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[Theme 01]3年目編

10

甲子園球場を後にしてからは、異国情緒あふれる洋館の街を散策したり、港のタワーに昇ったり、中華街で肉まんを頬張ったりした。

はるかとふたりで、そうでなくとも人生において、こんなに旅行らしい旅行をしたのははじめてだった。
父親はとにかく男手一つ、それも小学一年生から野球をやっている自分を育てるのに精一杯だっただろうから。

はるかもそれは同じだったのか、どこへ行っても、何を見ても瞳をきらきらと輝かせていた。

瑛がずっと手を繋いだままでいることには動揺していたようだけど、途中からはもう投げやりになっている様子だった。
それでも頑なに瑛の名前を呼ぶことはなく、そんなはるかの姿を見るのもこれが最後かと思うと微笑ましい気もした。



日が暮れる頃、散策を終えてホテルにチェックインした。

「わあすごい…」

窓の向こうには夜景が広がる、高層階のスイートルーム。
言葉を失っているはるかの様子に、瑛はほくそ笑んだ。

卒業式の日、当時の自分にとっては別世界のような部屋に驚かされた仕返しとしては、十分すぎる空間だろう。

「とりあえず着替えて、行こうか」

声が震えていなかったかと、少し不安になる。

「うん、そうだね」

はるかは穏やかに笑っているので、問題ないようだ。


ディナーに最上階のレストランを予約していることは伝えていて、ふたりともドレスコードに合った服装を用意していた。

はるかはライブで着ているドレスを持ってくるかと思っていたが、わざわざ新調してくれたらしい。
シンプルなブラックワンピースに、生地の光沢が上品な華やかさを添えている。
メイクも少し変えたようで、いつも以上にぐっと大人びて見えた。

あれこれ考えた挙句、結局遠征の時と同じスーツを選んだ自分がなんとなく気恥ずかしい。

それでもはるかはちらちらと瑛の姿を見ては、ほんのりと頬を染めているので、これで正解だったのかもしれない。

そんな調子ではじめはどこかよそよそしいふたりだったけれど、個室でディナーを楽しんでいると、普段家で食事をしている時と同じようにリラックスできた。

部屋から見るよりもさらに高い視点から見下ろす夜景はとても美しいけれど、こんなふうにはるかとふたりきりで過ごす時間の方が、何倍も美しいと思った。

この時間が、ずっと続けばいい。

すべての苦しみからはるかを守りたい。

もう二度と、離さない。


「わ…ありがとう…!」

はるかに内緒で用意したバースデーケーキ。
ゆらゆらと揺れるロウソクの火を見つめて、はるかが微笑む。

スタッフが照明を落としてくれたようで、夜景がより一層きらびやかに見えるけれど、瑛にはそれどころではなくて。

「消していい?」
「あ、待って…」

ロウソクを吹き消そうと身を乗り出しかけたはるかに、慌てて立ち上がる。

そして、ケーキを運んできたスタッフが、はるかからは死角になる場所に置いてくれていた花束を、そっと手に取った。

「はるか」

はっと息を呑んだはるかの前で、片膝をつく。

「誕生日、おめでとう」

花束を差し出すと、はるかはおずおずと受け取ってくれた。
そっと抱え込む手が少し震えているのは、これから起こることを感じとったからだろうか。

瑛の手も同じく──いや、それ以上に震えている。
今まで、試合中のどんな場面でだって、こんなふうにはならなかった。

だけどそんな自分でさえ、彼女はあたたかく包み込んでくれるだろうから。


ポケットから取り出した小さな箱を、ぎこちない所作で、はるかの目の前に運ぶ。


そしてゆっくりと、その箱を開いた。


「結婚しよう」


星の瞳が、揺れた。



はるかが自分のすべてで、きっとはるかにとっても、自分がすべてで。
だから自分ははるかのことを、何もかも理解しているつもりでいた。


「瑛、くん…」


満天の星空から雨のように、涙があふれては流れていく。


その涙は昼間、甲子園のバックスクリーン下で見たのと同じ。
あの時は気付かなかった。

そうかこれはやっぱり、喜びや感動じゃなくて──


「…ごめん。ごめん、なさい…」


自分ははるかのことを、何一つ理解していなかった。


はるかがこんなふうに涙を流すなんて、思いもしなかった。
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