにくそうにしているけど、最後は口を開いてくれた。
「実は…悪魔には腹が減るという感覚がない」
「えっ!?そうなの?グリフォンがいつもお腹空いたって言うから知らなかった…」
「……お前と身体を共有しているからだろうな」
空腹という感覚がないから、以前コンサートの後に食事に誘った時も考えている様子だったのかなと改めて思う。
あと、今の会話でもうひとつ引っ掛かった。
「あれ…バージルさんってグリフォンたちのことは覚えてます?」
半魔であるバージルさんに、私の中に悪魔がいることはすぐ分かってしまうだろう。
でも、その種類まで分かるものなんだろうか?
「あの時何かの力を借りたのはわかる…それにこの間会った…」
「会った…?」
私はグリフォンを実体化できないし、声はそれこそ私の身体をグリフォンが操らない限り聞こえないはず。
眉を寄せて質問すれば、口を滑らせたと言わんばかりにバージルさんは再び視線を逸らした。
「いや、何でもない」
「バージルさん、私に何か隠してる?」
どかっと椅子に座ったままのバージルさんの肩を強めに掴んだら、視線は私に戻って来る。
「…お前のためだ。今言わんと決めた」
「嫌です!私に隠さないで!」
Vの時も色々隠されることが多かったからか、自分の口から思ったより大きな声が出た。
唇をへの字にしていたバージルさんは、私の形相を見かねて全部話し始める。
「…グリフォンはお前の身体を全てコントロールできる状態にある。この間呼び出して話をした」
「そ、そうなの…?私の知らないところで?」
グリフォン…初めは私の片手を動かすだけで精一杯だったのに、いつの間にかそこまでできるようになっていたなんて…。
私自身、皆とどんどん同化して来ているのは感じている。
でも、今まで何も言われなかったのが、ちょっとショックだった。
気持ちに応えるように、「隠れていた」グリフォンが私に話し掛ける。
『…オイオイ!俺を巻き込むなよ!呼ばれたから答えただけだってーの!』
『でも…やっぱり話して欲しかったな…』
『俺はなァ!アリアを心配させたくなかったんだよ…!』
私が体内のグリフォンに集中していたら、バージルさんが不意に立ち上がった。
そして何故か私の腰を引き寄せて、瞳をじっと見つめて来る。
突然抱き締められるような形になって、自分の心臓が脈打ち始めるのが分かった。
「俺は…お前の中に何かいると思うと虫唾が走る」
「バージルさん…?」
「お前のその瞳、本当の色を見ることもできない」
「…っ」
ごつごつした指が顎に触れ、バージルさんの顔が近づいて来る。
このままじゃもしかして、キス…してしまうかもしれない。
そう思って逞しい胸に両手を当て、ぎゅっと目を閉じる。
でも少し経って片目を開くと、近距離のままバージルさんはただ私を見つめるだけだった。
「…すまん」
あまり変わらないけど、なんとなく切ない声色でそう言って、私に触れている全てを解く。
私の態度に何か思ってキスをやめたのか、ちょっと心配になって来た。
じゃあ私自身どうなんだろうと考えると、今バージルさんとキスしてしまっていいのか、まだ分からないのが大きい…。
「…昼食、お前の食べたいものを食べよう」
バージルさんは目を細めて微笑んで、なんともないように話を戻した。
end.