不幸にピピピ・踊ループ
イデ×転生姫3
「――そういうわけで」
「えっ?笑」
「ごめんなさい、聞いても全然わからなかったわ。なんて?」
「レオナ氏、イモにならないで」
「"恋"の話ということか?これは」
「冠婚葬祭の会食はぜひモストロ・グループで!」
日を改めて。
集められたのはZoomである。初めこそイデアは彼にしては異例の完全対面を希望して「お酒でも飲まないとやっていられない」と述べたのであるが、そこは流石の世界的名門校の同窓生。卒業後に散って行った先が見事にバラバラであるので、物理的な合流は断念……、各所よりリモートでオンライン出席とし、顔合わせを果たした。
寧ろ仕事ばかりが忙しい男たちであったし。急な招集……それも恐らく大した意義も無いような。であればご足労が発生しない都合がよろしい。最もさしあたって各所の時差の都合上ものすごい夜更かしを強制させられている者もいるわけであるが。もう誰も、けして若くはないのに……。
休題。
勝手に缶チューハイを開けて一方的オンライン飲み会と洒落込んだイデアは、ことのあらましを簡潔に説明し、場はてんやわんやの大騒ぎ。それも当然、これが彼が管を巻いているだけならば可哀想なオタクくんの妄言扱いで済むが、Zoom会議に出席している窓はきっちり七つ。参加者は如何にもリアルっぽく画面の向こうに生きて動いている。
そして七つ目の窓ではそれっぽい証拠が……当事者であるにも関わらず実に何も考えていない顔をして、Zoomの背景を弄って宇宙にしたり、自分にフィルターをかけてちいちゃなイモになってみたり、コテコテ動いて明らかに話を聞いていないのだった。
まぁイデアのVR技術が、少し見ぬ間に異常水準まで達していて、VRガワを動かしてみたり、はたまたかの弟を作り上げた技術を磨き上げ今や殆ど本物そっくりであるアンドロイドを作るのに到達している可能性も捨てきれないが、それにしたってそもそも何で?という人選なのだ。結構前に死んで、別にイデアとも仲良くなかった筈の同級生を、どうして。その上で今語り聞かせられた話題も荒唐無稽なものである。
ヴィルは顔面に貼り付けていた美肌パックを剥がしつつ席を立った。バスローブ姿の彼は風呂上がりであった。
「保湿してくるから少し待ちなさい」
「いいよ〜ン……君等に状態異常・混乱を付与できたら後は用無しだし……」
「迷惑すぎる、僕もう寝ていいですか?」
「アズール氏はダメ。もっと無意味な夜更かしをしてほしいから。てかマジでこの……え?笑みたいな状況を一人でも多くの人と分かち合いたくて……」
「なんです、貴方所帯を持って変わったんじゃないですか?そもそも被検体の保護は家を挙げてのお仕事でしょう笑」
「でも誰も同級生の元男が自分の子供?になっちゃった苦労を知らないわけじゃないですか」
「嫁希望なんだが笑」
「ましてやかのレオナ・キングスカラーがこうなる恐怖って……似た立場にないとわからないわけじゃないですか……。」
「レオナ氏あんまり話通じないんだよね。拙者のことバカにしてんだよねこのお子様。ボキが心的ダメージを受けて病気になりそうになってるのを見て毎晩ニヤニヤ笑ってんの。辛い。ストレスで体中の全部が痛い。僕が何をしたっていうんですか?神様……」
「な、泣いてる……」
「六章で罪なき俺たちを拐かして独房に泊めたから」
「え?」
「六章で罪なき俺たちを拐かして独房に泊めたから」
――――――
ヴィル・シェーンハイトは人生において、保湿を何よりも心がけている。適切な肌の健康管理というのは時節において様々であるが、この頃の彼が特に意欲を持って取り組んでいるのは経口摂取を行う水分類の品質改善、所謂飲料水の見直しであった。
もっとも彼は若い折より、世間の若者たちの数百倍も美容に気を使って行きてきたのであるが、生物は新陳代謝を繰り返すもの。そして摂取したものこそが身体を作る。彼は緩やかに押し寄せる年波を共に、健康的で内側から美しい身体を維持しようと日々研鑽に励んでいる。
