このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

[Theme 02]4年目編

30

二軍のフィールドを駆け巡る瑛は、最近までの本拠地での様子とは似ても似つかないほど、見事な活躍を見せていた。

打撃の不調に引きずられるように精彩を欠いていた守備も安定していて、打席でのスイングにも、本来の瑛らしい力強さを取り戻していた。
チャンスですかさず盗塁を決める場面もあり、大いに観客を沸かせた。

それだけに、やはり瑛を縛るものはたった一つなのだと、胸がずきりと痛んだ。


追加点のランナーとしてホームに帰る瑛を見届けた後、ふと裕士の様子が気になった。

そう遠くはない場所に、その背中がある。
“お忍び”故の真っ黒なサングラス越しに、どんな景色を見ているのだろうか。

──なんかな…どうも心配でねえ…

離れていても、何も言わなくても、苦しむ息子の心を感じとったのだろうか。

それが、親子というものなんだろうか。



ハリアーズの勝利で、試合が終了した。

今この瞬間を残しておくことに大きな意味がある気がして、瑛の名前が記されたビジョンを一枚、写真に収めた。


「はるかちゃん、車?」
「いえ、電車です」
「そっか、じゃあ一緒だね。そしたら駅まで行こうか」

フィールドから選手が姿を消すと、裕士はサングラスを外して瞬きをした。
夕方に差し掛かる時刻でも、日差しが強い。

「会っていかれないんですか…?」

はるかも日差しに目を細めながら、尋ねた。

「いやー、いいよ。パパラッチされたら大変!」
「あはは、ご家族なんですから大丈夫ですよ。わたしは先にお暇しますし」
「余計に文句言われるよ。あいつはホントに昔からはるかちゃん、はるかちゃんだから…」

けらけらと笑って、肩をすくめる。
その表情にはどうしても、引っかかるものがあった。

なぜだか分からない。
だけどこの親子は、今、会って話をした方がいいんじゃないかと思えてならなかった。

「あの…」
「うん?どうした?」
「会っていただけませんか、瑛くんに。今とても、悩んでることがあって…」

はるかがそう言うと、裕士は少し驚いたような顔をした。

そしてまたゆっくりと、頬を緩めた。

「はるかちゃんの頼みなら、しょうがねえわな!」

その笑顔はとても、嬉しそうだった。



車窓を流れていく景色は、見覚えのないものばかりだった。

生まれた場所とも違う、学生時代を過ごした場所とも違う、身寄りのない土地。
だけど幼い頃から憧れ続けていた、それがはるかにとっての神岡という場所だった。

必要なものはほとんど近場で手に入るくらいには便利な街だけど、中心地を少し離れればこうしてのんびりとした風景が広がっていて、暮らしやすいなとこの一年で感じていた。
このあたりの景色は、どことなく生まれた街に似ているかもしれない。

あの藏崎という街のことを、かつて父も、こんなふうに眺めていたのだろうか。

唐突に、そんなことを思った。

藏崎は母の地元で、鷺嶋出身の父にとって、そこははるかにとっての神岡と同じ、はじめて住む土地だったはずだ。
自分が生まれるよりもずっと前。母の隣で父は、あの街をどんなふうに見つめていたんだろうか。



東峰ドームでの試合の見逃し配信を観ていると、玄関から物音がした。

場面はちょうど、フォアボールで出塁した千景が、二塁に向かって走るかどうかというところ。
扇の要では拓真が、投手へサインを送っている。

ソファから腰を浮かせつつも、どうしても目が離せなかった。

「わ…!」

スタートを切った千景。
すかさず立ち上がった拓真。

拓真が放った白球は二塁手のグラブへ真っ直ぐに飛び込み、千景の俊足を制した。

「おお…!」
「浮気現場に居合わせるのってこういう気分?」

するり、と腰に腕が回った。

「瑛くん!おかえり…!」
「ただいま。これウォルラス勝ったから」
「ええっ、ネタバレ!!」

はるかを抱き寄せた瑛は、してやってりという顔で笑っている。
頬が少し赤みを帯びていて、どうやら日焼けをしているようだ。

「まあ、8回でこれならそうか…」
「9回諦めんなよ」
「だって瑛くんが言ったんでしょ!?」
「はは。一軍も二軍も残念だったな、フェンリルズは」

瑛がそのまま腰を下ろしたので、はるかも浮かせていた腰を落ち着かせた。
ちらりと横顔を見上げると、瑛ははっとするほど、真剣な眼差しをテレビ画面に向けていた。


結果が分かっていても見応えのある試合だった。
ベンチ前、笑顔で握手を交わす拓真と千景の姿がカメラに抜かれた。

「“先輩”の意地見せたってやつだな」
「でも、千景君絶対速くなってるよね。やっぱりこの子は塁に出しちゃダメだ…!」
「俺も見せてやりたかったな」

咄嗟に瑛の顔を見たけど、ただ悔しそうに笑っているだけだった。

画面に向けられていた視線が、ゆっくりと、はるかに向けられる。

「父さんと、偶然会ったんだって?」
「あ…うん。何か、お話した…?」

そうして欲しいと、頼んだのははるかなのだけど。
躊躇いがちに尋ねると、瑛はそっと口を開いた。
8/30ページ