特別(蔵光)

 午前中の授業、もう昼も近い。
 白石蔵ノ介はシャープペンを持ち、黒板を見てはそれをノートに書き写す。
 今は歴史の授業だ。四天宝寺中学校はお笑いの要素を授業中にもふんだんに活用する、だから面白い。
 だが、白石はお笑いに興味を持ちながらも残念ながらその成績は悪い。苦手科目がなくても基本に忠実な彼はいつもテンプレート。
 最近受けたモノといえば「んんー絶頂!」という彼にとってはそれが名台詞になっている。
 けれどそれも何度も繰り返せば飽きてしまう。それでもついノリでやってしまう。
 将来もし、芸人になったとしても一発屋で終わってしまう。

 まあ、それはともかく白石は少し視線を窓の外に寄せた。
 その一瞬で、見つけてしまった。鼓動が少しうるさい。
 面倒くさそうに体育の授業を受ける後輩に目を奪われる。
 後輩? 彼にとってはもう少し付け足さなければならない、特別な人。

(はは、ホンマだるそう)

 腰に手を当てて、なるべく教師にも見つからないよう怠けている後輩。
 特別な人はどれだけ小さくても人に紛れても見つけてしまえば視線はもうそこだけにいく。
 シャープペンを口元に当てるとフッと笑みを浮かべる。
 普段モテる彼がそんな表情をすれば恋する女子生徒は思わず見惚れてしまう。
 女子生徒が魅入っていようが白石には関係ない。
 彼が恋い焦がれているのは視線の先にいる部活の後輩の財前光なのだから。

「あんなぁ、白石。授業中あんな顔しとったらアカンで」

 授業が終わり、謙也が呆れた表情と声で近寄る。

「あんな顔?」
「自覚ないんか? ウットリと外見て女子は見惚れて、あんま授業ならんかったで」
「そっか。まあええやん、見つけてしもたんやから」

 頬杖を突きながら嬉しそうに口角を上げる。
 恋してる人を見つけて喜ばないのがどうかしてる。
 謙也は更にため息を吐く。何がそんなに白石を夢中にさせているのか、そんなレベルの高い美女なのか?

「会ってみたいわ。白石の好きな子」
「謙也も会うてるって。むしろお前の方が近くていつも胸が苦しいわ」
「俺の方が近い?」

 そんな可愛い子いたか? 身近な女子を思い浮かべても、席が近い子を思い浮かべても思い当たる子がいない。

「や、小石川の方が近いんかな。勝つためとはいえ、他のやつとダブルスやっとるの見るのキツいわ」

 今度は白石の方がため息を吐いた。
 あれ? と謙也の脳裏に浮かぶ人物に頬をひくつかせる。
 もしかしなくても、その想い人は――とすべてを理解した。

「あ、あのさぁ、そら俺も理解はあるで。めっちゃ身近におるからな。せやけど……」

 小春とユウジをいつも見ているからこそ、同性愛というのは一応理解できる。
 しかし、しかしだ。いくらなんでも白石に恋してる女子生徒たちがあまりに不憫でならない。
 後輩の財前光という人間は耳にピアスをいくつも開けて、毒舌でモテると聞いているが、後輩というだけでもある意味癖のあるヤツだ。
 いや、四天宝寺は癖のあるヤツは大歓迎だが、財前はそれとは少し違う。
 白石が彼のどこに魅了されたのか、少々難解だ。
 人を好きになるのは理屈ではないことは分かっているけれど、どうもイメージできない。

「何や失礼なこと考えてへんか?」
「い、いやぁ、べっつにぃっ……?」

 更に頬を引きつらせて頑張って否定した。

「図書室にも一応当番狙って行ったりしとるんやけどなぁ。なんちゅーか、今の関係から一歩踏み出すのが怖いッちゅーか」

 典型的な片思い。片思いから告白してそれが叶うまでが醍醐味だ。
 その気持ちは経験したことがある謙也にも理解できる。
 なのになんだろう。このいたたまれない気持ちは。

