不幸にピピピ・踊ループ
イデ×転生姫
通年日差し眩い渇きの都……夕焼けの草原にて、通称"革命"事件が起こったのがかれこれ十五年前となる。
イデア・シュラウドは皆さんご存知、本部より派遣されたS.T.Y.X構成員の一人として、この斜陽の国の『旧』王都へ。土地に根深く渦巻いたブロットの残骸の調査へと赴いていた。
最早こうして書くまでもないことであろうが、あの古き学舎NRCにて、イデアの学友だったレオナ・キングスカラーが死んでから今日で十五年が経つ。彼の死んだ日も今日と同じく、快晴で、吸い込まれるように深い青空の中直射日光の厳しい日であったと聞く。
彼はなんだかよくわからんが……ゴシップ好きの世間的には諸説ある、結果的には国家転覆の重罪を起こして大暴れ。輝く栄華の王都を再起不可能なくらい滅茶苦茶にして死んでいったらしいので、後に彼の離反は革命事件と呼ばれている。通称。イデアは別に彼に学友以上の思い入れはなく、一周まわって……本人死んだのに外野のヤイヤイ言う噂を真に受けるとか頭悪すぎか?くらいの逆張りをやる気になってしまったので、未だに全貌すら詳しくは知らない。名称くらいしか知らない。
詳しく知っているのは彼の遺した、ブロットエネルギーの総量くらいのもんである。
などと言って、現地に足を運んだ時点でそこいらの野次馬とやっていることは遜色ない。イデアはこの時彼の父親から所長の席を譲られていて……本来なら彼自身が、生身で調査に参戦する必要はさしてなかったのだ。否、一定数の職員……並びに人工知能は現地計測とサンプル採取の為に派遣されるが。引き篭もり大好きでお馴染みイデアは、本部で待っているだけでも良かったのだ。
でもイチ職員として現地班に混ざりに来てしまった。何故か。……特に理由は無いのだが。やっぱり一度くらい知り合いの華々しい散り様を、拝んでみてもいいと思ったのかもしれない。
日差しの凄まじい日であった。盛夏を過ぎたとは音に聞くが、それで尚非常にモーレツな晩夏である。イデアが年がら年中海底住まいの生っ白いお坊ちゃんだからと言うのもきっと多分にあるが、最早こんなとこって人の住む場所じゃないだろ……みたいな日差しが常時であるので、イデアはこの国に足を踏み入れた瞬間から本当にずっと来たことを後悔していた。控えめに言って知り合いの死を悼むとかそれどころでは無い。本当に早く帰りたい。
でも今回の調査が終わるまで帰れない。いや全然わがままを撒き散らしてもう帰っちまってもいいんですが……夕焼けの草原の王様と会談の予定があるので最悪それまでは帰れない。オウサマはなんかご多忙だったらしいので、会談の予定はもう少し先だ。そんなとこまで待ってたら、そもそも調査のめぼしい部分はあらかた終わる……。つまり帰れない……。
さて、前述に旧王都と記したが、夕焼けの草原の王室はかの革命事件を受け、首都として栄えていた暁光の街を捨て、新たなる土地へ遷都していた。それは縁起とかからの選択ではない、フツウにレオナが滅茶苦茶にしたせいで街が滅んだからである。
否、街とかじゃない。暁光の都は最早土地ごと滅んでいた。王宮を中心に溢れかえった、弩級のブロットエネルギーが水より贅沢に土地を潤し、まぁなんというか、ちゃんと人の住める場所ではなくなったのである。
市街地は波状攻撃を食らったみたいに無作為に吹っ飛び、張り巡らされていた道路は隆起し、植わっていた緑は枯れ果てていた。王宮に至ってはより酷く、遠目からみてもわかる程……硬質化した巨大なブロットの結晶に、城郭もろとも飲み込まれている。草原の王室は、この土地が世界的な禁足地として指定されてしまったから捨てたのだ。捨てたと言うか捨てさせられた。フツウに一般人が立ち入っていい土地ではなくなってしまったから。
