[Theme 01]3年目編
13
「はるかさん!お疲れ様でした!」
もう一生分の恥をかいた、真っ白に燃え尽きたような心持で立ち尽くしていると、ひかりが駆けてきた。
本番中と変わらない、眩しい笑顔だ。
「お疲れさまです。あの、本当にありがとうございました…」
「ええ?」
「ひかりさんがいなかったら、骨さえ残りませんでした…」
「骨以外も残ってますよ!はるかさん、すごい良かったと思いますよー!」
くらくらと眩暈すらしそうな笑顔を浮かべながら、缶コーヒーを差し出してくれた。
人気俳優にこんな気を遣わせてしまうとは、と反省しつつ、おずおずと受け取る。
「はるかさん、いつも素敵ですけど、華やかなメイクも似合いますね!」
「え…っ!」
今日はテレビ出演ということで、プロのヘアメイクが施されていた。
ドラマの撮影でもヘアセットまではしてもらうこともあったけれど、はっきりと顔を出すのはこれがはじめてのことで。
いつも自分でするのとは違う、撮影向けのはっきりと濃い目のメイク。
せっかくなら瑛にも見てもらいたかったな、でも番組は観て欲しくないな、などと思いを巡らせる。
「うわー、これ完全にやってるわー」
通路の先から、男性の声が聞こえてきた。
「こんなんわざわざ置いて、100パー匂わせでしょ」
「その背番号誰だっけ?ええと…日坂?」
缶コーヒーをぶん投げそうになった。
ひかりからもらった大切な一本なので、全力で阻止したけれど。
男性は三人組だったようで、出で立ちを見るにどこかの番組のスタッフだろうか。
彼らはスマートフォンを片手に、自販機へと歩み寄る。
「こないだまで三駒じゃなかった?サッカーの」
「結婚したじゃん、そいつ。しかも同じ事務所の後輩と」
「エグいなー。それで次は野球ってこと?でもなんでまた…」
「顔だろ顔!まだ競合少ないだろうし」
下品な笑い声が上がる。
「はるかさん…?」
「あっ、す、すいません…!」
気付けばひかりが心配そうに首を傾げていた。
「…ああいうの、ちょっと嫌なかんじですよね」
はるかにしか聞こえないように、小さな声で囁く。
唐突に縮まった距離に、同性でもどきりとしてしまった。
「たぶん…エリさんの話してるんだと思います。モデルの」
「エリさん…?」
「はい。匂わせみたいなの、よくする人で…」
先ほど、男性たちも口にしていたその言葉。
天使か何かの類だとしか思えないひかりですら、陰口のようにそう言うということは、よっぽど困った人なのだろうか。
噂話で人を判断してはいけないと思いつつも、あんな会話を聞いてしまったら、気になるのは仕方のないことで。
“好きなものでいっぱいのテーブル♡”
そんな一言を添えてSNSに載せられていたのは、自宅の一角だろうか、テーブルの上に様々な小物が並べられた写真だった。
リップやバッグ、文庫本やティーカップ、アフタヌーンティーのように並べられたスイーツ。
そしてその片隅に、小さなクマのぬいぐるみが、こちらに背を向ける形で置かれていた。
それがハリアーズの球団グッズであることは、はるかには一目瞭然。
クマに着せられたユニフォームの背番号は、紛れもなく瑛のものだった。
──見なかったことにしよう。
だから何、という話ではないのだ。
瑛ほどの選手だ、芸能人にファンがいたって何らおかしなことではない。
テレビ局にいた男性たちは、なぜだか意外そうにしていて内心腹が立ったけれど。
気持ちを切り替えてSNSを閉じようとしたその時、彼女の新たな投稿が表示された。
“最近のルーティン♡”
トレーニングジムと思しき空間で、タオルを片手にポーズを決めている写真。
そのタオルにははっきりと、瑛の名が記されていた。
「せめて球場に行け!」
そのタオルは汗を拭くものではない、はるかはぎりぎりと拳を握った。
噂話で人を判断してはいけない。
ましてやSNSの投稿でその人となりを測るなど、もってのほかだ。
だけどかつての“女子高生インフルエンサー”の一件もあって、どうしても嫌な予感しか浮かんでこないのだった。
「モデルのエリさん、日坂選手のこと狙ってるそうですけど?」
その写真をそうやって瑛に見せつけたのは、ほんの出来心だった。
彼女の匂わせ行為は既に野球ファンの間にも知れ渡っていたようで、瑛を憐れむようなコメントが飛び交っていた。
ここで“瑛”とは言わなかったのは、試合の外の瑛のことは、まだ自分しか知らないと思いたかったからか。
「誰だそれ…」
瑛は心の底から分からない、といった顔でそう言った。
いっそ不快そうに眉根が寄るのを見て、胸の中に安堵が広がる。
──でも、なんかやだな。こんなことしてほっとしてるの。
なんだかとてつもなく不毛なことをしてしまった気がして、微笑みながらも心はずしりと重たかった。
「はるかさん!お疲れ様でした!」
