【第4章】今も変わらない何か
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出納帳を書いていると、机の上のランプがちかちか点滅し始めた。
ここ数日何度かこうなっていたから、そろそろ新しいのを買わなきゃいけない。
とりあえず少しの間だけ直ってほしくて、私は電球の口金付近を直接指で摘んだ。
「グリフォン、この電球調子が悪い」
『ハイハイ、わかったわかった』
「わ、ありがとう!やっぱり便利!」
指先からグリフォンの電流が流れ、狙い通り灯りが安定してランプから手を離す。
再びペンを握って出納帳を完成させていく。
使用中で熱くなったランプを握る程度だと、不思議なことにあまり熱くないし指先も火傷しない。
初めからそうなった訳じゃない。
段々とこうなって、最近は偶に胸の辺りがじんわりと熱くなったりもするけど、なんだか慣れ始めてしまった。
私がいわゆる「悪魔憑き」になって3年が経とうとしている。
レッドグレイブは確実に再建され、人々も戻って来た。
新しい建物が建って、それなりに賑わいも見せ始めている。
父のレコード店は、私の音楽専門店になった。
レコードだけで続けていくのはこの先の未来難しいと考えて、とりあえず手広く商売をしてみようと思ったからだ。
母の手伝いも受けながら、外装や内装はなるべく以前と近づけた。
ただひとつだけ、除いて。
庭にあったデイリリーだけはどうしても植えられなかった。
デイリリーはとても大切な花だけど、咲いているところを見てしまったら囚われてしまいそうだと思った。
1ヶ月の私の初恋。
私を助けてくれた人。私の大好きな人。
「俺は…お前を、見つけ出そう。必ず」
いつかの日、Vに言われた言葉を思い出す。
「探さないでほしい」と言われたから、私はVの思い出を時々振り返りながら生きてきた。
お店の再建もしながら、気づいたら3年経っていた。
3年間何をしているんだろう。
私のこと忘れちゃったかな。
いや、だめだ。
前を向いて歩かなきゃ。
目標もあるし、グリフォンたちがいるから毎日楽しい。
だけど私は少し大人になって、気づいてしまった。
この胸に空いた穴みたいなものは、Vしか埋められない。
「私の心はあなたのものだから!」
あのお別れの時言ったように、Vに心を預けてしまったんだ。
『なァ、アリア!昼メシ何にする?猫チャンお腹空いたってよ!』
「ああ、そうだね!お腹空いたね」
すっかり考え事をしてしまって、グリフォンに話し掛けられてやっと現実に戻ってくる。
私の身体の「感覚」はグリフォンたちと所々リンクしているところがある。
味覚はその中のひとつで、初めて食べた作りたてのピザは、皆に好評だった。
食事はひとりでしていても、皆で囲んでいるようで楽しみだ。
「んー。駅前に出来たカフェは?」
『アーあそこか!いいンじゃね?なんつーかオシャレな雰囲気だったし』
「じゃあそこにしよ。ちょっと待って、これが終わったら支度するから」
出納帳を終わらせ、バッグを取りに行く。
お昼ご飯を自分で作るのもいいけど、今日は久しぶりに色々考えてしまって外に出たくなった。
理由は何となく分かってる。
もうすぐ6月15日だからだ。
3年前クリフォトが消滅した日は今、記念日になっていた。
どうしてもVを思い出してしまう日。
こうして悪魔憑きになっても思考だけはグリフォンたちと共有していないことが、今の私には心地良かった。
もしVのことを考えてるのがグリフォンにバレたら、きっとものすごく慰めてくれる。
そうなるのがなんだか嫌だった。
なんでだろう?