かろうじて言えば、革命事件はこの規模の影響を残している割に、あんまり死人が出ていないらしいことが救いか。尤もそれがイデア的にはあまり救いとは言えないのだが。有象無象の怨念が混ざっていないのであれば、本当にレオナたった一人の闇が都市丸ごと一個を破壊したということになる。しかも十五年経ってやっと、S.T.Y.Xが立ち入りだす程の瘴気だ。彼の不幸はどんなにか。流石の薄情も少しは気にかかろう。……下手したらイデアの職員生涯をかけての研究対象となるかもしれないし。顔も声もわかってる知り合いの死に様が?嘘すぎるだろ……。
そういうことを思って、流石に一回現場を見てみるかと訪れて。暑すぎるあまり帰りたくなって、イデアは四六時中、研究チームが設営した屋外休憩用テントで休んでばかりいる。
イデアはこの時、外部出動人力部隊……所謂特設カローンに所長命令で混ぜてもらっていたのだが、イデアを幼い頃から知っているカローンのオッチャン達に、休んでてもいいよと言ってもらったからだ。なんならテントの中でアイスを食べすぎてうっすらお腹を壊してさえいる。だからより一層休んでいる。
オッチャン達は、サンプル採取、各位計測……を行う為、そもそも派遣先によっては開拓作業なんかも担っていたりするわけで。イチ研究職員とは違い肉体労働上等、体力は余りある。……優しくしてもらっているような気がしていたが、普通にイデアは邪魔なのかもしれない。
尚アイスというのは本来イデア用の嗜好品ではない。スラムの子供に与えるためのものだ。だから滅茶苦茶在庫があるし、品質だって分かりきったような、フルーツ水を固めたただのカラフルな氷菓であった。
彼らの立ち入ったエリアとして、旧王都の地図からすれば……本当に街の端、つまるところ城跡へは大分離れた区分、であるのだが、研究職員、ひいては夕焼けの草原国家として目下の悩みというのがこの立入禁止区間への無許可侵入者諸君の存在であった。
レオナのブロットは都を焼き切って尚未だ天に暗雲轟かせる特別強力な呪力である。これというのは対魔装備を持たない生身の人体には有害である故、土地ごと立入禁止処理とされているのだが、逆にこの強烈な魔力が齎した富というのも存在した。それが後天的に変質して生まれた魔法石である。
夕焼けの草原は世界的に見ても……どちらかといえば未だ古い文化を重要視する国柄であり。……少なくとも革命時点では。市街地にも石造りの建造物や、剥き出しのままの自然や、発展してなかったスラム街などが立ち並んでいた。そういうところから零れ落ちた石質の瓦礫や、道端の石くれなんかが、レオナのブロットを受け後天的に魔法石へと変質しているのである。
勿論全てが全てではないが。そんな事になっていたら今頃旧王都は宝石の国になっている。然しそういう特殊な成り立ちのものとは言え魔法石が、探そうと思えば拾える範囲に無防備に転がっているので。スラム街に住むような貧民層の子供なんかがよく拾いに来るのである。
夕焼けの草原の資本格差は、革命があって尚別に無くなってはいない。先王……レオナの親父に当たるが、先王の意思を汲む元王、レオナの兄だ、元王の王政で何か革新的な進歩が起こったわけでもなし。レオナは革命(?)に失敗して死んだし。そもそも彼の死自体がなんの為に起こったことなのかも外部の人間的観点ではイマイチよくわからんし。
スラム街の子供は殆どがスラム街に生きるまま繁殖し、子供を産んで、その子もまたスラム街に生きる。そういう貧民層が危険覚悟で立入禁止区域に侵入して来て、レオナがかろうじて齎した富を拾い、適当な観光客に売り捌いて適当に日銭を稼ぐ。モノがどこに流れるかを何故イデアが知るかと言うと、彼自身も売りつけられたことがあるからだ。やるせないことである。
