不幸にピピピ・踊ループ

イデ×転生姫4

 アンタのほうが乗り気になっちゃってる、とは言い得て妙である。

 アルコールの力を借りて憂さを晴らした翌日、イデアがすぐに取りかかったのは彼の愛用品と全く同じ品番の、新しいマットレスの発注であった。
 追加して新しいリネンと、重たくて分厚い質のいい毛布を用立てる。重たい布団は不安定な子どもの睡眠に良いと試してガッテンで見た為だ。これをシュラウドの自宅に設けたレオナの自室(この頃には一通り身体検査を終えたレオナの為に、シュラウド家の空き室が彼女のプライベートスペースとして提供されていた)に運び込み、イデアはレオナの住環境を改めて整えてやった。
 彼女がイデアと同衾をしたがるのは、より良い睡眠環境を求めてのことであったのだろうと、ひいては"イデア"を求めているわけではないのだと、昨日の宴席で察した為である。

「どうする?折角なら天蓋も付ける?」
「……つける」
「遮光カーテンの内側にさ、レースのカーテンもつけない?その方が可愛くない?」
「なんでもいい」
「えーっ、可愛すぎ、ねえちょっとお姫様のベッドみたいじゃない?そんでさ、君本読むの好きだから枕元には明かりを置こうよ。目を悪くしたら可哀想だし……この際部屋のカーテンも変えようかな。なんか……昔の君の寮と比べれば暗いもんねこの家」
「枕カバーはちゃんとシルクにしたし眠るとき用のふわふわ靴下もあるし……スリッパもある、水差しもある……君の手にはちょっと重い?新しいの用意する?水筒とか……」
「いい、重くない」
「陶器だと落としたとき危ないかな、ねえなんかあったらすぐ呼んでいいからね。呼ぶのはボキの親でもいいですし……」
「ウン、いい」
「あとここに新しい上着あるから。最近寒くなってきたし朝とかこれ着なよね」
「……」
「あ、天井。蓄光シール貼ってあるよ。星型。可愛くない?」
「ガキか?俺ア」
「…………まぁハイ、」

 そして出力されるのはこのような具合だ。このイデアの猛攻に、レオナは鼻を鳴らした。眉間にシワを寄せると、そのまま真新しいマットレスのベッドによじ登る。イデアはその小さな背中を見て。その覚束ない足元に新しいタラップを導入することを検討した。

「……」
 
 さて。ベッド周りこそ手を入れたものの、レオナに充てがわれた空き室は入居の時点で既に部屋内に備え付けで調度が据え置かれている。そのアンティークのデスクの椅子が、引き出されているともしまわれているともつかない妙な位置に留め置かれたままにされているのをふと見やり、イデアはそれに近づいた。デスクを見れば卓上には一つ本が置かれたままとなっている。
 本には栞が挟まれているので恐らく彼女の読みさしなのであろう。であればこの椅子は、先程の彼女の……ベッドにやっとこさ上がる様子を見るに態々今の配置に保たれているのかもしれない、とイデアは考えた。この部屋の調度は木製の、デコラティブなアンティーク趣味のものが多いので椅子一つにしたって子供の手には重いだろう。というかかつてのイデアには重かったような記憶があった。これを常用するとなれば、使う度に出したり閉まったりが難しいので、いっそぎりぎり上り下りできるだけの隙間を開けて、椅子を出しっぱなしにしているのかもしれない。イデアはふと、なんとなく生活感を確かめながら、その栞の挟まれた本を取り上げて彼女の傍に差し出した。
 彼女に貸し出された居室というのは、元々既に没した彼の祖母、アイドネの私室であったが、この部屋にはその当時の蔵書が手つかずのままに残されていた。イデアはレオナに入居のこの際家中の一切を好きにしていいと言ったので、彼女は日中、主にその古い蔵書との触れ合いを楽しんでいるらしかった。
 ベッドの上の小さなふくふくとした手が、大判の箇所を掴み真新しいシーツの上をずり、と引き摺った。ページが重たげに持ち上げられて、子供は俯せで頬杖をつくと本の虫へと戻るようだった。
 イデアはその肩に、やっぱり新しいモコモコの上着を持ってきては掛けてやった。彼は純粋に、この小さなものが風邪とかを引かず、健やかであればよいというようなことを思うのだ。

