[Theme 02]4年目編
23
窓の外は、絵に描いたような桜並木。
この季節が来るたびに、はるかと再会した日のことを何度でも思い出す。
カーオーディオから流れる音楽が心地良い。
「ああ、そういうことかー!」
食事を摂っていると、背後からスマートフォンを覗き込まれた。
「そのずっと聴いてるやつも、はるかの動画だったわけね」
「…名前呼ぶのやめてもらっていいすか」
振り返らずとも、声の主は言わずもがな。
イヤホンすら外さずに食事を続ける。
「そういえばヒノ、雑誌見たぞ」
「は?」
食堂に入ってくるなりそう声をかけてきた貴文には、さすがに手が止まる。
「カミさんが買ってきてた。やっぱりきれいだな、ええと…“彼女”さん」
「…ウス」
雑誌というのは、もしかしなくても先日発売されたとある女性向けのファッション誌のことで。
様々な業界の“美女”を紹介する連載で、なんとはるかが取り上げられたのだ。
専属モデルでもある真凛の推薦だったという。
瑛ももちろん発売日に買ったが、どのモデルよりもきれいで眩暈がした。
Web版の画像もすべて保存し、時折こっそり眺めている。
世間でも話題になっているようなので、この感想は単なる贔屓目ではないだろう。
本音を言うと話題になんてなって欲しくないどころか、こんなはるかの姿は誰の目にも触れさせたくないのだけど。
「お前…フミさんにまでそんな顔すんなよ」
「すいません…」
「はは。カミさんがずっと会いたがってるんだ。真もな。そのうちみんなで飯でも行こう」
「えっ、直子さんと?俺も行きたいっす!」
「聞こえなかったか?直子はヒノの彼女さんに会いたがってるんだ」
表情は変えずに、ただその声音はずしりと重く、佑人だけでなく瑛にも圧し掛かるようだった。
「…似てますね、二人とも。そういうとこ」
佑人のその言葉は、なんとも複雑だった。
『ショートストップ・日坂 瑛!』
相変わらず嫌になるほど派手な演出の中、スターティングメンバーが発表されていく。
4番指名打者の後に続いてその名を呼ばれた瑛は、昨年よりも大きな歓声を浴びながら駆け出した。
今年もまた、はるかはスタンドのどこかで、自分を見つめてくれている。
──ついでに日本一でもオマケにつけてやるよ。だから、待ってろ
そう告げたからには。
昨年以上の覚悟を胸に、前を見据えた。
ポストシーズンの鬱憤をぶつけるかのような打線の爆発で、ハリアーズは開幕一戦目から大量得点を上げていた。
幸先の良すぎる展開にスタンドはお祭り騒ぎ。
そんな場面で打席に向かう男に、瑛は目を見張った。
『9番・平野に代わりまして桐谷、バッターは桐谷──』
高校時代から変わらない、涼やかな表情を浮かべた千景の姿。
ビジター応援席からも期待の声が上がっている。
その打順には捕手がいたので、この裏からはバッテリーごと入れ替えということか。
とすると、千景はスポット的な起用ということになる。
これだけの点差なので、お試し的な意味合いもあるのかもしれない。
こんな時に、見事に何かをやってのけそうな雰囲気が、今の千景には間違いなくあった。
気を引き締めてサインを確認し、前進する。
カッと短い音がして、打球が飛び出した。
詰まった当たり。問題なく処理できるところだ──相手がこの男でなければ。
出来る限りの無駄のないモーションで送った球が、一塁手のミットに収まった瞬間。
ひやり、呼吸が止まった。
拳を結ぶ塁審。
瑛だけでなくスタンド中が、安堵の溜め息を吐いた。
「あれでギリギリとか、怖過ぎだろ…」
ベンチに戻る途中、達史も苦笑していた。
そしてちょうど、相手ベンチへ向かう千景と、すれ違う。
「また速くなりました?」
声をかけると千景は少し驚いたような顔をして、悔しそうに笑った。
「こっちのセリフ。大人げないよ、“先輩”!」
「げ…」
ポン、と瑛の背中を叩いて、千景は通り過ぎて行った。
彼を敵にすると本当に怖い。改めて実感した。
都市高速のランプを降りると、すぐにマンションが見えてくる。
開発の真っ最中であるこの辺りにも、だいぶ建物が増えてきたなと思う。
はるかの白いSUVの隣に、ダークグレーのセダンを停める。
ふたりで出かける時は遠出ははるかの車で、近場は瑛の車というのがなんとなく浸透していた。
ハンドル側へぐっと引き寄せられている座席が見えて、つい頬が緩む。
地下駐車場からエレベーターに乗り、部屋の前まで辿り着く。
ふと思い立って、インターホンを押してみた。
一年前のこの日、扉を開けて出迎えてくれたはるかの姿を思い起こしながら。
ゆっくりと開いた扉に、胸が高鳴る。
「おかえり」
小さく囁いて、ふんわりと笑う。
その姿がたまらなく愛おしくて、考えるより先に手を伸ばしていた。
「わ…!待って、中入ってから…」
「はー…」
慌てふためくはるかを腕の中に閉じ込めて、大きく息を吐く。
このままふたり一緒に、融けてしまえればいいのに。
そんなことを本気で思いながら、はるかを抱いたまま扉を閉めて、すぐに鍵をかけた。
窓の外は、絵に描いたような桜並木。
この季節が来るたびに、はるかと再会した日のことを何度でも思い出す。
カーオーディオから流れる音楽が心地良い。
「ああ、そういうことかー!」