然しイデア、S.T.Y.Xとしては現場への部外者の立ち入りは好ましくないと言うところであるので。万が一侵入者を見つけたら、追い出す手筈となっている。それがもし子供であるなら、その手にアイスと、時には駄賃を握らせてやる。イデアが食べているのはそういうアイスで、駄賃は……発見者によるがイデアの施すそれはイデアのポケットマネーであった。
全て自己満足である。
「お前、俺を買わないか」
子供の声だった。
休憩用テントの片隅で、既に採取されたサンプルの……ブロットの入ったガラスケースに几帳面にラベリングを施しながら、アイスの木の棒をしがんでいたイデアは、今書き始めた採取場所等情報をラベルシールの余白に詰め込みながら……眉根を寄せた。確定侵入者である。部隊に子供はいないし、こんなエリアまで踏み込んでくるのは珍しい。どれほど肝が据わっているんだか、普通物売りの子供は新王都……人がいる場所で客引きをするものである。
それも花売りか。子供は俺と言ったが、イデアは子供に興味がない。自分気持ち的にはめっちゃコウムイン的な感じだし。おこらりるわ。君もおこらりるぞ。そう思って顔を上げる。
褐色の肌である。白い日に焼けたワンピースの子どもは、頭にふわふわの耳をつけて。テントの暗がりに光るサマーグリーンの瞳で。見慣れた瞼を割く傷痕で。イデアに向かってもう一度、「俺を買わないか」と言った。
――――
「…………ッあ、ぇっ?」
「ヒトの耳ってのはそんなに聞こえねえもんなのか?危機察知能力に足りねえ、さぞかし生きにくそうだ。それとも耳に硫黄のカタマリでも詰まってんのか?ええ?」
「ん、ぇ、?えッ……?」
「一回で聞き取れやダボが。ッチ、使えねえグズだ……俺を買えってんだよタコ」
「え?あ?かわッ、買わない買わない買わないNoロリータNoタッチ、拙者母親がCv.木之本桜だったばっかりにロリコン趣味無い、無、ぇッ?あれ?君おと……男?女の子?え?あれ?レオナ氏?だよねッ?!?!?!?」
「うるさ……死ねもう……」
「言い過ぎ言い過ぎ笑 いっぺん死んだやつが言うと重み違うねやっぱ笑」
「お前ってオンナの扱い最悪だな……どくし……まだ童貞か?」
「今なんか質問のグレード下げた?」
椅子から転げ落ちた上で飛び上がり駆け寄って来たイデアを尻目にレオナ(?)はため息を付くとペタペタとテントの中に入ってきた。そしてイデアの座っていた椅子を引き起こすとその上に座る。イデアは椅子を奪われた。まぁまぁお気に入りのキャンピングチェアであったのに。
そして彼(?)彼女(?)は不遜に足を組み、足元のクーラーボックスを……汚れた裸足の爪先でつんとつつくと、「アイスくれ」と宣った。
「で?童貞か?」
「な?え?それ関係ある?どっどどどどど童貞ちゃうわ」
「は?じゃあもうインポか、もう?なんで俺を買わねえ?……今何年だ?つーかテメエ結婚してんのか?」
「何?何?何?これ何?尋問?インポじゃない、今20☓☓年……確か、なに?な、なんで結婚歴聞かれることある?ア入国審査?遅ない?こっちのほうが聞きたいこと500億個あるんでつがねえ……」
「未婚ならテメエ俺と結婚しろ。いや養子縁組でもいい。テメエが俺の養子になるんでも良い。何でもいい。連れて帰れ。取引しろ、俺をテメエのモンにしろっつってんだよ……笑」
「怖い怖い怖い怖い」
子どもは椅子に横向きに座るの肘掛けに両膝を引っ掛けて。背中をもう片側の肘掛けに預け、あっという間にグニャンと溶けている。仰け反ったみたいなめちゃくちゃな格好のまま、イデアに握らせてもらったイチゴのアイスキャンディを小ちゃな舌でぺろぺろ舐めていた。イデアは押しかけて来た意味不明生き物に何もかもを踏み荒らされ情けなさのあまり泣いている。レオナ(?)はそれを見て、酷い日差しの中、暗いテントの中。二十一歳の男だった頃のレオナの不幸渦巻く王都の端で。随分高くなってしまった声でキラキラと、なんだか無邪気に笑っていた。
