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[Theme 01]3年目編

17

神岡から飛行機で、西へ。
空港リムジンで県境を渡り、瑛にとっては交流戦以来だが、はるかにとっては3年ぶりとなる、その場所を訪れた。

レンガ造りの外観が目に入るなり、胸がぎゅっと詰まって、上手く息ができなくなる。

オフシーズンで人通りもまばらな中でも、瞳を閉じればスタンド一杯の歓声や、吹奏楽の音、そして戦う瑛の姿がすぐそこにあるようだった。

試合結果が記されていたボード。

ユニフォームに黒土を纏わせたままの瑛に、抱き締められた場所。

あの日のツーショットは、さすがにもうロック画面にはしていないけど、お気に入りフォルダに大切にしまっている。

「…歴史館とか、見る?」
「あ…」

じんわりと涙すら浮かんできた時、瑛がそう言った。

その手はさりげなく、はるかの手を握って。

珍しくすんなりとメガネをかけてくれたとはいえ、場所が場所なので危ないんじゃないかとも思ったけれど──どうしてもその手を振りほどきたくなくて、そっと握り返した。



球場の歴史を紹介する展示の数々に、はるかは我を忘れて見入っていた。

贔屓球団でなくとも、当然知っているようなエピソードばかり。
実際のユニフォームや道具類の展示を前にした瞬間などは、大声を出さないように必死だった。
静かにぎゅっと唇を結ぶ姿を、何度も瑛に笑われてしまっている。

奥へ進むと、高校野球についてのエリアも展開されていた。
歴代の名勝負にまつわるエピソードや、今年の試合結果など。

鷺嶋は瑛の下の代から甲子園を逃しており、高峰の時代に戻りつつあるという。
その高峰は、こうして展示パネルに登場するほどの活躍を見せている。

はるかは卒業生として、そして今も影ながら鷺嶋野球部を応援する者として、甲子園に返り咲く日を祈り続けている。


繋いだ手にふと、力がこもった。

隣を見上げれば、瑛もまた、真剣な眼差しをどこかへ向けていた。

その先を辿ると、スクリーンに試合の映像が映し出されている。
過去の名勝負を投影しているようで、ちょうど名門校の球児が豪快な一発を放つシーンだった。

そのまましばらく、ふたりはそこに立ち尽くしていた。



「わ…」

一気に開かれた視界に、思わず声を漏らす。

そこはバックスクリーンの真下、球場全体を見渡せる場所だった。

「こんなとこ、入れるんだね…!」
「まあ、すぐそこ座席だしな」

そう言いつつも、内野手の瑛にとって後方からの眺めは新鮮だったのか、興味深そうに眺めている。

はるかも改めて、その場所を見据えた。


──あのさ、

思い出したのは、まだ再会したばかりの、体育祭の日。


「うん?」
「来年の夏は、もっと楽しくなるといいな」


その瞬間から、はるかの“新しい夏”がはじまった。


そして誰よりもがむしゃらに、命さえ削るように、その場所を目指して戦い続ける背中を、いつも見ていた。

打席に入る背中が好きだ。
気が遠くなるほどの努力を物語る、硬い手の平が好きだ。

それを誰よりも近くで見ていたのは、間違いなく──自分だった。


「次も、来年も、その先のまた新しい景色も…何度だって見せてやるから、もう泣くなよ」


あどけない表情で、土まみれで、制汗剤でごまかしきれない汗のにおいを滲ませて。
そんな彼の笑顔が、本当に眩しくて。


──ああきっと、わたしは“あの夏”にとらわれている。


瑛の夏は終わった。

あの日、ここから見渡す、あの場所で。

そして次の世界へ踏み出し、次から次にまた新しい景色を見せてくれている。
はるかだけでなく、多くの野球ファンたちに。


だけどはるかの心は、きっとあの夏のまま。


苦しみばかりだったその季節を塗り替えてくれた、あまりに眩しい景色の中で、何度も同じ夢を見ている。

小気味の良い木製バットの音じゃなくて──


空をも劈くような、高らかな金属バットの音を。



「はるか、はるか…!」

肩を強く揺すぶられて、ようやく我に返った。

瑛が切羽詰まったような表情で、はるかを見下ろしている。
その姿はぐらぐらと揺らいでいた。

「…わ、ごめん…なんか、感極まっちゃって」

慌ててハンカチを取り出して、目元を押さえる。
瑛はほっと息を吐いて、はるかの空いている手を握りなおした。

「…あ、そういうわけで、今プライベートなんで」
「え?」

瑛が背後に向かって声をかけたので、驚いて振り返る。

「ええ、すいません。素敵な彼女さんですね。来シーズンも頑張ってください!」
「どうも」

そこには初老の男性が立っていて、微笑ましそうな表情で歩いていった。
はるかが意識を飛ばしていた間に、瑛に気付いて声をかけてきたのだろう。

「い、今のまずかったんじゃ…」
「たぶんペラペラ言うタイプじゃねえだろ。言ってもらってもいいんだけど…」
「確かにそんな気はしたけど…でも!」
「いいんだって、もう」

そう言って穏やかな笑みを浮かべる瑛の様子に、なぜだか無性に胸騒ぎがした。
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