「これが女の子やったらきっとすぐにでも告白できるんやろうけど、財前に避けられたらって思うと――」

 片思いから告白に踏ん切れない人間が陥る気持ち。
 これから部活も上手くいくか、悩んでいる。
 白石の気持ちを聞いてると、当たり前のことに彼らしくなく悩んでる。
 財前の毒舌なんて慣れているのに、告白に破れてショックを受けるなんて彼らしくない。
 完璧な白石から少し人間染みた面を見た気がする。

「試しにな、姉貴に好きな子がおるんやけど……って相談してみたら『アンタなら告れば一発やないの』って言われて」
「あぁ。せやんな」

 白石に落ちない女の方が少ないだろう。逆ナンが苦手だと言うくらいだ。

「一緒にいたいなぁ」

 窓の外を見てフッと息を吐く。
 絵になる表情。毎日そんなことをぐるぐる考えているなんて、世の女子は知るよしもない。

「昼飯誘うとか? 学食で一緒に食えばええやん。おごったるって言えば」
「あ……そうか」

 男同士なら昼飯が一緒でも勘繰られない。謙也のアドバイスにすぐに携帯電話を取り出す。
 カコカコとボタンを押して、文章ができたらしい。

「送信……っ」

 携帯電話を閉じるが、白石の視線はずっとそれに釘付けだ。
 謙也はレアな白石を見つけてばかりだ、と半ば呆れる。
 こんなやつだっけ? あれ、いつもの白石ってどんな奴だっけ? とぐるぐる回る。
 すぐにバイブが鳴り、スピードスターもビックリのスピードで返信の文章を確認する。

「よっしっ!」

 テニスでポイントを取った反応をするから、謙也が肩を跳ねさせる。
 それだけでなくクラス中の生徒が白石に視線を集める。
 そんなに嬉しいのか、と、また彼らしくない彼を発見した。

■■■
 一年の校舎。財前の教室に向かう。鼓動はかなりうるさい。

「財前、おる?」
「え、あ、あのっ……」

 話しかけられた女子生徒は頬を紅潮させて、財前を差す。
 教室は黄色い声が飛び交う。それでも彼女たちの憧れも想いも届くことはない。
 財前は息を吐いて、近づく。

「あの、部長。別に迎えにこんでも」
「すまんすまん。行こうか」

 財前が隣を歩く。それだけでわき上がる喜び。
 もしも叶うならずっと歩いて欲しい、隣を。
 その手をギュッと握りたい、できるだけ長く。
 一年の後半から急激に伸びた背は、財前の今の背より大分高い。
 彼もぐんと伸びるだろうけど、できたら追い越して欲しくない。
 声変わりはもうしているみたいだ、けどしていない声も聞きたかった。
 表情は可愛らしいけど、一年もしたら格好良くなるな。それでまた惚れ直してしまうんだろうな。
 
「あの……」
「ん?」
「アンタからの視線が痛いんすけど」
「すまんすまん」
「おごってくれるんすよね?」
「ん。何がええ?」
「善哉でええっすわ。白玉入り」
「善哉かあ。甘いもん好きなんやな。しかも善哉って……っ」
「そのネタは飽きましたわ」
「すまんって……よっしゃ、今度めっちゃ美味いとこ連れてったる」
「ホンマですか?」
「おう。おごったるで」

 財前の眉がぴくっと動き、寄せて、「部長」と呆れながら言う。

「さっきから思っとるんすけど、そういう顔とか言ってる内容とか女にした方が良いっスよ」
「え」

 足がピタリと止まる。財前はふり向き、きっぱり言った。

「アンタなら誰でもOKすると思いますし、そういう顔されたらイチコロっすわ」

 ぐさり。
 ナイフでも刺さった気分になる。
 どんな表情をしていたのだろう、財前に向ける顔は特別だったに違いない。
 当たり前だ、特別な想いを抱いているのだから。
 全部財前に向けたもの。それなのに、彼自身がそう否定をする。
 やっぱりNOなのか。
 不安が襲ってくる。その時財前の唇が動く。
 聞こえない程度の動きが理解できない。何を言っているのか。