 要するに、乗り気になっちゃっているというのは保護責任者としての責任感の芽生え、というやつである。小さなものよ健やかたれというのは保護者として然るべき心持ちであったし、成人としてふさわしい矜持であったし、また一人の男としては、前時代的なれど誇ってしかるべきマチズモ的信念であった。男たるもの、女子供の安寧を守り慈しまねばならない。この頃にはイデアは、子供の中身がかのレオナだとわかっていれども、彼女の見てくれに騙されて……また彼女本人の希望を加味して、子供のことを手入れの必要な非保護者であるとすっかり認識するようになっていた。新しく築いた関係の名称はともかく抜きにして、大切にしたい対象であると認識しているのである。
 尚その認識で子供本人にも何も言われないのであるから、これは加速するばかりであった。
 
 そう、そして一方レオナの側というのもこの待遇に何も不満を述べることは無かった。無論彼女の元来の訴え的に、何らかの被保護者としての扱いを求めていたことに疑いはないだろう。そこで旧来の彼らの関係を考えれば最低限の住環境の整備とライフラインの確保を、ひいては公的な立場の一職員として、大人としての節度ある対応さえ勝ち得れば上等ではないかと思えるが。増して迫る関係は妙である。然しその上で現状、謂わば過保護以外の関係は築けていない、にも関わらずこれに不満があるわけでもなさそうなので……やはり不可解である。その根底にあるのがイデアの知らぬ乙女心というやつか。兎にも角にも分からないが。

――――――

「……ン……?」

 深夜。暗がりの部屋の中を、己のベッドの足元の布団を踏み分ける音が聞こえてイデアは目を覚ます。寝ぼけ眼で半身起こして見ればそこに跨っているのはフワフワの耳の人影、レオナであった。

「……なに、なんか壊した?」
「壊してねえ」

 レオナは短い足で勇猛果敢にモッ!モッ!と布団を乗り越えて、イデアの枕元の方へ向かってくる。するとそれに従って足元の方の布団が捲られていくので、看過できず身を起こし見るとレオナはデッカイ毛布を引き連れてきているようだった。

「コラ寒い寒い、なに」
「入れろ」
「入、えぇ?まぁ、ハイ」
「これかけろ」
「なんで、ここにも毛布あるよ?」
「かけろ」
「ハイ……」

 どうやら同衾を求めてきたらしい。新しく寝床を設えた筈であるのに、と考えつつもレオナが引き摺ってきた毛布を引き取って持ち上げてやると、子供はするりとイデアの懐に潜り込んだ。然し重たい毛布である。こんな物を懸命に運んできたとなると毛布ばかりは気に入ったのか。一回暖まった羽毛布団を開いて、言われた通り中の子供を毛布で包んでやると、小さなフワフワは耳を振るった。

「つめたい……」
「そりゃそう。ジッとしてたら暖かくなるよ」
「……ン」
「……何?」
「……抱け」
「だッ……!?!?」
「……ギュとしろ」

 布団を閉じる。イデアが傍らに戻るとレオナは毛布の中から腕を伸ばす。彼女は短い腕でイデアの脇腹を掴むと、引っ張った。

「だ……、だっこか、ビックリした……今度からだっこって言ってちゃんと……怖いから……」
「……」
「……甘えるねえ、君……」
「……」
「……寒かったね」
「うるせえ」

 求められるままに腕を回すと、小さな身体は分厚い毛布にくるまれていたってすっぽりとイデアの懐に収まった。短い腕はイデアの背中にはちっとも回りきっていなくて、布団の中で尚幼く寒々しいので彼はこれを外させると毛布の中にちまちまとしまい、胸元を捕まえさせてやる。そして小さくコロンとした背中を撫でると、腕の中でその身体が脱力するのがわかった。

「俺は明日もここで寝るぞ」
「……いいよ、君がそうしたいなら」
「……」
「……毛布、気に入ったの?言ってくれたら、運ぶよ。暗いと危ないからね……」
「……」
「……少しあったかいね?おやすみ」

 密着した身体越しにトコトコという鼓動がわかる。レオナは毛布に頭まで包まれていたので、静かな夜にもこれと熱以外の気配はなかった。鼓動は寝入り端にしては少し早くて、それが子供が子供であったからなのか、そうでないのか、はたまた一人寝の何時もより末端まで暖まったイデアの血流の感触であったのか。意識を落とす寸前のイデアにはわからなかった。
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