通年日差し眩い渇きの都……夕焼けの草原にて、通称"革命"事件が起こったのがかれこれ十五年前となる。
イデア・シュラウドは皆さんご存知、本部より派遣されたS.T.Y.X構成員の一人として、この斜陽の国の『旧』王都へ。土地に根深く渦巻いたブロットの残骸の調査へと赴いていた。
最早こうして書くまでもないことであろうが、あの古き学舎NRCにて、イデアの学友だったレオナ・キングスカラーが死んでから今日で十五年が経つ。彼の死んだ日も今日と同じく、快晴で、吸い込まれるように深い青空の中直射日光の厳しい日であったと聞く。
彼はなんだかよくわからんが……ゴシップ好きの世間的には諸説ある、結果的には国家転覆の重罪を起こして大暴れ。輝く栄華の王都を再起不可能なくらい滅茶苦茶にして死んでいったらしいので、後に彼の離反は革命事件と呼ばれている。通称。イデアは別に彼に学友以上の思い入れはなく、一周まわって……本人死んだのに外野のヤイヤイ言う噂を真に受けるとか頭悪すぎか?くらいの逆張りをやる気になってしまったので、未だに全貌すら詳しくは知らない。名称くらいしか知らない。
詳しく知っているのは彼の遺した、ブロットエネルギーの総量くらいのもんである。
などと言って、現地に足を運んだ時点でそこいらの野次馬とやっていることは遜色ない。イデアはこの時彼の父親から所長の席を譲られていて……本来なら彼自身が、生身で調査に参戦する必要はさしてなかったのだ。否、一定数の職員……並びに人工知能は現地計測とサンプル採取の為に派遣されるが。引き篭もり大好きでお馴染みイデアは、本部で待っているだけでも良かったのだ。
でもイチ職員として現地班に混ざりに来てしまった。何故か。……特に理由は無いのだが。やっぱり一度くらい知り合いの華々しい散り様を、拝んでみてもいいと思ったのかもしれない。
日差しの凄まじい日であった。盛夏を過ぎたとは音に聞くが、それで尚非常にモーレツな晩夏である。イデアが年がら年中海底住まいの生っ白いお坊ちゃんだからと言うのもきっと多分にあるが、最早こんなとこって人の住む場所じゃないだろ……みたいな日差しが常時であるので、イデアはこの国に足を踏み入れた瞬間から本当にずっと来たことを後悔していた。控えめに言って知り合いの死を悼むとかそれどころでは無い。本当に早く帰りたい。
でも今回の調査が終わるまで帰れない。いや全然わがままを撒き散らしてもう帰っちまってもいいんですが……夕焼けの草原の王様と会談の予定があるので最悪それまでは帰れない。オウサマはなんかご多忙だったらしいので、会談の予定はもう少し先だ。そんなとこまで待ってたら、そもそも調査のめぼしい部分はあらかた終わる……。つまり帰れない……。
さて、前述に旧王都と記したが、夕焼けの草原の王室はかの革命事件を受け、首都として栄えていた暁光の街を捨て、新たなる土地へ遷都していた。それは縁起とかからの選択ではない、フツウにレオナが滅茶苦茶にしたせいで街が滅んだからである。
否、街とかじゃない。暁光の都は最早土地ごと滅んでいた。王宮を中心に溢れかえった、弩級のブロットエネルギーが水より贅沢に土地を潤し、まぁなんというか、ちゃんと人の住める場所ではなくなったのである。
市街地は波状攻撃を食らったみたいに無作為に吹っ飛び、張り巡らされていた道路は隆起し、植わっていた緑は枯れ果てていた。王宮に至ってはより酷く、遠目からみてもわかる程……硬質化した巨大なブロットの結晶に、城郭もろとも飲み込まれている。草原の王室は、この土地が世界的な禁足地として指定されてしまったから捨てたのだ。捨てたと言うか捨てさせられた。フツウに一般人が立ち入っていい土地ではなくなってしまったから。