食事を摂っていると、背後からスマートフォンを覗き込まれた。
「そのずっと聴いてるやつも、はるかの動画だったわけね」
「…名前呼ぶのやめてもらっていいすか」
振り返らずとも、声の主は言わずもがな。
イヤホンすら外さずに食事を続ける。
「そういえばヒノ、雑誌見たぞ」
「は?」
食堂に入ってくるなりそう声をかけてきた貴文には、さすがに手が止まる。
「カミさんが買ってきてた。やっぱりきれいだな、ええと…“彼女”さん」
「…ウス」
雑誌というのは、もしかしなくても先日発売されたとある女性向けのファッション誌のことで。
様々な業界の“美女”を紹介する連載で、なんとはるかが取り上げられたのだ。
専属モデルでもある真凛の推薦だったという。
瑛ももちろん発売日に買ったが、どのモデルよりもきれいで眩暈がした。
Web版の画像もすべて保存し、時折こっそり眺めている。
世間でも話題になっているようなので、この感想は単なる贔屓目ではないだろう。
本音を言うと話題になんてなって欲しくないどころか、こんなはるかの姿は誰の目にも触れさせたくないのだけど。
「お前…フミさんにまでそんな顔すんなよ」
「すいません…」
「はは。カミさんがずっと会いたがってるんだ。真もな。そのうちみんなで飯でも行こう」
「えっ、直子さんと?俺も行きたいっす!」
「聞こえなかったか?直子はヒノの彼女さんに会いたがってるんだ」
表情は変えずに、ただその声音はずしりと重く、佑人だけでなく瑛にも圧し掛かるようだった。
「…似てますね、二人とも。そういうとこ」
佑人のその言葉は、なんとも複雑だった。
『ショートストップ・日坂 瑛!』
相変わらず嫌になるほど派手な演出の中、スターティングメンバーが発表されていく。
4番指名打者の後に続いてその名を呼ばれた瑛は、昨年よりも大きな歓声を浴びながら駆け出した。
今年もまた、はるかはスタンドのどこかで、自分を見つめてくれている。
──ついでに日本一でもオマケにつけてやるよ。だから、待ってろ
そう告げたからには。
昨年以上の覚悟を胸に、前を見据えた。
ポストシーズンの鬱憤をぶつけるかのような打線の爆発で、ハリアーズは開幕一戦目から大量得点を上げていた。
幸先の良すぎる展開にスタンドはお祭り騒ぎ。
そんな場面で打席に向かう男に、瑛は目を見張った。
『9番・平野に代わりまして桐谷、バッターは桐谷──』
高校時代から変わらない、涼やかな表情を浮かべた千景の姿。
ビジター応援席からも期待の声が上がっている。
その打順には捕手がいたので、この裏からはバッテリーごと入れ替えということか。
とすると、千景はスポット的な起用ということになる。
これだけの点差なので、お試し的な意味合いもあるのかもしれない。
こんな時に、見事に何かをやってのけそうな雰囲気が、今の千景には間違いなくあった。
気を引き締めてサインを確認し、前進する。
カッと短い音がして、打球が飛び出した。
詰まった当たり。問題なく処理できるところだ──相手がこの男でなければ。
出来る限りの無駄のないモーションで送った球が、一塁手のミットに収まった瞬間。
ひやり、呼吸が止まった。
拳を結ぶ塁審。
瑛だけでなくスタンド中が、安堵の溜め息を吐いた。
「あれでギリギリとか、怖過ぎだろ…」
ベンチに戻る途中、達史も苦笑していた。
そしてちょうど、相手ベンチへ向かう千景と、すれ違う。
「また速くなりました?」
声をかけると千景は少し驚いたような顔をして、悔しそうに笑った。
「こっちのセリフ。大人げないよ、“先輩”!」
「げ…」
ポン、と瑛の背中を叩いて、千景は通り過ぎて行った。
彼を敵にすると本当に怖い。改めて実感した。
都市高速のランプを降りると、すぐにマンションが見えてくる。
開発の真っ最中であるこの辺りにも、だいぶ建物が増えてきたなと思う。
はるかの白いSUVの隣に、ダークグレーのセダンを停める。
ふたりで出かける時は遠出ははるかの車で、近場は瑛の車というのがなんとなく浸透していた。
ハンドル側へぐっと引き寄せられている座席が見えて、つい頬が緩む。
地下駐車場からエレベーターに乗り、部屋の前まで辿り着く。
ふと思い立って、インターホンを押してみた。
一年前のこの日、扉を開けて出迎えてくれたはるかの姿を思い起こしながら。
ゆっくりと開いた扉に、胸が高鳴る。
「おかえり」
小さく囁いて、ふんわりと笑う。
その姿がたまらなく愛おしくて、考えるより先に手を伸ばしていた。
「わ…!待って、中入ってから…」
「はー…」
慌てふためくはるかを腕の中に閉じ込めて、大きく息を吐く。
このままふたり一緒に、融けてしまえればいいのに。
そんなことを本気で思いながら、はるかを抱いたまま扉を閉めて、すぐに鍵をかけた。
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【指名打者】プロ野球において(2025年時点、2026年より高校野球にも導入予定)投手の代わりに打席に立つ、打撃専門の選手。DH(Designated Hitter)とも。
【ポストシーズン】レギュラーシーズン(リーグ優勝まで)以降のシーズン。日本で言えばクライマックス、日シリ。