使用人
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「ゆめさん、今日の夜お時間よろしいですか?」
今日一日自室にこもって研究をしていらっしゃる桂様に昼食をお持ちした時のこと。
「はい。何か御用でしたら用事を済ませておきます」
「ありがとう。昨日から私の助手になっていただいたことですし、早速今晩から手伝っていただきたいのですが、よろしいですね?」
「あ!そうですね!わかりました!」
まさかこんなに早く桂様の実験のお手伝いができるとは思わず、嬉しさのあまり声が裏返ってしまう。
「ふふっ、やる気満々ですね。ではよろしくおねがいしますね」
桂様はなんだか楽しそうに微笑んだ。
「失礼します、ゆめです」
襖の外から声をかけると、ちょっと待ってください、と何やら慌ただしい返事が返ってくる。
しばらく待っていると、襖の奥からガチャガチャと物音がして、音が止んだかと思うと襖が開いた。
「お待たせしてすみません、どうぞ」
「はい、失礼します」
昼食をお持ちした時と比べるとだいぶ物が散乱している彼の自室は足の踏み場もほとんどないくらい散らかっている。
「ああ、足元に気を付けてくださいね。触ると危ないものもありますから」
そう注意を促す彼の着物も乱れており、その姿からは疲れが滲み出ていた。
「(研究が行き詰っているのかな…)」
おそらく、先程空けてくれたのだろうと思われる場所になんとか腰を下ろし、桂様の指示を待っているとふと私を見て苦笑いで口を開いた。
「すみません、実は今日の実験がうまくいかなくて困っていたところだったんです」
かっこ悪いところを見せてしまいましたね、と汚れた手で頭を掻いた。
「一度休まれてはいかがですか?」
「いえ、せっかくあなたが来てくれたんですから、もう少し頑張りますよ!」
そうして、私の助手としての初めての実験がはじまった。
「次はそこの棚の二段目に置いてある小瓶を取ってください」
「ええと、これですね」
実験はなかなかうまくいかないらしく、私に指示をする彼の声色は暗い。
そのくらい作るのが難しいからくりなんだろうか。
桂様に何を作っているのか聞いてはみたが、できてからのお楽しみです、の一点張り。まあ、聞いたところで役に立てることはないんだろうけど。
「はあ、やっぱりだめですね。一旦休憩にしましょう」
相当根を詰めていたようで、顔もやつれてついた溜息も相当大きかった。
「あ!そうだ」
その瞬間、先程の暗い表情が面白いものを見つけた時の子どもような笑顔に変わる。
「休憩ついでにできる実験、してみてもいいですか?」
「?はい」
一体どうゆうことだろう、と首を横に傾ける私を気にする様子もなく、彼は私に近づいてくる。
そしておもむろに私の膝の上に頭を横たわらせたのだ。
「かっ、桂様?!」
「休憩、ですよ」
動けないでいる私を涼しい顔で見上げている。
「どうですか?どきどきしていますか?」
これが桂様の言う実験、なんだろうか。だとしても、一体何を調べる実験なの・・・?なんで膝枕なの・・・?