「すまん。なんか――」
「さっさと行きましょう、なんか目立つんで」

■■■
「白石、どないしたん!? なんや、午前中より落ちこんどるけど」

 謙也はあたふたとする、白石のメンタルは自分より強いはずなのに、一体どうしたことだ。
 頬杖を突きながら外を眺め、ため息を吐く姿は珍しい。
 
「飯はうまかったんやろ!?」
「……ああ」
「一緒に食って幸せやったんとちゃうん!?」
「……善哉食っとるのめっちゃ可愛かった」
「で、そのテンションはなんやねん!!」
「……なあ、謙也」

 瞳は窓の外の青空を映しているはずなのに、目には曇って雨が降っているようだ。

「わからんくなった」

 財前に向ける顔ってどんな顔? 鏡が欲しかった。
 あの唇はなにを紡いでいたのか。読心術が欲しい。
 笑顔を見たい。喜ぶことをしてあげたい。
 
「あのさ、アイツってイヤやったらイヤっちゅーやろ」
「わかっとるわ」
「少なくてもイヤなヤツと喜んで飯食うヤツちゃうと思うけどなぁ」
「そんなこと――」

 分かってる。財前はイヤだったら即座にイヤという。
 それは笑ったり喜んだりするよりわかりやすい。
 白石だけでなく、財前のことを少しでも知っている人間なら分かるのに。
 ちゃんと正直に、ハッキリきっぱり言うはずだ。
 
「そっか」

 ハッと白石は気づく。
 何もハッキリしていなかった。
 言葉にしないといけないのは自分の方だ。
 怖がって、今の関係を少しでも進めたいのに進めてない。
 携帯電話を取りだしてメール画面にする。
 少し震える指先で文字を一つ一つ打つ。
 文章を打ち終えて、送信する。

『今日の放課後、すぐに図書室行くわ』

 放課後の当番は財前。
 携帯電話を閉じて、ゆっくり目を開ける。
 その白石の表情を見て、謙也がやっと笑った。

「やっといつもの白石やな」

■■■
 放課後の図書室。
 人が来ることはあまりなく、それでも足はそこへ真っ直ぐ向かう。
 返す本は財前が昼休み当番の時だから、今は持っていない。
 
 ドアを開けると、中には当番の彼以外誰もいなかった。

「財前」
「……どもっす」

 トクントクンと鼓動はいつもより速い。 
 これからの展開が分からない。それでも進めなければいけない。

「昼間、なんかすまんかったな」
「いえ、ゴチでした。それで、わざわざメールまでしてどうしたんすか?」
「訊きたいことがあってな」

 一瞬、息をするのが怖くなる。だから少し深呼吸。

「昼間、俺どんな顔しとった?」
「どんな、顔って……それは」
「ハッキリ言うてくれんか?」

 財前は口籠もった。言いづらそうに視線を一度逸らして、けどその視線は白石をはっきり見据える。

「好きな、人を見るような……顔でした」

 途端、かあっと財前の頬が真っ赤に染まる。

「俺の勘違いでしたらすみません」

 すぐ謝るが、白石は微笑んだ。
 
「正解や。お前のこと、好き」
「え、あの……っ」
「恋人になりたい」

 言ってしまえば、心の重荷が一気になくなった。
 何を今までこんなに抱えていたんだろうと馬鹿らしくもなる。

「もう一つ、あの時何を声にしないで言っとたんや?」
「それは……」
「ちゃんと言って。俺もちゃんと言ったから」

 財前の顔は赤い。けど、一度目を閉じてゆっくり開く。

「俺も期待しそうになる、です」
「せやったら、OKって取ってええ?」

 頷く姿に、カウンターという邪魔がなければ抱きしめていた。
 白石は笑う。財前をとても愛しく思って。

「今度の休み、甘味処デートしよな」
「しゃーないっすね」

 二人以外誰もいない図書室。
 恋人という関係になった二人は、特別な表情をしていた。
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