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[Theme 01]3年目編

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ハリアーズはマジックナンバーを着実に減らし、他球団の試合結果次第では今夜にもリーグ優勝が決まるかもしれない、というところまで来た。

ここまで来ると平日でもかなりのファンが詰めかけ、通路は色とりどりのユニフォームを着た人々でごった返している。

「…あれ?」

人混みから逃れるように壁際に佇む、小さな子供の姿がふと目に入った。
周りに家族らしき人影は見当たらない。

今にも泣きそうな顔で、それでも何も言わず、きゅっと唇を結んでいるその表情は──どこか小さい頃の瑛を彷彿とさせた。

はるかは意を決して、その少年のもとへ歩み寄っていった。

「わたし、しがないハリアーズファンの者ですが…誰かと一緒に来てるの?」

しゃがみ込んで、目線を合わせる。

「…母さんと」

絞り出すように言ったその声も、はじめて出会った頃の瑛にそっくりだった。

「どこにいるかわかる?」

ふるふる、俯いた顔を横に振る。

「何か、連絡をとれるものは持ってる?」

ふるふる。

「そっか。じゃあ、スタッフさんにお願いして探してもらおうね」

はるかが立ち上がると、少年はついてきてくれる様子だった。
勝手に手を繋ぐのも躊躇われたので、はぐれないようにしっかり見守りながら、球団スタッフを探す。
幸いそこはまだゲートの傍で、すぐにその姿を見つけられた。

「すみません、迷子みたいなんですけど…」
「あ、本当ですか。ありがとうございます。ぼく、お名前は?」

スタッフが問いかけると、少年が不安げにはるかの顔を見る。
安心させるようにそっと微笑むと、小さな口が開かれた。

「藤堂です」
「え?」
「藤堂 マコト。母さんは直子です」



「本当に、ありがとうございます…!」

真っ青な顔で頭を下げる女性に、はるかは慌てて首を振った。

「いえいえ!すぐに見つかってよかったです!」

さほど遠くにはいなかったようで、スタッフと話しているうちにその女性は現れた。

藤堂 直子──旧姓、大石。
プロ野球選手との結婚から数年後に芸能界を去った、元・国民的人気俳優。

そしてその“プロ野球選手”といえば、もちろん──

「あれ、もしかして…うちの人のファンですか?」
「えっ」

顔を上げた直子の視線が、はるかのバッグのキーホルダーに吸い寄せられる。
小さなユニフォーム型のそれには、かの人の背番号。

「す、すいません…!至って純粋な気持ちで、心の底から応援させていただいております…!」
「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです。もう一つは…日坂君かな?」
「あ…は、はい…!」

直子の姿が見えるなり、ぎゅっと直子の手を握って離さない真もまた、二つ並んだキーホルダーを見上げていた。

「お姉さん…ヒノの、コンヤクシャ?」
「えっ!?」

あまりに突拍子のない発言に、声が裏返る。

「あれ…ああ、もしかして!…月城 はるかさん?」

声を落として、直子が尋ねた。

いろいろな衝撃が一気に押し寄せて、はるかはこくこくと頷くことしかできなかった。



それから一体なぜ、こんなことになっているのか。

「ごめんなさいね、急に付き合ってもらって」

一度別れて試合を観た後、はるかは再び藤堂親子とともに、球場からほど近い和食店に来ていた。

なお、試合の結果は振るわず、残り“1”のマジックナンバーは据え置きとなった──直子も“こういうとこで決めきれないのよねえ”なんて苦笑していた──。

「い、いえ…!光栄至極に存じます…!」
「ふふ。そんなに硬くならなくていいのに。ね、マコちゃん」

そう言ってなだめられるのは、数日前に真凛と会った時のようだ。

真はお子様セットの写真を眺めて、瞳をきらきらと輝かせている。
無口だけど素直な子だと、球場で会った時から思う。

「この子、こんな感じですごく静かだから…泣いたり大声出したり全然しなくて。だからああいうとこで絶対目を離さないように気を付けてるんですけど…」
「そうなんですか…」
「ええ。なので、本当に助かりました。ありがとうございます」
「そんな…!」
「お礼なので、お好きなもの召し上がってくださいね」

試合前は不安の拭えない表情だったが、今目の前ではるかに微笑む直子は、穏やかさを取り戻した様子だ。
さすがにテレビで見かけていた頃よりは年齢を感じるが、ついまじまじと見入ってしまうほどの美貌だった。

「日坂君には、何度かお会いしたことがあるんです。この子も一緒に」
「そ、そうだったんですね…!」

衝撃の新事実に、果てしなく瑛が羨ましく感じたが、よく考えればありえない話ではないのかもしれない。

「その時に月城さんのこと、聞いてました」
「え…」
「アメリカに行かれてたんですよね?結婚は、いつ頃されるんですか?」

──ヒノの、コンヤクシャ?

球場での、真の発言が思い出される。

思えば瑛の一軍戦初出場を見届けた夜も、電話口で佑人がそんなことを言っていた。

そうでも言わなければ、まだ高卒3年目で寮を出るのは難しかったのかもしれない。
それならここで否定してしまうと、マズい気がして──佑人にはうっかり本当のことを言ってしまった気がするけれど──。

「まだ、具体的には…」

曖昧に答えて、笑った。

「あ…ごめんなさい。いきなり込み入ったこと聞いちゃって」

はるかの力のない笑みを見て、直子は形の良い眉を下げた。

「その…もし、もうすぐ結婚するなら、選手の奥さん同士仲良くできるかなって…」
「え…?」
「ふふ。友達いないんです、私。恥ずかしながら…」

それは、にわかには信じられない言葉だったけれど。

確かに若くして芸能界を離れ、見ず知らずの土地に移り住み、もう十数年と家庭を守っている状況ではなかなか交友関係を広げるのは難しいのかもしれない。

「でもわたし、ただのしがない一般人ですが…」
「私だって今はそうですよ。月城さんの方がテレビとか出てらっしゃるじゃない」

聞き覚えのあるセリフ。

頭の中で瑛がほらな、と鼻で笑った気がした。

「い、今だけですよ…」
「動画とかもされてるんでしょう?日坂君に教えてもらって、私も時々観てるんです。あれって生でずっと弾いてるんですか?」

あの人は、一体誰に、どこまで話しているのか。
考えるとおそろしくなった。

「配信の時は、生ですね…」
「すごい!ね、マコちゃん。マコちゃんもピアノの動画観たことあるもんね?」

直子の問いかけに、真はただ静かにこくりと頷いた。

「ごめんなさい、この子人見知りで…」
「いえいえ。ちゃんとお名前とか言えて、えらかったですよ」
「まあ…ありがとうございます。よかったね、マコちゃん!」

素直な気持ちを伝えただけのつもりが、直子はひどく安堵したように笑った。

「“奥さん同士”はまだ早かったみたいだけど…よかったら、時々こうして遊んでくれませんか?シーズン終わったら、お互いのパートナーも交えて」

その申し出には、全身にとてつもない緊張感が走ったけれど。
直子の表情を見ていると、断るのは躊躇われるような気がしてしまった。
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