キスの理由(蔵光)



 ただ、魔が差しただけやったんやと思う。
 朝練が終わってみんながSHRに向かった後、部室で部誌を書いていて時間としてはそう経ってない。
 カチカチとシャープペンを鳴らして、無駄のない字で連なってる文章を確認した。

「よし」

 そのままシャー芯をペンの中に収めて、ペンケースにしまった。
 
「さて、もうすぐ担任来るな」

 部誌を胸に抱いて改めて部室を確認すると、一人、ロッカーにもたれかかってすやすやと眠っていた。

「財前?」

 何でこんなとこで眠ってるのかしらん。
 早く2年の担任が来る前に、起こさないといけない。
 せやけど……。

「こんな顔で眠るんやなぁ」

 ペシペシと頬を軽く叩いて触れる。
 無防備な表情で普段の姿が悪魔なら今は――。

「天使の寝顔や」

 絶対、誰にも見せないであろう姿。
 それがとてつもなく、微笑ましい。
 セットがちょお崩れた髪の毛をサラッと触ってみる。

「ホンマに気持ち良さそうや」

 こんな普段可愛げない後輩のこういう面を見てしまうと、ずっと見ていたいと思う。
 それが摂理なんやろうか? けど、理屈抜きで可愛ええと感じる。

「ほんま、ずっと見ていたい」

 理屈抜きで……。
 そう、なんや気持ちよくなって目を閉じた。

 ふにっ

 なんや、この柔らかい感触。
 唇に感じる、初めてのこれに目を開けた。

「今っ……」

 唇を押さえて後ずさり壁に背中をぶつけた。
 間違いなく、今、俺は財前にキスをしていた。

「ん……」
 
 身じろぎする財前。起きてしまう、と慌てて部室からでた。

 なに、してんねん。
 こんなん、冗談で済む話やない。
 感触がまだ残っている、唇に手を当てる。

「なに、してんねん……。俺」

 ホンマに、アホや。
 きっと、魔が差してしもたんや。
 誰だってある。
 キス……なんて、誰とだってできるんや……。
 今までしたことないけど。
 俺のファーストキス。
 まだあの柔らかい感触がまだ残っとる。
 忘れたくない。この感触を。

「……いし、白石!」
「は……?」

 ハッとすると、謙也の顔があった。

「は? やないで。なに授業中ボーっとしとるんや。白石らしくないで」
「あ、いや……」

 謙也が怪訝そうに俺の顔を覗き込む。

「ホンマに白石らしないなぁ」
「ああ、ちょっと、な」
「はぁ!? なんやねん! ほんま白石、熱でもあんのか? 病気か?」
「アホ。なんで俺が病気にならアカンねん。ちょお、考え事や。考え事」

 考え事って……。
 やからあれは、魔が差して……。
 考える必要なんてなんもない。

「考え事って……なにが、あったん?」
「……謙也に関係ない」
「なんやてー!!」

 せや、俺の問題で、考える事でもないんや。
 たかだかキス。せや、キスなんて――。

「謙也、すまん。次の授業休む」
「はぁ? なんやねん!」
「気分転換や。気分転換」
「お、おい!」

 俺の足は自然と屋上に向かっていて、風を感じて落ち着きたかった。
 階段を上る足音が響く。
 ギィッって重い扉が開くと、そこは解放感に溢れていた。

 キスなんて魔がさしただけ。
 財前だってきっと気づいてない。せやからうだうだ悩んでるのも俺だけ。
 せやから早く忘れるべき。
 せやのに――。

「……部長」

 そこには、会いたくて会いたくない財前がおった。

「なんや。財前もサボりか?」
「あんたはええんすか? 受験生やのに」
「2年やって、勉強頑張らなアカンねんで」
「……考え事ですわ」
「そっか……古典でも上手くいかんのか?」

 財前はそのまま俺を見つめた。その視線が絡みついた棘のようで動けない。
 視線を外した彼は空を見上げる。

「魔が差しただけかどうか、気になっとっただけです」

 思わず、目を見開いた。
 財前は流し目で俺の反応をうかがうようにして、また視線を戻す。

「ファーストキスやった。それが、ただ魔が差しただけでされてしもたんやら、最悪っすわ」
「ざいぜ……」
「なんて、どんだけ乙女思考やなんて思います。けど……やっぱり」

 財前は気づいてた。魔がさしただけかもしれない俺のキスを。
 なんや、答えがでてしまった気がする。
 気づいたら謙也ほどのスピードやないけど、財前の元へ走っていて、
 後ろから全力で抱きしめていた。

「ぶちょ……っ!? んぅっ!!」

 振り向こうとする財前の顎を掴んで、無理矢理、口付ける。
 強引に……けど、壊れ物を扱うように、熱く熱くキスをした。
 名残惜しいように唇を離すと、俺は財前の肩を掴んだ。

「好きや。好きやからしたんや」
「わからん……」

 財前はそう言いながら、「けど……」と付け足す。

「もっと抱きしめて、もっとキスしてくれたらわかると思います」

 不器用にそう呟く財前は恐ろしいほど震えていた。
 思わず、理性が飛びそうになって、
 さっきよりも強く抱きしめて、さっきより強引にキスをした。
 唇が離れるたび「好きや」と言いながら……。

 財前の手が俺の頬に触れる。

「俺もです」

 そうやって、授業が終わるまで俺たちはキスに溺れた。
 こうやってただ、始まった。
朝練終了後、部室で居眠りをしてる財前にキスをする白石。
何故そんなことをしたのか混乱するがーー。

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目次

  • キスの理由(蔵光)

    部活終了後、部室で眠ってる財前に白石は無意識にキスをしてしまった。
    魔がさしたのかと思って混乱する。

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