[Theme 01]3年目編
18
甲子園球場を後にしてからは、異国情緒あふれる洋館の街を散策したり、港のタワーに昇ったり、中華街で肉まんを頬張ったりした。
瑛と一緒じゃなくても、こんな旅行らしい旅行をしたのははじめてだったので、何もかもが新鮮な心持だった。
母親と二人海を渡ったのは、ある意味旅行のようなものだったかもしれないけれど──いや、やはりあの日々を、そんな楽しげな名前で呼ぶことはできない。
その間もずっと手を繋がれたままで、人混みではどぎまぎしてしまった。
一方、瑛は何一つ気にしていない表情。
“もう知らないぞ”と投げやりな気分にもなりかけたが、せめて瑛の名前を呼ばないようにだけは気を付けていた。
日が暮れる頃、散策を終えてホテルにチェックインした。
「わあすごい…」
ホテルの名前は聞いていたけれど、まさかスイートルームだったなんて。
今の瑛なら、それほど驚くようなことでもないのだろうか。
卒業式の日、シティホテルの部屋に目を丸くしていた瑛の姿を、ひどく懐かしく感じた。
「とりあえず着替えて、行こうか」
瑛の声に、我に返る。
こんな素敵なところに連れて来てくれたのに、ぼうっとしているのでは申し訳ない。
「うん、そうだね」
上手に笑えていただろうか、少し不安に思う。
最上階のレストランからは、さらに高い視点から夜景を見下ろすことができた。
しかしはるかの視線はずっと、向かい合って座る瑛の姿に釘付けで。
いつも遠征の時に着ているスーツ。
すっかり“大人の男性”になった彼によく似合っていて、何度見てもときめいてしまう。
個室でディナーコースというシチュエーションも相まって、なんだかふわふわと落ち着かなかった。
対する瑛は家で食事をしている時と同じようにリラックスしている様子で、なんだか気が引けるような思いさえしてきた。
社会人になるのは俺の方が先、なんて意地を張って言っていたのも、言い得て妙だったのかもしれない。
そんな瑛が急によそよそしくなったと思ったら、スタッフがケーキを運んできてくれた。
プレートには“Happy Birthday Haruka”と記され、ロウソクの火がゆらゆらと揺れている。
「わ…ありがとう…!」
はるかに内緒で、あれこれスタッフと打ち合わせる瑛の姿を想像すると、ほっこりと笑みがこぼれた。
スタッフが照明を落としてくれて、夜景もより一層きらびやかに見える。
瑛がやけにそわそわと落ち着かないので、早くこの火を吹き消して欲しいのかと、身を乗り出した。
「あ、待って…」
すると瑛は、慌てた様子で立ち上がった。
その手には、ちょうどテーブルの陰に隠れて見えなかった、真っ赤なバラの花束を持って。
「はるか」
ぞくり、心臓が凍り付くような感覚。
「誕生日、おめでとう」
はるかの目の前に片膝をついた瑛が、花束を差し出してきた。
視界に広がる赤に、指先が震える。
──待って、瑛くん。
声にならない声が、喉の奥に痞える。
凍り付いたはずの心臓がどくどくと早鐘を打って、息が上がりそうだった。
どうしてこんな時に、自分はこんな心境に陥っているんだろうか。
瑛がポケットから取り出した小さな箱を、ぎこちない所作で、はるかの目の前に運ぶ。
そしてゆっくりと、その箱を開いた。
「結婚しよう」
ダイヤモンドが、揺れた。
瑛が自分のすべてで、きっと瑛にとっても、自分がすべてで。
だけど本当にそれでいいのだろうかと、いつからか思い悩んでいた。
「瑛、くん…」
こちらを見上げる瑛の顔が、蜃気楼のように揺らめいている。
「…ごめん。ごめん、なさい…」
あなたにそんな顔をさせてしまって。
あなたのために強く、なれなくて。
甲子園球場を後にしてからは、異国情緒あふれる洋館の街を散策したり、港のタワーに昇ったり、中華街で肉まんを頬張ったりした。
瑛と一緒じゃなくても、こんな旅行らしい旅行をしたのははじめてだったので、何もかもが新鮮な心持だった。
母親と二人海を渡ったのは、ある意味旅行のようなものだったかもしれないけれど──いや、やはりあの日々を、そんな楽しげな名前で呼ぶことはできない。
その間もずっと手を繋がれたままで、人混みではどぎまぎしてしまった。
一方、瑛は何一つ気にしていない表情。
“もう知らないぞ”と投げやりな気分にもなりかけたが、せめて瑛の名前を呼ばないようにだけは気を付けていた。
日が暮れる頃、散策を終えてホテルにチェックインした。
「わあすごい…」
ホテルの名前は聞いていたけれど、まさかスイートルームだったなんて。
今の瑛なら、それほど驚くようなことでもないのだろうか。
卒業式の日、シティホテルの部屋に目を丸くしていた瑛の姿を、ひどく懐かしく感じた。
「とりあえず着替えて、行こうか」
瑛の声に、我に返る。
こんな素敵なところに連れて来てくれたのに、ぼうっとしているのでは申し訳ない。
「うん、そうだね」
上手に笑えていただろうか、少し不安に思う。
最上階のレストランからは、さらに高い視点から夜景を見下ろすことができた。
しかしはるかの視線はずっと、向かい合って座る瑛の姿に釘付けで。
いつも遠征の時に着ているスーツ。
すっかり“大人の男性”になった彼によく似合っていて、何度見てもときめいてしまう。
個室でディナーコースというシチュエーションも相まって、なんだかふわふわと落ち着かなかった。
対する瑛は家で食事をしている時と同じようにリラックスしている様子で、なんだか気が引けるような思いさえしてきた。
社会人になるのは俺の方が先、なんて意地を張って言っていたのも、言い得て妙だったのかもしれない。
そんな瑛が急によそよそしくなったと思ったら、スタッフがケーキを運んできてくれた。
プレートには“Happy Birthday Haruka”と記され、ロウソクの火がゆらゆらと揺れている。
「わ…ありがとう…!」
はるかに内緒で、あれこれスタッフと打ち合わせる瑛の姿を想像すると、ほっこりと笑みがこぼれた。
スタッフが照明を落としてくれて、夜景もより一層きらびやかに見える。
瑛がやけにそわそわと落ち着かないので、早くこの火を吹き消して欲しいのかと、身を乗り出した。
「あ、待って…」
すると瑛は、慌てた様子で立ち上がった。
その手には、ちょうどテーブルの陰に隠れて見えなかった、真っ赤なバラの花束を持って。
「はるか」
ぞくり、心臓が凍り付くような感覚。
「誕生日、おめでとう」
はるかの目の前に片膝をついた瑛が、花束を差し出してきた。
視界に広がる赤に、指先が震える。
──待って、瑛くん。
声にならない声が、喉の奥に痞える。
凍り付いたはずの心臓がどくどくと早鐘を打って、息が上がりそうだった。
どうしてこんな時に、自分はこんな心境に陥っているんだろうか。
瑛がポケットから取り出した小さな箱を、ぎこちない所作で、はるかの目の前に運ぶ。
そしてゆっくりと、その箱を開いた。
「結婚しよう」
ダイヤモンドが、揺れた。
瑛が自分のすべてで、きっと瑛にとっても、自分がすべてで。
だけど本当にそれでいいのだろうかと、いつからか思い悩んでいた。
「瑛、くん…」
こちらを見上げる瑛の顔が、蜃気楼のように揺らめいている。
「…ごめん。ごめん、なさい…」
あなたにそんな顔をさせてしまって。
あなたのために強く、なれなくて。