[Theme 02]4年目編
52
この度、学生時代からお付き合いしておりました方と結婚しましたことをご報告させていただきます。
幼い頃から変わらずそばにいてくれた方で、今の自分があるのは妻のおかげです。
苦しい時期も含め、常に一番近くで背中を押してくれていることに心から感謝しています。
これからは家族として支え合いながら、より一層真摯に野球に向き合っていきたいと思います。
来シーズンもハリアーズの勝利に貢献できるよう精進してまいりますので、引き続き温かいご声援をよろしくお願いいたします。
「お前、マジやってんなー」
様々な球団の選手が集まり、騒がしい空間の中。
スリーピースのスーツを身に纏った佑人が、出で立ちに反して緊張感のない声で呟いた。
「何すか」
「いや、これだよ。超マウントじゃん」
眼前に押し付けてきた画面には、昨夜球団公式から発表された文章。
双方の実家への挨拶を済ませ、めでたく“いい夫婦の日”に入籍を済ませた瑛がその事実を公表するためのものだ。
「あえて名前じゃなくてこう書くのがやらしーわ。マスコミには言ってんでしょ?」
「まあ、聞かれたら」
「お前らそろそろ行くぞ」
貴文と一緒に談笑していた達史が振り返り、声をかけてきた。
椅子から立ち上がる瑛の横で、佑人はまだ物言いたげな顔でスマートフォンを眺めている。
「ていうかヒノにしてはベタ過ぎじゃね?入籍日。まさか今日にぶつけるために…」
「そんなわけないでしょ。いろいろとちょうどよかっただけっす」
「おい、行くぞ」
「ウソつけ!あわよくば話振られたいとか思っ」
「行くぞって言ってんだろ!」
「ハイ!達さんすいません!」
慌てて駆け寄る二人の姿に、達史と貴文は顔を見合わせ、笑った。
スポットライトを浴びた瞬間、思わず目が眩んだ。
はるかはいつもこんなものを浴びながらピアノを弾いているのかと、信じられない気持ちになる。
観客たちが拍手で出迎えてくれているが、その姿は逆光であまりよく見えない。
こんなに豪勢な会場で、大勢の人間に囲まれているはずなのに、まるでたった一人で歩いているような感覚だった。
──それから、打席に入る背中が好き
拍手の中に聞こえたのは、はるかの声。
今は背番号のないこの背中に、彼女の手がそっと触れているような気がした。
「この背中にね、いろんなものがのっかってるんだなあって、思うの」
その“いろんなもの”は、きっとあの頃よりもずいぶん増えたと思う。
「瑛くんが今まで誰よりも頑張ってきたこととか。今の瑛くんの気持ちとか。それから…」
もう振り返ることはできないけれど、彼女の穏やかな声が一歩ずつ前へ、前へと導いてくれる。
「瑛くんと一緒に戦ってるチームメイトの気持ち。瑛くんを応援するみんなの気持ち。もちろん、わたしの気持ちも」
目を焼くようなスポットライトよりも、時折客席で光るストロボよりもずっと眩しい、
「バッターボックスの中に立つのはたった一人。だけど、ひとりじゃないんだって思うの」
瑛の好きな、星の瞳を信じて歩き続けた。
気付けば壇上まで辿り着き、目の前には“ベストナイン賞”と記された盾が掲げられていた。
数日後にはゴールデングラブの授賞式も控えている。
──“日本一の遊撃手”の奥さんって、いいな。
チームの日本一に加えてこの出来とあれば、きっとはるかも満足してくれることだろう。
盾を受けとりながら、無意識にほくそ笑んでいた。
「ヘラヘラすんなよ」
先に壇上に並んでいた達史が、小声で諭してきた。
「ヘラヘラもしたくなるだろ、なあ?新婚さん」
貴文もまた、小声で茶化してくる。
彼がこの壇上に立つ姿は、まだ子供の頃から何度も目にしてきた。
そんな彼と横並びの列に自分が入ることも、それが彼の最後の授賞式というタイミングであることも、予想だにしていなかったことだ。
だけど不思議と、落ち着いた心持でいる。
瑛よりよっぽどヘラヘラした面持ちでこちらへ歩いてくる佑人を見ながら、貴文や達史と苦笑いするこの空気感も、まるでいつものフィールドのようで。
“仲間”になれたんだなと、こんなところで実感したりもした。
『初受賞の日坂 瑛選手、今シーズンはどんな一年でしたか?』