一般的に、活動的な生活の一日における適切な水分摂取量は約3.3リットル程度と言われているが、それというのも心がけてこまめに摂取をするようにしなければ忘れかねない。彼は日中、落ち着いて過ごすことが少ないからである。しかしそれでも美容への志は変わらず、また喉というのは彼の商売道具の一つでもあったので……、特にリラックスタイムである入浴後には、選び抜いて箱買いしているブランドの硬水に輪切りにしたレモンを加えて、殆ど晩酌の代わりとすることを一種マイブームとすら定めている。イデアの檸檬堂とは美意識が違うのだ。
画面上でちいちゃなイモは如何にも眠たげに瞬いた。レオナは襟ぐりのしっかりしたトレーナー……くたびれ方からして寝巻きだろうか、の首の辺りに竦めた顎を埋もれさせて、椅子の背もたれにくたりと身体を預けている。ヴィルはそのイモのこの齢にして既に装飾華美な目元を、ふっくらとした手元の肌の水分含有量を見て、「スラムで拾った割にはいいカラダしてるわね……」と言った。
「え?うん、まぁ……ちゃんとご飯食べてるし、ここでは。拾ってからちょっと経ってるし」
「ラギーなんてずっとガリガリだったじゃない?」
「れ、レオナ氏には今や苦労をさせてないし……」
「アンタなんて今もずっとガリガリじゃない」
「ワシャ体質じゃい!」
「死刑です」
「スイマセン親不孝のがしゃ髑髏如きが化けて出て……笑」
「苦労させてないの?ちょっとはさせたほうがいいわよ、つけあがるから」
「可哀想で……」
「?レオナなんでしょ?」
「子供じゃん?」
「?」
「こ、子供なんすよ……相手。拙者の半分もないの、サイズ。小さいし、お、女の子?になってるし……知らない人みたいなんだよ。毎日同じ布団に入ってきたり、ご飯僕と同量食べられなくて残したり……毎日小さい手でせっせと髪の毛梳かしてみたりさ……まぁ元から別に知らない人ではあるんですけど?笑か、可哀想で……可愛くて、怖くて……最近はもう食べる寝るだけの生活をしてる、この子供は」
「だ、大事にしている……。顔見知りの痴情について説明するのをやめてもらえませんか?え?というかレオナ先輩は?そもそも何を思ってこんなことに……?」
「六章で泊まった独房のマットレスがエアウィーヴだったから」
――――――
彼女曰くレオナの母は、スラムで商売をする貧しい娼婦であったと言う。故に今生は父の顔も知らず、生まれ落ちたスラムで女二人生計を立てていたとか。
「ラギーの家を一度写真で見たことがあるが、ありゃスラムん中でも相当マシな犬小屋だってことがよくわかった。アイツん家は外から見るだけでもよっぽど綺麗なアバラ家だ。多分一緒に住んでた爺さんだか婆さんだかが気を使って手入れしてたんだろう」
「俺の母上は健気でね、だが文明的な生活を過不足なくこなすには頭も、物質的余裕も足りなかった。だから彼女が俺のために設えてくれた寝床はブルーシートで出来てた。掘っ立て小屋の、床板が腐ってほぼ地面と同化した床に、直にシートが引いてあった。シートの撓んだところにはいつもネズミだの、死んだ虫のデケェのだのが乗っかってて、どんだけ小綺麗に片づけて寝ても朝起きりゃ小屋の隙間から吹き込んできた砂で埃まみれになってる。最悪の睡眠環境だ。」
「だが日銭を稼いだところで、いつだって食っていくのにぎりぎり足りない生活だった。環境の改善なんかには到底期待できそうにない。その中で母上が死んで……苦労して生きるのにダルくなってきたところでコイツが来た」
「ん?」
「コイツん家はエアウィーヴを導入してたのを思い出してな。今の自分の生い立ちに、ゴネれば保護を期待できるかと思えたし」
「待って」
「サイアクの被検体でも国家転覆の首謀者の凶悪犯として兄上に突き出されるのでも、スラムのブルーシートよりはマシなところで眠れるかと思って」
「あ、愛してたんじゃなかったの!?ボキを!!」
「……」
「お、お金目当て!?」
「アンタのほうが乗り気になっちゃってるじゃない」
「――そういうわけで」
「えっ?笑」