もう一生分の恥をかいた、真っ白に燃え尽きたような心持で立ち尽くしていると、ひかりが駆けてきた。
本番中と変わらない、眩しい笑顔だ。
「お疲れさまです。あの、本当にありがとうございました…」
「ええ?」
「ひかりさんがいなかったら、骨さえ残りませんでした…」
「骨以外も残ってますよ!はるかさん、すごい良かったと思いますよー!」
くらくらと眩暈すらしそうな笑顔を浮かべながら、缶コーヒーを差し出してくれた。
人気俳優にこんな気を遣わせてしまうとは、と反省しつつ、おずおずと受け取る。
「はるかさん、いつも素敵ですけど、華やかなメイクも似合いますね!」
「え…っ!」
今日はテレビ出演ということで、プロのヘアメイクが施されていた。
ドラマの撮影でもヘアセットまではしてもらうこともあったけれど、はっきりと顔を出すのはこれがはじめてのことで。
いつも自分でするのとは違う、撮影向けのはっきりと濃い目のメイク。
せっかくなら瑛にも見てもらいたかったな、でも番組は観て欲しくないな、などと思いを巡らせる。
「うわー、これ完全にやってるわー」
通路の先から、男性の声が聞こえてきた。
「こんなんわざわざ置いて、100パー匂わせでしょ」
「その背番号誰だっけ?ええと…日坂?」
缶コーヒーをぶん投げそうになった。
ひかりからもらった大切な一本なので、全力で阻止したけれど。
男性は三人組だったようで、出で立ちを見るにどこかの番組のスタッフだろうか。
彼らはスマートフォンを片手に、自販機へと歩み寄る。
「こないだまで三駒じゃなかった?サッカーの」
「結婚したじゃん、そいつ。しかも同じ事務所の後輩と」
「エグいなー。それで次は野球ってこと?でもなんでまた…」
「顔だろ顔!まだ競合少ないだろうし」
下品な笑い声が上がる。
「はるかさん…?」
「あっ、す、すいません…!」
気付けばひかりが心配そうに首を傾げていた。
「…ああいうの、ちょっと嫌なかんじですよね」
はるかにしか聞こえないように、小さな声で囁く。
唐突に縮まった距離に、同性でもどきりとしてしまった。
「たぶん…エリさんの話してるんだと思います。モデルの」
「エリさん…?」
「はい。匂わせみたいなの、よくする人で…」
先ほど、男性たちも口にしていたその言葉。
天使か何かの類だとしか思えないひかりですら、陰口のようにそう言うということは、よっぽど困った人なのだろうか。
噂話で人を判断してはいけないと思いつつも、あんな会話を聞いてしまったら、気になるのは仕方のないことで。
“好きなものでいっぱいのテーブル♡”
そんな一言を添えてSNSに載せられていたのは、自宅の一角だろうか、テーブルの上に様々な小物が並べられた写真だった。
リップやバッグ、文庫本やティーカップ、アフタヌーンティーのように並べられたスイーツ。
そしてその片隅に、小さなクマのぬいぐるみが、こちらに背を向ける形で置かれていた。
それがハリアーズの球団グッズであることは、はるかには一目瞭然。
クマに着せられたユニフォームの背番号は、紛れもなく瑛のものだった。
──見なかったことにしよう。
だから何、という話ではないのだ。
瑛ほどの選手だ、芸能人にファンがいたって何らおかしなことではない。
テレビ局にいた男性たちは、なぜだか意外そうにしていて内心腹が立ったけれど。
気持ちを切り替えてSNSを閉じようとしたその時、彼女の新たな投稿が表示された。
“最近のルーティン♡”
トレーニングジムと思しき空間で、タオルを片手にポーズを決めている写真。
そのタオルにははっきりと、瑛の名が記されていた。
「せめて球場に行け!」
そのタオルは汗を拭くものではない、はるかはぎりぎりと拳を握った。
噂話で人を判断してはいけない。
ましてやSNSの投稿でその人となりを測るなど、もってのほかだ。
だけどかつての“女子高生インフルエンサー”の一件もあって、どうしても嫌な予感しか浮かんでこないのだった。
「モデルのエリさん、日坂選手のこと狙ってるそうですけど?」
その写真をそうやって瑛に見せつけたのは、ほんの出来心だった。
彼女の匂わせ行為は既に野球ファンの間にも知れ渡っていたようで、瑛を憐れむようなコメントが飛び交っていた。
ここで“瑛”とは言わなかったのは、試合の外の瑛のことは、まだ自分しか知らないと思いたかったからか。
「誰だそれ…」
瑛は心の底から分からない、といった顔でそう言った。
いっそ不快そうに眉根が寄るのを見て、胸の中に安堵が広がる。
──でも、なんかやだな。こんなことしてほっとしてるの。
なんだかとてつもなく不毛なことをしてしまった気がして、微笑みながらも心はずしりと重たかった。
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※選手タオルの用途は自由です。