自分のお店を出て、街を歩く途中でまた考え始めてしまう。
カフェまではだいたい徒歩で15分くらいだろうから、頭の整理をするのにはちょうど良さそうだ。
『グリフォン、この間観た映画すごく良かったよね?』
ふいに1週間程前に観た古い1本の映画を思い出して、口には出さず私の中にいるグリフォンに話し掛ける。
寝る前に観たものだけどなんだかすごく印象に残って、ショッキングな内容じゃないのに、なかなか寝付けなかった。
『…悪ィ、始まってすぐに寝ちまってた』
『えぇっそうだったんだ…』
『ちなみに起きてたのアリアだけだぜ』
『ちょっと!かなりショック』
『どんな映画だったンだよ』
『皇帝と女の子の恋物語』
私がそう言うとグリフォンが大きな声で吹き出して笑うので、思わず立ち止まってしまう。
『…バカにしてる!?』
『違うケドよ!めちゃくちゃ少女趣味だなァと思ってな』
『お話も良かったけど、特に歌が良かったんだ』
1晩の夢みたいな恋の、ストーリーと主題歌。
まるで、3年前の私のことみたいだった。
映画のラスト2人は結ばれずに終わってしまうけど…。
特に歌詞の「夢かもしれない」とか「黄金の輝き」という部分がすごく共感してしまう。
今はないデイリリーの花は黄色だし、以前Vと皆でその中を歩いたりした。
Vはいないのに、今更「私のお気に入りの曲」を見つけてしまった。
いや、いないからこそ、あの時別れたからこそ見つかったのがこの曲かもしれない。
3年間で確実に育ってしまった喪失感を心の奥にしまい、目的地の駅前のカフェにたどり着いた。
レンガ積みの外装とダークブラウンの木製家具が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
『女の子ひとりでここ入るのちょっとドキドキしねェ!?ナンパとかされちゃうカモ!?』
『そう?バーとかじゃないし大丈夫だよ』
『だってヨォー、アリアこの3年で綺麗になったし?俺心配!ま、何かあったら追っ払ってやるケドな!』
『ありがとう、もしそうなったら頼むね』
私が3年間で綺麗になったかは謎だけど、Vとバージルさん以外に興味はない。
ためらいなく扉を開いて案内されたテーブルに座り、グリフォンたちと相談して、看板メニューだという濃厚卵のカルボナーラとアイスカフェラテを頼んだ。
本当はアイスコーヒーが飲みたかったけど、以前皆に不評だったからやめた。
パスタはグリフォンたちに好評で、カフェラテは苦いと言われたからガムシロップを2つ入れた。
偶にちらっと店内を見渡すと、おひとり様も勿論いたけれど案外少ない。
私も他の人から見たら「おひとり様」なんだろうな。
ゆっくり食事してから外に出たら、陽の光がぽかぽか暖かくて春を感じた。
今日目標にしていた仕事はあと少しで終わるし、帰りに街を散歩して帰ろう。
カフェがあるのが駅前だったので、ふらっと歩いてみるとある広告が目にとまった。
今週末、レッドグレイブの新しい劇場で復興記念コンサートを開催するらしい。
気になって周りを見渡すと、駅の一角にイベントのチラシを置いてあるブースを見つけて小走りで駆け寄る。
『アリア?何か見つけたのかよ!』
衝動で動き出した私にグリフォンが声を掛けるけれど、返事をする余裕がなかった。
なんだか胸がどきどきする。
絶対あのコンサートに行かなきゃって頭の中で思った。
でも、私がチラシに辿り着く前に不注意で誰かにぶつかって、よろけてしまう。
「あっすみません!」
ちゃんと目を見て謝らなきゃと視線をやると、銀髪を後ろに撫で付けた筋肉質な長身の男性が身体を支えてくれた。
色素の薄いブルーの瞳が私の顔をじっと見つめたまま、腰を支える腕を一向に離してくれない。
「…えっと」
「お前…どこかで会ったか?」
私はこの人を知らない。
もしかしてグリフォンが言っていたナンパかと思ったけど、さっき言っていた割に全く口出ししてこない。
視界はグリフォンやシャドウと共有しているし、見えているはずなのに。
私からの反応がなく、彼はばつが悪そうに視線を外して腰に回した腕を離した。
「すまん、知り合いに…似ていた」
「…大丈夫です!よく間違えられるので!」
「ふ…なんだそれは」
我ながら変な返答をしてしまったと思ったら、厳しい顔付きの彼が軽く目を伏せて笑ってくれる。
気付けば心臓がばくばくしてしまって、もしかしたら彼に聞こえてしまうかもしれないくらい。
私、この人がバージルさんじゃないかと思ってる。
お互いの間にしばらく沈黙が流れて、でも別れようとはせず、また彼が口を開く。
「妙なことを聞くが、お前がアリア…か?」
「そう…です、けど… あなたが…バージルさん…?」
「…そうだ」
バージルさんは小さな声で肯定し、確かに深く頷いた。
この人が、私がずっと心の中で待ち続けた人。
私たち、出逢えたんだ。
「俺はずっとお前を探していた」
end.