「ごめんなさい、聞いても全然わからなかったわ。なんて?」
「レオナ氏、イモにならないで」
「"恋"の話ということか?これは」
「冠婚葬祭の会食はぜひモストロ・グループで!」
日を改めて。
集められたのはZoomである。初めこそイデアは彼にしては異例の完全対面を希望して「お酒でも飲まないとやっていられない」と述べたのであるが、そこは流石の世界的名門校の同窓生。卒業後に散って行った先が見事にバラバラであるので、物理的な合流は断念……、各所よりリモートでオンライン出席とし、顔合わせを果たした。
寧ろ仕事ばかりが忙しい男たちであったし。急な招集……それも恐らく大した意義も無いような。であればご足労が発生しない都合がよろしい。最もさしあたって各所の時差の都合上ものすごい夜更かしを強制させられている者もいるわけであるが。もう誰も、けして若くはないのに……。
休題。
勝手に缶チューハイを開けて一方的オンライン飲み会と洒落込んだイデアは、ことのあらましを簡潔に説明し、場はてんやわんやの大騒ぎ。それも当然、これが彼が管を巻いているだけならば可哀想なオタクくんの妄言扱いで済むが、Zoom会議に出席している窓はきっちり七つ。参加者は如何にもリアルっぽく画面の向こうに生きて動いている。
そして七つ目の窓ではそれっぽい証拠が……当事者であるにも関わらず実に何も考えていない顔をして、Zoomの背景を弄って宇宙にしたり、自分にフィルターをかけてちいちゃなイモになってみたり、コテコテ動いて明らかに話を聞いていないのだった。
まぁイデアのVR技術が、少し見ぬ間に異常水準まで達していて、VRガワを動かしてみたり、はたまたかの弟を作り上げた技術を磨き上げ今や殆ど本物そっくりであるアンドロイドを作るのに到達している可能性も捨てきれないが、それにしたってそもそも何で?という人選なのだ。結構前に死んで、別にイデアとも仲良くなかった筈の同級生を、どうして。その上で今語り聞かせられた話題も荒唐無稽なものである。
ヴィルは顔面に貼り付けていた美肌パックを剥がしつつ席を立った。バスローブ姿の彼は風呂上がりであった。
「保湿してくるから少し待ちなさい」
「いいよ〜ン……君等に状態異常・混乱を付与できたら後は用無しだし……」
「迷惑すぎる、僕もう寝ていいですか?」
「アズール氏はダメ。もっと無意味な夜更かしをしてほしいから。てかマジでこの……え?笑みたいな状況を一人でも多くの人と分かち合いたくて……」
「なんです、貴方所帯を持って変わったんじゃないですか?そもそも被検体の保護は家を挙げてのお仕事でしょう笑」
「でも誰も同級生の元男が自分の子供?になっちゃった苦労を知らないわけじゃないですか」
「嫁希望なんだが笑」
「ましてやかのレオナ・キングスカラーがこうなる恐怖って……似た立場にないとわからないわけじゃないですか……。」
「レオナ氏あんまり話通じないんだよね。拙者のことバカにしてんだよねこのお子様。ボキが心的ダメージを受けて病気になりそうになってるのを見て毎晩ニヤニヤ笑ってんの。辛い。ストレスで体中の全部が痛い。僕が何をしたっていうんですか?神様……」
「な、泣いてる……」
「六章で罪なき俺たちを拐かして独房に泊めたから」
「え?」
「六章で罪なき俺たちを拐かして独房に泊めたから」
――――――
ヴィル・シェーンハイトは人生において、保湿を何よりも心がけている。適切な肌の健康管理というのは時節において様々であるが、この頃の彼が特に意欲を持って取り組んでいるのは経口摂取を行う水分類の品質改善、所謂飲料水の見直しであった。
もっとも彼は若い折より、世間の若者たちの数百倍も美容に気を使って行きてきたのであるが、生物は新陳代謝を繰り返すもの。そして摂取したものこそが身体を作る。彼は緩やかに押し寄せる年波を共に、健康的で内側から美しい身体を維持しようと日々研鑽に励んでいる。