PC画面の中、マイクを手に顔をしかめた瑛に、はるかは笑みをこぼした。
つくづくこういう場面は苦手らしい。今日は特にかしこまった場なので、尚更だろう。
『えー、はい。調子を崩した時期もあり、苦しい思いもしましたけど…優勝、そして日本一に貢献することができ、非常に良かったと思います』
教科書のようなコメントは球団広報のスタッフか、先輩方に一緒に考えてもらったんだろうか。
“例の文章”も、スタッフの文案をほとんどそのまま使用したと聞いている。
相手──無論、はるかだが──についての部分だけは瑛自身が考えたものの、“長過ぎる”とダメ出しを食らい大幅に削られたと悪態をついていた。
『来年はどんなシーズンにしたいですか?』
『はい、そうですね、来年ももちろん優勝、日本一を目指して。応援してくださるファンの皆様、共に戦うチームメイト、監督、コーチ…それから、』
画面越しの瞳に、鼓動が跳ねる。
スーツ姿の瑛に、ユニフォームを纏い打席に立つ彼の姿が重なって見えた。
『見守ってくれる“家族”と、“両親”。皆さんを感動させるプレーをしていきたいと思います』
──すげーワガママ言ってもいい?
そそくさとマイクを手放した瑛を包む拍手の中、瑛の声が聞こえた。
画面の向こうにいるはずのその姿さえ、鼻の先がぶつかりそうな距離に見える気がして。
「頼む。“いろんなものがのっかってる”俺の背中、はるかの音楽で押してくれ」
うん、そうだね。
あの頃よりもっとたくさん、大切なものができたね。
ずっとずっと、大切にしていようね。
じわりと揺らぐ視界の中で、はるかも画面越しに拍手を贈った。
この度、学生時代からお付き合いしておりました方と結婚しましたことをご報告させていただきます。
幼い頃から変わらずそばにいてくれた方で、今の自分があるのは妻のおかげです。
苦しい時期も含め、常に一番近くで背中を押してくれていることに心から感謝しています。
これからは家族として支え合いながら、より一層真摯に野球に向き合っていきたいと思います。
来シーズンもハリアーズの勝利に貢献できるよう精進してまいりますので、引き続き温かいご声援をよろしくお願いいたします。
「お前、マジやってんなー」
様々な球団の選手が集まり、騒がしい空間の中。
スリーピースのスーツを身に纏った佑人が、出で立ちに反して緊張感のない声で呟いた。
「何すか」
「いや、これだよ。超マウントじゃん」
眼前に押し付けてきた画面には、昨夜球団公式から発表された文章。
双方の実家への挨拶を済ませ、めでたく“いい夫婦の日”に入籍を済ませた瑛がその事実を公表するためのものだ。
「あえて名前じゃなくてこう書くのがやらしーわ。マスコミには言ってんでしょ?」
「まあ、聞かれたら」
「お前らそろそろ行くぞ」
貴文と一緒に談笑していた達史が振り返り、声をかけてきた。
椅子から立ち上がる瑛の横で、佑人はまだ物言いたげな顔でスマートフォンを眺めている。
「ていうかヒノにしてはベタ過ぎじゃね?入籍日。まさか今日にぶつけるために…」
「そんなわけないでしょ。いろいろとちょうどよかっただけっす」
「おい、行くぞ」
「ウソつけ!あわよくば話振られたいとか思っ」
「行くぞって言ってんだろ!」
「ハイ!達さんすいません!」
慌てて駆け寄る二人の姿に、達史と貴文は顔を見合わせ、笑った。
スポットライトを浴びた瞬間、思わず目が眩んだ。
はるかはいつもこんなものを浴びながらピアノを弾いているのかと、信じられない気持ちになる。
観客たちが拍手で出迎えてくれているが、その姿は逆光であまりよく見えない。
こんなに豪勢な会場で、大勢の人間に囲まれているはずなのに、まるでたった一人で歩いているような感覚だった。
──それから、打席に入る背中が好き
拍手の中に聞こえたのは、はるかの声。
今は背番号のないこの背中に、彼女の手がそっと触れているような気がした。
「この背中にね、いろんなものがのっかってるんだなあって、思うの」
その“いろんなもの”は、きっとあの頃よりもずいぶん増えたと思う。
「瑛くんが今まで誰よりも頑張ってきたこととか。今の瑛くんの気持ちとか。それから…」