「聞いていますか?ゆめさん?」
「!!」
少し上体を起こして私の顔を覗き込む。
桂様の顔が目の前に迫る。
その表情は、とても満足げだ。
「おや、顔が赤いですね。教えてください?私に膝枕をして、今、どんな気持ちなのかを」
私が混乱していると彼の左手が頬に伸びる。
意外とごつごつしている、男の人の指が頬を撫でる。
「あ、あの、これは実験、なんですか・・・?」
「ええ、そうですよ。だから、教えてください・・・?」
撫でられている頬がくすぐったい。それに、きっと今の私の顔は真っ赤だ。熱いに決まっている。そう考えると、恥ずかしさがさらに増した。
「何も感じないですか?」
「は、恥ずかしいです・・・。それに・・・その・・・」
「はい・・・?」
続きを催促するように頬を撫でている指が唇のすぐ横を撫でる。
反射的にぎゅっと口をつぐむとその緊張して乾いた唇をゆっくりと撫ではじめた。
ぞくぞくとするその感覚に目の前がちかちかして、支えがないと倒れてしまいそう。
「すごく、どきどきしてます・・・」
「どうしてですか?」
必死で答えるも、尚も意地悪く聞いてくる彼は何かをたくらんでいる少年のようだ。
「どうしてって・・・」
「それを聞かないと、実験結果がわかりません」
困ったように言われると逃げ道がなくなってしまう。
それなのに目の前の彼はいつになく楽しそうで、今の私をからくりに例えるなら、思考回路はショート寸前、というやつだろう。
「どうして・・・なんでしょう……」
こんなにどきどきしたのは初めてで、胸がぎゅっと痛くて、こんな気持ちを私は知らなくて・・・。
気持ちが付いていけなくて、気付いたら目の前が霞んできた。
「ゆめさん・・・?」
「・・・?」
桂様が体を起こしたのと同時に、自分の頬に何かがつたった。
どうやら私は泣いているようだ。
「す、すみません!やりすぎましたね…」
「あ・・・」
急いで涙を拭う。身を引いた彼はいたたまれない様子で、私を見ている。
「あの、ち、違うんです、」
「違う、とは、何が・・・?」
「・・・」
何か言わなくては、と思ったが何が違うんだろうか。
「すみません、実験、というのは半分嘘です。嘘、というのは、その半分には私の私情も含まれているからです」
「嘘・・・?」
何のことか分からず、首をかしげる。
「昨日のことがあってからずっと考えていたんです。私の研究に興味を持ってくれる使用人なんて、今までいませんでしたし、それに・・・」
桂様は私から視線を逸らし、気まずそうに呟く。
「それに、こんなに素敵な女性なんですから・・・」
ひいたと思っていた頬の熱がまた蘇ってくる。
「でも、嫌でしたよね・・・。私も少々浮かれすぎていたようです」
すみません、と苦笑いを浮かべて謝る彼の瞳はとても悲しそうだった。
「違います・・・」
「何がです?」
さっきの言葉で分かった。
私もまた、桂様に惹かれている一人なのだ。
「嫌じゃ、なかったです・・・!」
「では、なぜ泣いているのですか?」
「それは、」
さっき触れられた頬の感触を思い出す。
どきどきして、くらくらして、それは初めての体験で・・・
「あんなことされたの初めてで、ちょっと驚いてしまっただけです・・・!それに、」
「それに?」
不安そうに言葉を促す彼の手を握る。
「それに、私も、桂様のことが・・・」
好きだから……
握った手から伝わって、と想いを込める。
「ゆめさん」
唐突に名前を呼ばれ、顔を上げる。
その瞬間、彼の顔が近づいてきて、思わず目を瞑った。
一瞬、頬にあたたかい感触が触れ、ちゅっと小さな音を立てて離れていった。驚いて目を開けると桂様は優しく微笑んで自身の指を私の唇に押し当てた。
「ありがとうございます。でも、今日はここまで」
すっと離れていく桂様はどこか吹っ切れた様子だ。
「今日はもう遅いですし、実験は終わりにしましょう。あなたも疲れたでしょう。先にお風呂に入って休んでください」
「い、いえ、使用人の私は最後に」
「いーえ、今日はお先にどうぞ。
・・・私のせいで無理をさせてしまいましたから、少しでも早く休んでほしいのですよ」
「で、でも」
尚も引かない私の頭にぽん、と手を置く。
「・・・今日これ以上あなたといると、余計なことを言ってしまいそうなんです。だから、また明日に」
まるで小さな子どもをあやすように優しく頭を撫でながら、顔を覗き込まれ、何も言えなくなる。
「・・・わかりました」
私も自分の気持ちについていけなくて、迷惑をかけてしまうかもしれないと思うと、そう言うのが精一杯だった。
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