一般的に、活動的な生活の一日における適切な水分摂取量は約3.3リットル程度と言われているが、それというのも心がけてこまめに摂取をするようにしなければ忘れかねない。彼は日中、落ち着いて過ごすことが少ないからである。しかしそれでも美容への志は変わらず、また喉というのは彼の商売道具の一つでもあったので……、特にリラックスタイムである入浴後には、選び抜いて箱買いしているブランドの硬水に輪切りにしたレモンを加えて、殆ど晩酌の代わりとすることを一種マイブームとすら定めている。イデアの檸檬堂とは美意識が違うのだ。
画面上でちいちゃなイモは如何にも眠たげに瞬いた。レオナは襟ぐりのしっかりしたトレーナー……くたびれ方からして寝巻きだろうか、の首の辺りに竦めた顎を埋もれさせて、椅子の背もたれにくたりと身体を預けている。ヴィルはそのイモのこの齢にして既に装飾華美な目元を、ふっくらとした手元の肌の水分含有量を見て、「スラムで拾った割にはいいカラダしてるわね……」と言った。
「え?うん、まぁ……ちゃんとご飯食べてるし、ここでは。拾ってからちょっと経ってるし」
「ラギーなんてずっとガリガリだったじゃない?」
「れ、レオナ氏には今や苦労をさせてないし……」
「アンタなんて今もずっとガリガリじゃない」
「ワシャ体質じゃい!」
「死刑です」
「スイマセン親不孝のがしゃ髑髏如きが化けて出て……笑」
「苦労させてないの?ちょっとはさせたほうがいいわよ、つけあがるから」
「可哀想で……」
「?レオナなんでしょ?」
「子供じゃん?」
「?」
「こ、子供なんすよ……相手。拙者の半分もないの、サイズ。小さいし、お、女の子?になってるし……知らない人みたいなんだよ。毎日同じ布団に入ってきたり、ご飯僕と同量食べられなくて残したり……毎日小さい手でせっせと髪の毛梳かしてみたりさ……まぁ元から別に知らない人ではあるんですけど?笑か、可哀想で……可愛くて、怖くて……最近はもう食べる寝るだけの生活をしてる、この子供は」
「だ、大事にしている……。顔見知りの痴情について説明するのをやめてもらえませんか?え?というかレオナ先輩は?そもそも何を思ってこんなことに……?」
「六章で泊まった独房のマットレスがエアウィーヴだったから」
――――――
彼女曰くレオナの母は、スラムで商売をする貧しい娼婦であったと言う。故に今生は父の顔も知らず、生まれ落ちたスラムで女二人生計を立てていたとか。
「ラギーの家を一度写真で見たことがあるが、ありゃスラムん中でも相当マシな犬小屋だってことがよくわかった。アイツん家は外から見るだけでもよっぽど綺麗なアバラ家だ。多分一緒に住んでた爺さんだか婆さんだかが気を使って手入れしてたんだろう」
「俺の母上は健気でね、だが文明的な生活を過不足なくこなすには頭も、物質的余裕も足りなかった。だから彼女が俺のために設えてくれた寝床はブルーシートで出来てた。掘っ立て小屋の、床板が腐ってほぼ地面と同化した床に、直にシートが引いてあった。シートの撓んだところにはいつもネズミだの、死んだ虫のデケェのだのが乗っかってて、どんだけ小綺麗に片づけて寝ても朝起きりゃ小屋の隙間から吹き込んできた砂で埃まみれになってる。最悪の睡眠環境だ。」
「だが日銭を稼いだところで、いつだって食っていくのにぎりぎり足りない生活だった。環境の改善なんかには到底期待できそうにない。その中で母上が死んで……苦労して生きるのにダルくなってきたところでコイツが来た」
「ん?」
「コイツん家はエアウィーヴを導入してたのを思い出してな。今の自分の生い立ちに、ゴネれば保護を期待できるかと思えたし」
「待って」
「サイアクの被検体でも国家転覆の首謀者の凶悪犯として兄上に突き出されるのでも、スラムのブルーシートよりはマシなところで眠れるかと思って」
「あ、愛してたんじゃなかったの!?ボキを!!」
「……」
「お、お金目当て!?」
「アンタのほうが乗り気になっちゃってるじゃない」
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