もう振り返ることはできないけれど、彼女の穏やかな声が一歩ずつ前へ、前へと導いてくれる。
「瑛くんと一緒に戦ってるチームメイトの気持ち。瑛くんを応援するみんなの気持ち。もちろん、わたしの気持ちも」
目を焼くようなスポットライトよりも、時折客席で光るストロボよりもずっと眩しい、
「バッターボックスの中に立つのはたった一人。だけど、ひとりじゃないんだって思うの」
瑛の好きな、星の瞳を信じて歩き続けた。
気付けば壇上まで辿り着き、目の前には“ベストナイン賞”と記された盾が掲げられていた。
数日後にはゴールデングラブの授賞式も控えている。
──“日本一の遊撃手”の奥さんって、いいな。
チームの日本一に加えてこの出来とあれば、きっとはるかも満足してくれることだろう。
盾を受けとりながら、無意識にほくそ笑んでいた。
「ヘラヘラすんなよ」
先に壇上に並んでいた達史が、小声で諭してきた。
「ヘラヘラもしたくなるだろ、なあ?新婚さん」
貴文もまた、小声で茶化してくる。
彼がこの壇上に立つ姿は、まだ子供の頃から何度も目にしてきた。
そんな彼と横並びの列に自分が入ることも、それが彼の最後の授賞式というタイミングであることも、予想だにしていなかったことだ。
だけど不思議と、落ち着いた心持でいる。
瑛よりよっぽどヘラヘラした面持ちでこちらへ歩いてくる佑人を見ながら、貴文や達史と苦笑いするこの空気感も、まるでいつものフィールドのようで。
“仲間”になれたんだなと、こんなところで実感したりもした。
『初受賞の日坂 瑛選手、今シーズンはどんな一年でしたか?』
PC画面の中、マイクを手に顔をしかめた瑛に、はるかは笑みをこぼした。
つくづくこういう場面は苦手らしい。今日は特にかしこまった場なので、尚更だろう。
『えー、はい。調子を崩した時期もあり、苦しい思いもしましたけど…優勝、そして日本一に貢献することができ、非常に良かったと思います』
教科書のようなコメントは球団広報のスタッフか、先輩方に一緒に考えてもらったんだろうか。
“例の文章”も、スタッフの文案をほとんどそのまま使用したと聞いている。
相手──無論、はるかだが──についての部分だけは瑛自身が考えたものの、“長過ぎる”とダメ出しを食らい大幅に削られたと悪態をついていた。
『来年はどんなシーズンにしたいですか?』
『はい、そうですね、来年ももちろん優勝、日本一を目指して。応援してくださるファンの皆様、共に戦うチームメイト、監督、コーチ…それから、』
画面越しの瞳に、鼓動が跳ねる。
スーツ姿の瑛に、ユニフォームを纏い打席に立つ彼の姿が重なって見えた。
『見守ってくれる“家族”と、“両親”。皆さんを感動させるプレーをしていきたいと思います』
──すげーワガママ言ってもいい?
そそくさとマイクを手放した瑛を包む拍手の中、瑛の声が聞こえた。
画面の向こうにいるはずのその姿さえ、鼻の先がぶつかりそうな距離に見える気がして。
「頼む。“いろんなものがのっかってる”俺の背中、はるかの音楽で押してくれ」
うん、そうだね。
あの頃よりもっとたくさん、大切なものができたね。
ずっとずっと、大切にしていようね。
じわりと揺らぐ視界の中で、はるかも画面越しに拍手を贈った。
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【ベストナイン】シーズンを通して、それぞれのポジション(+DH)で最も優秀な成績を残した選手に贈られる賞。両リーグそれぞれで選出。全国のプロ野球担当記者による投票で選ばれる。
表彰式は公式記録表彰(例: 首位打者)等を行う「NPB AWARDS」の中で実施。※控室の達史と佑人の掛け合いは2025年の某虎の球団をイメージ。
【ゴールデングラブ】ベストナインが選手を走・攻・守すべての面で総合的に評価するものであるのに対し、守備のみで評価するのがこちら。選出方法は同じ。受賞メンバーが同じになることも。
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