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[Theme 01]3年目編

21

キャンプシーズンは多くの球団が同じ土地に集まり、それぞれ開幕に向けて心身を高めていく。
たとえリーグが違っても、目指す頂は同じ、ライバル同士。

それでも試合の外では、同じ道を歩む仲間として親交を深めることもある。


「今年こそ絶対上がるんで、よろしくお願いします」

居酒屋のテーブルで深々と頭を下げたのは、冬真。

「ここは奢りでいいですよね、“先輩”?」

にこにこと微笑みながら首を傾げたのは──大学野球を経て昨年プロ入りした、千景だった。

「皆さんもうすっかり人気選手なんで、いっぱい食べさせてもらいましょう」
「そうだね。“先輩”たちみんな優しいからね」
「いやいや、待ってくださいよ!チカさんから“先輩”はちょっと、怖いっす」

正也が怯えた様子で瑛に縋りつき、その隣では拓真が苦笑いしている。

全員所属球団は別々だが、元鷺嶋高校野球部のメンバーがこの場に集まっていたのだ。



「で、何したんですか?月城さんに」
「あ?」

高校時代と変わらず淡々としている冬真が、焼き鳥を串から丁寧に外しながら尋ねてきた。

「フラれたんでしょ?ご愁傷様。よく生きてたね」
「え!?お前そうなのか!?」
「フラれてねえよ!その…プロポーズ、断られただけ…です…」

デジャヴのように、空気が凍り付いた。

「それ、フラれてねーの…?」
「ねーよ!今も一緒に住んでるし、何ならわざわざここまで会いに来てくれたわ!」
「それ藤堂さん見にきたんじゃなくて?」
「違います!俺にサインもらうために、色紙持ってかわいく待ってたんです…!」
「ウワアーッ!なんだそれかわいすぎだろ!ふざけてんのか!」

騒ぎ立てる正也や千景とは対照的に、拓真は先ほどからじっと押し黙っている。
瑛もそれに気付いて、おもむろに居住まいを正した。

「その、“婚約者”ってことになってたのは…俺が勝手に言ってただけです。正直、断られると思ってなくて…」
「それは、本当に勝手だな」
「あ…はい…」

貴文と三人で飲んだあの日のように、鋭い視線が突き刺さる。
彼女に父親がいたらこんなかんじなのだろうか、心臓が縮み上がった。

そしてふと、その表情が緩む。

「…断られて、お前も反省しているんだろう。あの時とは違う目をしている」
「え…」
「あの時のお前は、ただはるかを閉じこめるためだけに結婚しようとしているように見えたからな」

図星だった。
そしてそれは、実のところ今でも大して変わらないのかもしれない。

「ちなみに、何て言って断られたんですか?」

そこに容赦なく刃を突き立てるのが、冬真という男だった。
もうこの面子を前に逃げ道などないと分かり切っているので、大人しく口を開く。

「…はるかは、“家族”をつくることが怖いって。それと…自分が俺の奥さんにふさわしいか、気にしてるらしい」

瑛の答えに、一同は何かを考え込むような表情を浮かべて、しばらく黙っていた。

「月城先輩ほどの人が、そんなことを気にするなんて…」

その沈黙を破ったのは、正也だった。

「どう考えても、瑛にはもったいないくらいだろ」
「おい」
「…瑛はさ、自分ははるかちゃんにふさわしいと思ってるの?」

問いかける千景は、あの頃と同じように涼やかな笑みを浮かべている。

「ふさわしいも何も…そういうもんというか…」
「は?」
「俺にははるかしかいないし、はるかにも俺しかいないんで」

再び、重たい沈黙が流れる。
先ほどとは違い、憐みのような視線が瑛に向けられていた。

「じゃあ…なんで、そう思えるの?」

気を取り直すようにグラスを仰いで、千景が問う。
瑛は考える間もなく答えた。

「はるかがそう言ってるからですけど」
「はあ…?」

正也が耐えきれないといった様子で口を開いた。かなりのアホ面になっている。

「まあ…それだけ瑛は、はるかちゃんの言葉を信じられるってことだね。幸せなことだよ」
「それは…そうっすね」
「それなら逆に、はるかちゃんは、瑛の言葉をどれだけ信じられているのかな」

今度は瑛が、はっと口を開いた。

「ふさわしいかどうか悩むくらいには、瑛から愛されてるって自覚が持ててないんじゃないの?」
「マジっすか…?こんな激重男なのに…?」
「重くても何でも、それが欲しい言葉や、態度じゃなかったら愛は感じないでしょ」
「おお…チカさんすげー…!」

正也のアホみたいな感想は置いておいて、瑛の背中には先ほどから嫌な汗が滲んでいた。
どうしようもなく胸がざわつく。

「瑛先輩、なんかマズいこと言ったりしてないですか?」

トドメのような冬真の一言に、なぜかそれまで記憶の彼方に消えていた“それ”を、思い出した。


あれも、拓真と貴文と三人、カウンターだけの店で飲んでいた夜のことだった。


“早くはるかのこと抱きたい。早く帰ってきて”


「最低…」
「最低だね」
「最低だな!」
「最低、だな…」

満場一致の感想に、瑛も今更ながら同意を唱える。

「まあ、でも、あれは…はるかがドラマの仕事でずっと家にいなくて、寂しかったから…」
「だからってそれはないでしょ。そういうの目当てで付き合ってんのかって思われますよ」
「そんなわけねーだろ!」
「言われた方がどう思うかって話なんですよ」
「はあ、まさかここまでだったとは…」

呆れ果てた千景が、拓真も何か言ってやりなよ、などと匙を投げる。
拓真はしばらく考えて、瑛を見た。

「ふさわしいかで悩んでいるというなら…ドラマやテレビの仕事を頑張っていたのは、お前のためでもあったんじゃないのか?」

その言葉には、他の三人も目を見張った。

「選手の妻といったら芸能人も多いから、そういう仕事も断らずにやってたんじゃないか?あまり好きではなさそうだろう」
「確かに、めちゃくちゃガチガチでしたもんね!逆にそれが大ウケでしたけど」
「まあ、本人から聞かないと本当のことは何もわからないけどな」

もし、拓真の推測が本当だったなら。

はるかは瑛にふさわしい存在になりたくて頑張っていたのに、それを瑛は“遠くへ行ってしまいそうで嫌だ”などとごねていたというのか。

最近は一般女性と結婚する選手だって多いし、はるかにしても“一般女性”の域はとうに出ているだろうと思う。
しかし彼女は昔からのプロ野球ファンで、好きな選手として挙げるのもベテラン級ばかりであることを考えると、まだそんなイメージを持っていてもおかしくはないのかもしれない。

瑛にはまったく持ち合わせていない視点だった。

「…とりあえず、キャンプ終わったら帰って土下座だね」
「今度は伝説じゃなく、ガチのやつですね」
「今すぐ謝罪したい…」
「今すぐはやめておけ。お前はもう少し、よく考えて行動した方がいい」

“一年かけて分からせてやる”なんて豪語したけれど、自分は人としてもっと根本的な部分を直した方がいいのかもしれないと、肩を落とした。
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