かろうじて言えば、革命事件はこの規模の影響を残している割に、あんまり死人が出ていないらしいことが救いか。尤もそれがイデア的にはあまり救いとは言えないのだが。有象無象の怨念が混ざっていないのであれば、本当にレオナたった一人の闇が都市丸ごと一個を破壊したということになる。しかも十五年経ってやっと、S.T.Y.Xが立ち入りだす程の瘴気だ。彼の不幸はどんなにか。流石の薄情も少しは気にかかろう。……下手したらイデアの職員生涯をかけての研究対象となるかもしれないし。顔も声もわかってる知り合いの死に様が?嘘すぎるだろ……。
そういうことを思って、流石に一回現場を見てみるかと訪れて。暑すぎるあまり帰りたくなって、イデアは四六時中、研究チームが設営した屋外休憩用テントで休んでばかりいる。
イデアはこの時、外部出動人力部隊……所謂特設カローンに所長命令で混ぜてもらっていたのだが、イデアを幼い頃から知っているカローンのオッチャン達に、休んでてもいいよと言ってもらったからだ。なんならテントの中でアイスを食べすぎてうっすらお腹を壊してさえいる。だからより一層休んでいる。
オッチャン達は、サンプル採取、各位計測……を行う為、そもそも派遣先によっては開拓作業なんかも担っていたりするわけで。イチ研究職員とは違い肉体労働上等、体力は余りある。……優しくしてもらっているような気がしていたが、普通にイデアは邪魔なのかもしれない。
尚アイスというのは本来イデア用の嗜好品ではない。スラムの子供に与えるためのものだ。だから滅茶苦茶在庫があるし、品質だって分かりきったような、フルーツ水を固めたただのカラフルな氷菓であった。
彼らの立ち入ったエリアとして、旧王都の地図からすれば……本当に街の端、つまるところ城跡へは大分離れた区分、であるのだが、研究職員、ひいては夕焼けの草原国家として目下の悩みというのがこの立入禁止区間への無許可侵入者諸君の存在であった。
レオナのブロットは都を焼き切って尚未だ天に暗雲轟かせる特別強力な呪力である。これというのは対魔装備を持たない生身の人体には有害である故、土地ごと立入禁止処理とされているのだが、逆にこの強烈な魔力が齎した富というのも存在した。それが後天的に変質して生まれた魔法石である。
夕焼けの草原は世界的に見ても……どちらかといえば未だ古い文化を重要視する国柄であり。……少なくとも革命時点では。市街地にも石造りの建造物や、剥き出しのままの自然や、発展してなかったスラム街などが立ち並んでいた。そういうところから零れ落ちた石質の瓦礫や、道端の石くれなんかが、レオナのブロットを受け後天的に魔法石へと変質しているのである。
勿論全てが全てではないが。そんな事になっていたら今頃旧王都は宝石の国になっている。然しそういう特殊な成り立ちのものとは言え魔法石が、探そうと思えば拾える範囲に無防備に転がっているので。スラム街に住むような貧民層の子供なんかがよく拾いに来るのである。
夕焼けの草原の資本格差は、革命があって尚別に無くなってはいない。先王……レオナの親父に当たるが、先王の意思を汲む元王、レオナの兄だ、元王の王政で何か革新的な進歩が起こったわけでもなし。レオナは革命(?)に失敗して死んだし。そもそも彼の死自体がなんの為に起こったことなのかも外部の人間的観点ではイマイチよくわからんし。
スラム街の子供は殆どがスラム街に生きるまま繁殖し、子供を産んで、その子もまたスラム街に生きる。そういう貧民層が危険覚悟で立入禁止区域に侵入して来て、レオナがかろうじて齎した富を拾い、適当な観光客に売り捌いて適当に日銭を稼ぐ。モノがどこに流れるかを何故イデアが知るかと言うと、彼自身も売りつけられたことがあるからだ。やるせないことである。
然しイデア、S.T.Y.Xとしては現場への部外者の立ち入りは好ましくないと言うところであるので。万が一侵入者を見つけたら、追い出す手筈となっている。それがもし子供であるなら、その手にアイスと、時には駄賃を握らせてやる。イデアが食べているのはそういうアイスで、駄賃は……発見者によるがイデアの施すそれはイデアのポケットマネーであった。
