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[Theme 01]3年目編

08

ハリアーズは時に“常勝軍団”とまで謳われるその実力を遺憾なく発揮し、夏の終わりにはついにマジックナンバーを点灯させた。

選手は基本的に、入団する球団を選べない。
どんなに高い能力を持っていたとしても、たった一人の力ではチームは勝てない。
意中の球団ではなかったものの、毎年優勝争いの中心に立つようなチームで戦えていることは、選手としてとても幸せなことだろう。

それは同時にチーム全体のレベルの高さを物語っていて、ようやく辿り着いた前線でも、少しでも調子が落ちればすぐに叩き落された。
それでもその都度這い上がり、レギュラーシーズン終盤もスタメンとしてフィールドに立っている。

この感触を確かめるように、スパイクで土を掴み、バットを握る腕を思い切り振り抜いた。



そんな数字も残り“1”となってからまさかの足踏みを重ね、敵地での胴上げとなった。

やはり本拠地で、という思いはあるものの。
吹きさらしの夜空に舞う監督の姿というのも、これはこれで美しい光景だなと胸が震えた。

だけどやっぱり、はるかの目の前で優勝を決めたかった。
それは来シーズンの宿題だろうか。

輪の中心では、優勝への最後の一球を掴んだ貴文が、エースと熱い抱擁を交わしている。
彼はこれからキャプテンとして、記者会見、祝勝会、メディア各社のインタビューと長い夜を迎える。
はるかはきっと眠い目をこすりながら、すべてに目を通すのだろう。


「皆分かっているとは思うけど、勝負はまだまだこれからです。絶対に勝って、あと2回やりましょう。それでは──」

カウントダウンの後、全員が今季のスローガンを叫んで、会場は一瞬にして阿鼻叫喚の状況へ。
どこからともなく嵐のように降り注ぐビールから逃れるように、瑛はそっと会場の隅に身を寄せた。

「日坂選手ー!」

ほどなくして、インタビュー担当の球団OBがマイクを向けてきた。
ビールの嵐は彼にも容赦はないようで、全身がずぶ濡れだ。ああはなりたくない。

「はじめてのビールかけですが、いかがですか?あれ、あんまりかけられてないんじゃない?」
「いや、すごいっすね…」

お立ち台やカメラの前でしゃべることにはいつまでも慣れる気がしないが、相手が見知った人物ということもあり、いつもよりはリラックスできる気がした。

「日坂選手、今シーズンは大躍進でしたね!」
「まあ…はい。でも、あんまり目立ったプレーができなかったんで。ここからまた頑張りたいです」
「日本一でリベンジ、ということですね!」

その言葉に、しっかりと頷く。

そうだ、戦いはまだ続く。
来シーズンの宿題にせずとも、歓喜の瞬間をはるかの瞳に映す手段はまだ残っているのだ。

「真面目か!おもんねーぞ!」
「うわっ!!」

突如姿を現した佑人が、瑛の顔面に思いきりビールをぶちまける。
それまでほぼ無傷だったはずが、一瞬でずぶ濡れになってしまった。

「おいヒノー!逃げられると思うなよ!」
「ちょっとマジで…うわあっ!」

あっという間に他のチームメイトたちも集まってきて、もみくちゃにされながらどこかへ引きずられていく。
インタビュー担当も引き留めることなく、微笑ましい視線で見送っていた。



結果として、“宿題”は来シーズンに持ち越された。

ハリアーズはリーグ王者となった後、クライマックスシリーズを危なげなく突破したものの、日本一には届かなかった。
相手はリーグ王者を破りクライマックスを突破してきたチームだったので、選手もファンもかなり深い傷を負うこととなった。

「悲劇過ぎる…地獄のオフシーズン…」

プロの選手となってから、瑛の前であまり試合の話をしなくなったはるかでさえ、そう言って瑛以上に落ち込んでいた。

その要因は、彼女の幼い頃からの“推し”──貴文が、来シーズンをもっての現役引退を表明したことにもあるのかもしれないが。



「あのさ。誕生日…どっか行く?」

先ほどはテレビに映った貴文の姿に早くも涙ぐんでいたはるかを、そっとシーツに縫い付けながら問いかけた。

「ん、どっちの…?」
「はるかの」

雨のようにキスを降らせる途中で、はっきりとそう答えた。
ふたりの誕生日はたった数日違いだけど、それはこの上なく重要なポイントだった。

「どっか行きたいとこある?」

続けて尋ねると、はるかはぼんやりとした表情を浮かべた。

こんな時に聞かれても、なんて思っているのだろうか。

こんな時でもないと緊張して“この話”は切り出せなかったので、許して欲しい。
気付いていない隙にはるかのシャツのボタンを一つ残らず外したところで、ようやく答えが返ってきた。

「…甲子園、とか…?」
「え?」

思わず視線を上げると、はるかは何かを思い浮かべるようにまぶたを閉じていた。

きっと、それは──あの夏の景色。

「確かに、いいかもな」

ゆっくりと目を開けたはるかが、息を呑む。

そして穏やかに微笑んだ。

「…ね。周辺とか、ゆっくり見る時間なんてなかっただろうし」
「何があるのか知らねえけどな」
「ふふ、ちょっと調べてみるよ」

はるかの声は、楽しそうに踊っていた。
思いがけず最高のヒントをもらって、瑛も上機嫌だ。

唇を近付ければ、はるかはもう一度まぶたを閉じた。




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【祝勝会】所謂“ビールかけ”。リーグ優勝、クライマックスシリーズ突破、日本一とそれぞれ3回あります(勝てば)。

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