とうげんあんき

担ぎ込まれた身体は、ひどく軽かった。

右腕が肩口からずるりと裂け、皮膚も骨も引き裂かれたまま、血が床へと滴っている。意識はない。その身体を支えていたのは、表情ひとつ変えない男――淀川真澄だった。

「……まっすー?何が──」

騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきた京夜の言葉が、言いかけて止まる。

視線が、見知った後輩の右肩へと落ちた。

「……ッ!」

右肩から腕が……皮膚ごと、骨ごと──。

喉の奥で息が詰まる。

「京夜。……治せ」

真澄の声は落ち着いているが、低く鋭い。それだけを告げ、真澄は治療ベッドへ少女の身体をそっと横たえた。

無駄な言葉はない。目を見ればわかる。

――“助けろ”ではない。
“助けられると信じている”。

「輸血、3ライン用意して。手首じゃ足りない。首から直でいく」

京夜の言葉に周囲が慌ただしく動き出す。真澄の視線が一瞬、京夜の手首へ向いた。

「生かせよ。絶対」

その言葉を残し、真澄は無言で一歩、下がる。京夜は点滴台に吊るされた赤いチューブを掴む。迷いなく、自分の腕へと突き立てた。皮膚を貫く痛みを、まるで存在しないもののように。

赤い液体が流れ出し、シロコの身体へと送り込まれていく。

「……安心して。“俺がいる限り、絶対死なせない”」

その声は低く、静かだった。けれど、その場にいる誰よりも揺らぎがなかった。







白衣の袖をまくった腕に輸血のチューブを絡ませながら、花魁坂京夜はベッドの傍に腰を下ろしていた。部屋の空気はひどく静かで、風の音ひとつしない。

ベッドの上には、見慣れた彼女の姿。数年前に戦闘部隊へ配属となった、羅刹時代の後輩。その眠る姿を、彼は黙って見ていた。今はもう、傷は一つもない。腕も、骨も、内臓すら、全て――自分の血が修復した。

「……きょうや…せんぱい……」

かすれた声に、顔を上げる。

「起きた?」

優しく問いかけると、ベッドの上の彼女――暦シロコはゆっくりと瞬きをした。

「傷は塞がったよ。でも、もう少し寝てな」

京夜が静かに言うと、シロコは視線を彷徨わせながらゆっくりと自分の腕を持ち上げ、手のひらを見つめる。

「……いきてる……」

その呟きは、確かに安堵だった。けれど同時に、震えていた。

「トーゼン。俺がいるから」

ふっと、いつもの軽やかな声で返す。だけどその目にはいつもより真面目さが滲んでいる。

「――……はじめて、“あ、死ぬんだ”って思いました」

静寂の中、シロコがぽつりと呟いた。その声はまるで、夢の続きをなぞるようで。

「桃を倒したあと…みんなのところに帰ろうとしたのに、身体が動かなくて……どんどん、意識が遠のいて……、…もう、みんなに会えないんだって……」

震えながら吐き出された言葉に、京夜は何も言わず、そっと彼女の頭に手を置いた。

「……うん」

その手のぬくもりで、彼女の涙腺がじわじわ緩んでいく。

「死ぬ覚悟なんてとっくにできてると思ってた……でも、死にたくないって、思ったんです…」

「――怖かった…っ…」

震える声で、シロコは泣き出した。

「自分がこんなに弱いなんて、知らなかった…っ」

「――それは違うよ、シロちゃん」

静かな、けれど強い声で、京夜は答えた。

「死を怖がることは弱い事なんかじゃない。“生きたい”と願うから、俺たちは戦えるんだ」

「死ぬためじゃない。明日また笑えるように、そんな日が続くように――そのために戦ってる」

真っすぐにシロコを見つめ京夜は優しく、けれど、揺らがぬ決意のように言い切る。

「そんで、俺がいる限り、シロちゃんは絶対死なせない」

涙で濡れたシロコの瞳が、大きく揺れた。

「ダイジョーブ!そのための“援護部隊”で、“俺”だよ?」

ぱっと小さく微笑んだ彼は、ピースサインをつくりながらいつもの軽口を戻して言った。

涙を浮かべたままシロコが京夜を見上げる。彼のピアスが光に反射して、少しだけ目を細めた。

「……じゃあ」

「ん?」

「……私がいる限り、京夜先輩は絶対死なせない。絶対、守ります」

驚いたように目を丸くしたあと、京夜は肩をすくめて笑った。

「…ハハッ。頼もしいねぇ♡」

「約束、です」

「うん。ありがとう、シロちゃん」

その言葉に、シロコは泣きながら笑った。




――この人を守ること。
それがこの先の私の"生きる意味"で"戦う理由"。

救われたのは、命だけじゃない。

暦シロコが"未来"をささげる事を決めた、最初の夜だった。






【暦シロコ(こよみ しろこ)】
この時は東京の戦闘部隊にいた。たぶん無陀野隊。
羅刹学園卒業後、戦闘スキルが高いので前線でガンガン戦ってちょっと調子に乗ってた時期にざっくりやられた。慢心。
真澄さんはその場にいたというより、見つけて回収してくれた
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