全て自己満足である。
「お前、俺を買わないか」
子供の声だった。
休憩用テントの片隅で、既に採取されたサンプルの……ブロットの入ったガラスケースに几帳面にラベリングを施しながら、アイスの木の棒をしがんでいたイデアは、今書き始めた採取場所等情報をラベルシールの余白に詰め込みながら……眉根を寄せた。確定侵入者である。部隊に子供はいないし、こんなエリアまで踏み込んでくるのは珍しい。どれほど肝が据わっているんだか、普通物売りの子供は新王都……人がいる場所で客引きをするものである。
それも花売りか。子供は俺と言ったが、イデアは子供に興味がない。自分気持ち的にはめっちゃコウムイン的な感じだし。おこらりるわ。君もおこらりるぞ。そう思って顔を上げる。
褐色の肌である。白い日に焼けたワンピースの子どもは、頭にふわふわの耳をつけて。テントの暗がりに光るサマーグリーンの瞳で。見慣れた瞼を割く傷痕で。イデアに向かってもう一度、「俺を買わないか」と言った。
――――
「…………ッあ、ぇっ?」
「ヒトの耳ってのはそんなに聞こえねえもんなのか?危機察知能力に足りねえ、さぞかし生きにくそうだ。それとも耳に硫黄のカタマリでも詰まってんのか?ええ?」
「ん、ぇ、?えッ……?」
「一回で聞き取れやダボが。ッチ、使えねえグズだ……俺を買えってんだよタコ」
「え?あ?かわッ、買わない買わない買わないNoロリータNoタッチ、拙者母親がCv.木之本桜だったばっかりにロリコン趣味無い、無、ぇッ?あれ?君おと……男?女の子?え?あれ?レオナ氏?だよねッ?!?!?!?」
「うるさ……死ねもう……」
「言い過ぎ言い過ぎ笑 いっぺん死んだやつが言うと重み違うねやっぱ笑」
「お前ってオンナの扱い最悪だな……どくし……まだ童貞か?」
「今なんか質問のグレード下げた?」
椅子から転げ落ちた上で飛び上がり駆け寄って来たイデアを尻目にレオナ(?)はため息を付くとペタペタとテントの中に入ってきた。そしてイデアの座っていた椅子を引き起こすとその上に座る。イデアは椅子を奪われた。まぁまぁお気に入りのキャンピングチェアであったのに。
そして彼(?)彼女(?)は不遜に足を組み、足元のクーラーボックスを……汚れた裸足の爪先でつんとつつくと、「アイスくれ」と宣った。
「で?童貞か?」
「な?え?それ関係ある?どっどどどどど童貞ちゃうわ」
「は?じゃあもうインポか、もう?なんで俺を買わねえ?……今何年だ?つーかテメエ結婚してんのか?」
「何?何?何?これ何?尋問?インポじゃない、今20☓☓年……確か、なに?な、なんで結婚歴聞かれることある?ア入国審査?遅ない?こっちのほうが聞きたいこと500億個あるんでつがねえ……」
「未婚ならテメエ俺と結婚しろ。いや養子縁組でもいい。テメエが俺の養子になるんでも良い。何でもいい。連れて帰れ。取引しろ、俺をテメエのモンにしろっつってんだよ……笑」
「怖い怖い怖い怖い」
子どもは椅子に横向きに座るの肘掛けに両膝を引っ掛けて。背中をもう片側の肘掛けに預け、あっという間にグニャンと溶けている。仰け反ったみたいなめちゃくちゃな格好のまま、イデアに握らせてもらったイチゴのアイスキャンディを小ちゃな舌でぺろぺろ舐めていた。イデアは押しかけて来た意味不明生き物に何もかもを踏み荒らされ情けなさのあまり泣いている。レオナ(?)はそれを見て、酷い日差しの中、暗いテントの中。二十一歳の男だった頃のレオナの不幸渦巻く王都の端で。随分高くなってしまった声でキラキラと、なんだか無邪気に笑っていた。
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