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「エミリー」
「何よ暑苦しい」
彼はいつも甘えたような声で私を呼ぶ。
そして挨拶するかのように身体を後ろから抱き締める。
腰に回された腕を邪魔だなと思いながら、振り返らずに私は言う。
最近のお決まりのパターンだ。
こんな態度を取ったところで、彼の腕は解かれない。
知っているのだ。
私が本気で彼の生ぬるい束縛を解かないことを。
「仕事は終わったか?」
「もうすぐ終わる。誰かさんがこき使うから肩こりが酷いわ」
バージルは私が自分と同じくらいパソコンをいじれるのをいいことに、いつもなんだかんだ仕事を押し付ける。
断らない私も私だけど、一応ジ・オーダーの一員だから仕方ないと言い訳する。
作業を終えパソコンをシャットダウンすると、バージルは私の頬に柔らかくキスをした。
「ちょっとやめてよ」
いやいやだがここで初めて彼の顔を見る。
いつもの取って付けたような優しそうな笑顔が、また私をイラつかせる。
「やっと俺の顔を見たな。これから食事にでも行かないか」
「…堅苦しいところなら嫌」
「わかった。エミリーが好きなところで」
準備ができたら声を掛けろと言ってバージルは私の自室兼オフィスを出て行った。
特に支度なんてないのだけど、せっかくだからこの間買ったグリーンのワンピースを着て行こう。
食事の相手は彼なんだから別に張り切る必要なんてないのにと、心のどこかで冷めながら、クローゼットを開く。
だってこんなの着て行ったら、彼の言う台詞は決まっている。
よく似合ってる、素敵だね。
そう言って取って付けたような笑顔で誉める。
簡単に想像できるテンプレート化された反応。
想像できるのに、なんで私は彼のために新しいワンピースを着て行くのだろう。
背中のファスナーを上げて、化粧を整え、バージルを呼びに行く。
「エミリー、そのワンピースよく似合ってる。素敵だ」
私を見た第一声はやっぱりこれだった。
私は表情を変えずに、バージルに導かれるままに、彼の車の助手席に乗り込んだ。
高そうな車。
私以外の他の女の子だったら、こういうのも感動するんだろうか。
「どこに行くか決めたか?」
「まだ。とりあえず車出して」
彼は言われるままに、車のエンジンを掛け、アクセルを踏む。
私は窓の外に目をやりながら、ネオンがきらめく街を眺める。
別に、彼のよく行く高そうなお店じゃなかったらどこでも良かった。
今はドライブしたい気分だった。
私と彼の出逢いは数年前まで遡る。
初めて会ったのは、ネットだった。
お互いにパソコンに造詣が深く、私たちはすぐに仲良くなって、実際に会うまでになった。
あの頃のバージルは、まだ莫大な財産なんてなかった。
それにジ・オーダーなんて馬鹿げた組織もなかった。
「しばらくこうして走ってるのもいいな」
「…そうね」
信号待ちでバージルが私の方をちらと見る。
どこまで行こうかと思った。
このまま行き先を告げなかったら、どこまで彼は私に付き合ってくれるんだろう。
しばらく考えてやめた。
余りにも馬鹿らしかったから。
私は目に付いた適当なイタリア料理の店を差して、バージルに手を引かれて中に入った。
適当に選んだ割には店内は落ち着いていて静かな雰囲気で、ゆっくりできそうだ。
バージルはパスタやピザ、ワインを注文して、私ににこりと微笑む。
この取って付けたような笑顔に、何が面白いのか聞いてやりたい。
やがて運ばれてきたワインを一口だけ含むと、自然と表情が和らいだ。
「このワイン美味しい」
「やっと笑った」
「え?」
「今日初めてお前の笑顔が見られた」
言われて思わずグラスを持った手が止まる。
そういえば何も考えずに普通に笑ったのは今が初めてだ。
もう2度と彼にときめかないと決めていたのに、不意打ちだ。
こんなひと好きでいたって意味ないと思っていたのに、これだから嫌いになれない。
バージルに好きだと言われたのは結構前だ。
その時の私は純粋に嬉しいと思ったのに、そんなのはすぐ砕け散った。
バージルは自分の征服欲のために私を利用しているにすぎない。
ジ・オーダーに必要だから、私を引き留めるために、私に愛を捧げる。
彼は気づいてないかもしれないけれど、彼の瞳の奥の蔑んだ感情が私には感じられる。
ネフィルムである彼と人間の私。
ネフィルムはそんなに偉い存在だろうか。
それ以前に、バージルとエミリーという存在なのに。
「気に入ったなら買って帰ろうか」
「…ありがとう」
バージルが選んだもので笑顔になって、そしてそれを嬉しそうに彼に指摘されて、馬鹿みたいに舞い上がってしまう自分が頭の中にいた。
まだ、もう少し、彼を好きでいてもいいかなと思った。
本当に愛してるなら、彼にまっすぐ見てほしい。
利用価値なんか考えずに、私を欲しいと言ってほしい。
帰り道では小雨が降って、車の窓に水滴が落ち、ネオンがにじんできれいだった。
あんまりきれいだから少し泣きそうだったけれど、隣に彼がいるから我慢した。
帰って連れ込まれた彼の部屋で、彼は私の腰に手を回し身体を引き寄せて口付ける。
短いそれに、息が掛かるくらいの至近距離で見つめ合う。
「潔癖なのに、私とキスするのは平気なの?」
「惚れた女だ、当たり前だろう」
本当に好き?とは勿論聞かずに、私はされるままに彼のキスを受け入れる。
欲情している時の彼は嫌いじゃない。
私をそのままに欲してくれるから。
ゆっくりと身体を這う彼の指に、私はそっと手を重ねる。
end.
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