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[Theme 02]4年目編

50

連日の遠出が身体に堪えて、なんとなくぼんやりする。
一方隣を歩く瑛はいつもと何ら変わらない様子で、はるかは莫大な体力の差を感じた。

──来年は、ランニングとかはじめてみようかなあ…

「うわ、なんだこれ」

改札の向こうに広がる光景に、瑛が怪訝そうに声を上げた。
つられて目を向ければ、以前来た時とはまるで違う世界がそこにあった。

「さすが駅ビル…!」

寂れた小さな駅舎から一転、藏崎駅には大きな駅ビルが建っていたのである。


「すげーだろ!もうすっかり大都会よ!」
「“大都会”はねーだろ」
「ほんとにびっくりです…!」

迎えに来てくれた裕士の車から眺める景色も、ずいぶんと変わり果てているように見える。
そうは言っても、はるかにとってこの街に住んでいたのはもうずいぶん昔のことになってしまったので、正直どこからが新しい景色なのか曖昧なのだけど。

「誰が行くんだよと思ったけど、意外と賑わってたな…」
「最近じゃ中高生が遊ぶって言えば駅らしいぞ!ま、お前らはあんなんあっても行く暇なかっただろうけどな!アッハッハ!」
「うっせーな、前見ろ前!」

本当にこの二人は、いつ見てもこんな感じだ。
なんだか落ち着かない景色の中でも、この車内だけはあの頃と同じ。
中心地から離れていけば、やがて景色も見覚えのあるそれに変わっていった。
なんだか某ひみつの道具でタイムスリップしているようだった。

瑛の家は、広い庭のある一軒家だ。
庭といっても何か植物を植えていたり、テーブルセットなんかを置いているわけでもない。
ただまばらに草が生えているだけの空間に、バッティング練習用の小さなネットが今もそのまま置かれていた。

「いや、捨てろよ」
「捨て方わかんねーしなあ。持って帰るか?」
「いらねーよ」
「わたしちょっと欲しいかも…」
「え?」

冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、裕士がまた豪快に笑う。
あの冷蔵庫は確か、瑛が契約金からプレゼントしたもののはずだ。
野球部への寄付以外に使い道が分からないと言っていた瑛に、はるかが裕士へのプレゼントを勧めたのだ──そして残りは退職金として貯めておくように言った──。

裕士は昔から料理が好きで、一人になった今もきちんと三食自炊しているという。
ただし週末に作り置きをすることになるので、冷蔵庫がいいのではないかと言ったのもはるかだった。
ちなみに裕士にはそれらをすべて見抜かれてしまったらしい。

「ありがとうございます。お注ぎします」
「お、ありがとね。おい瑛ー、お前家のことちゃんとやってるか?」
「や…ってる。できるだけ…」
「瑛くんはすごくいろいろしてくれてますよ!ナイターの日は出る前にお洗濯してくれたり、オフの日は時々お料理もしてくれるんです!」
「へえ?お前が料理ねえ…」

シーズン中は試合だけに集中してもらって構わないと言っているのだが、瑛はそれに甘えようとはしない。
そもそも家にいる時間が短いのではるかの負担が増えてしまうのは仕方ないのだが、瑛はそれすらも申し訳なさそうにするのだ。
そんな瑛の顔を眺めながら、裕士はニヤニヤと頬を緩めた。

「で、何?いよいよ結婚?」
「おい…!」

空気も何もお構いなしに言い放った裕士に、瑛が顔をしかめる。
はるかもついぎょっとしたけれど、何だか笑えてきてしまった。

「はるかと、結婚するから」

瑛はムッとした顔のまま、そう言った。

「お前…はるかちゃんのお母さんにもそんな感じだったんじゃねえだろうな…?」
「んなわけねーだろ!ちゃんと頭下げてきたわ!」
「あっ、あの…!」

一瞬でいつもの調子に戻った親子に、慌てて声をかける。

「幸せに、します。ので。瑛くんと、結婚させてください…!」
「おう!いいぞ!」
「へ…」
「いいなー、おめー!こんなにかわいくていい子が幸せにしてくれるってよ!もう幸せか!ハッハッハ!」
「あーもうマジでうるせー。ちょっとくらい老いろよ」

月城家に行った時とは、あまりに大違いだ。
嫁にいく方とは違って当たり前なのかもしれないが、この親子ならば例え男女が逆だったとしてもこんな空気になっていそうな気がする。
はるかはやっぱり、気が抜けて笑ってしまうのだった。

「式は?やるのか?やれよ!」
「圧強いな」
「俺をプロ野球選手に会わせろ!」
「そういうことかよ…まあ、一年後だな」

結婚式をやるとすれば瑛の仕事仲間を呼ばない訳にはいかないので、必然的に時期はオフシーズンに限られる。
ここ数ヶ月の間にやろうと思ってやれるものではないので、そうなると次のオフまで持ち越しだ。

「はるかちゃんはいいの?それで。どうにか都合つけようはあるだろ」
「わたしも、次のオフがいいです。ちゃんと準備したいですし。わたしだけで進められないこともあると思うので…」
「ちゃんと全部、ふたりで準備する。はるかだけに任せたりしねえよ」
「ホントか?」
「ホントだよ!」

それに、何人ものプロ野球選手たちと対面するとなれば、相当な心の準備が必要だ。
一年かかっても覚悟を決められるかどうか怪しい。

「ドレス見て泣くなよー?」
「んだよ。父さんは泣いたのかよ…!」

一瞬、止まった時間。

裕士はおもむろに窓の外を仰いで、答えた。

「ああ、泣いたよ。あの人にちょっと引かれるくらいな!」



今晩は日坂家にお世話になるので──はるかは遠慮したが親子の圧に押されてしまった──、宿賃代わりにはるかが夕食を作ることになっていた。
食材の買い出しに先立ち、ふたりはまた列車に揺られていた。


向かう先は商店街の外れ、仄暗いレンガ造りのあの場所──
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