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[Theme 01]3年目編

01

「いつになったら会わせてくれんの?」

ロッカールームで、なぜか上裸のままで尋ねてきた先輩に眉を顰める。

ユニフォームを着ていると華奢な印象すらある彼だが、その下に収まっていたとは思えぬ肉体を目にすると、未だにぎょっとしてしまう。

「一応聞きますけど、誰に?」
「はるかだよはるか!一緒に住んでんでしょ?」
「名前呼ぶのやめてもらっていいっすか」

アンダーシャツを脱ぎ捨てながら溜め息をつく。

ドラフト時から“大型遊撃手”などと言われる程度には体格に恵まれていた瑛だが、現役の選手たちに交じればまだまだ心許なく感じた。

「ヒノ、まだ車持ってないんでしょ?送ってくから会わせて♡」
「いや、だからなんで会わせなきゃいけないんすか」
「達さんも会いたいっすよね!」
「俺に振るな。こいつもいろいろ大変なんだからそっとしといてやれ」
「えー、なんすかそれ」

“師匠”の言葉に感謝しつつ、手早く私服を身に纏って立ち上がる。

「お疲れした」
「おいヒノ!送ってくってー」
「マジで大丈夫です。ていうかユートさん家、真逆でしょ」

ゲラゲラと笑うチームメイトたちの声に背を向け、ロッカールームを出る。
近頃は彼らのくだらない口実を封じるためだけに、車の購入を検討しはじめていた。



「駐車場を借りたいんだけど、わたしの名義で契約できるかな?」

夕食後、はるかをキッチンから強制退場させて洗い物をしていると、そんなことを問いかけてきた。

「は、え?駐車場…?」
「うん。あるよね?地下に」

きょとんとした顔がかわいい──いや、そうじゃなくて。

「いやー、半導体不足も深刻だよね。去年買ったのに、帰国に間に合わなくて」
「買ったって何?車を?」
「え?うん」
「…いや、免許は?」

先ほどから洗い物の手は完全に止まっている。
ついでに言うと思考も止まっている。
蛇口の水だけが、止めどなく流れ続ける。

はるかがリビング側から手を伸ばして、それを止めてくれた。
ここからは見えないが確実につま先立ちになっているだろう。かわいい──ではなく。

高校の卒業式の1週間後にはアメリカに渡り、向こうにいる間も決して免許を取る暇などなかったはずだ。
彼女の居場所を“見て”いた限りでも、それらしい様子は一切見られなかった。

「ふふ、ちょっと待ってて!」

はるかがおもむろにリビングを出ていく。
すぐに戻って来るや否や、嬉しそうに何かを掲げてきた。

「じゃん!」

それは紛れもない、運転免許証だった。

少し緊張した面持ちのはるかの写真と、緑色に彩られた有効期限と──

「お前、まさか…!」

交付日と地名に、度肝を抜かれた。

「甲子園の時に、とってましたー!」

──まあいろいろと野暮用がね

あの日、河川敷で聞いたそのセリフを思い出す。
それがまさに、彼女の居場所が見たいと思い至ったきっかけだったりもしたのだけど。

「びっくりした?」
「…やられたわ」
「ふふ!」

満面の笑みで、スキップでもしそうな雰囲気だ。

よく考えれば別に大したことではないのだが、約3年も隠し事をされていたことがなんだか悔しいような、寂しいような。

「瑛くんは1年目のオフにとったんだよね?」
「全然乗ってねーけどな」
「わたしもそんなもんだよ。結局向こうじゃ一回も運転しなかったなあ。あ、でも一応、帰った時には練習してたよ!」
「は!?いつの間に?」
「瑛くんがスマホ見れないタイミングで!」

こうも上手くやられたのでは、居場所を見ている意味がない気がしてきた。
何か手を考えた方がいいかもしれない。

「はあ…で、駐車場?」
「うん、そう!来月やっと納車だから、駐車場用意しときたくて」

“納車”。
プロ野球選手としては3年目を迎えたが、年齢にしてまだ20の瑛にとってそれは、なんとなく大人な響きに聞こえた。



かくしてはるかの“納車”の日は訪れた──ある意味運命的とも言えるタイミングで。

『今日はもう朝から予約で一杯なんですよー!』

居酒屋の一室、瑛はスマートフォンを片手に唖然とした。

「ほらー!マジでジョニーズは交通網終わるから」
「ここまでなります?」
「試合と違って全員一斉に動くからな。客席も多いし」

チームメイトたち何人かで集まっての席。
彼らの本拠地ではその夜、国民的アイドルグループのコンサートが開催されていた。

そろそろお開きというところでタクシーを呼ぼうとしたら、先輩たちに口を揃えて“今からじゃ無理だろ”と言われ、半信半疑で電話をしたらこの通りである。
そんな彼らは事前に予約していたり、迎えを呼んでいたりとしっかり用意をしていたらしい。

そこまで周到にできるくらいなら、そもそもこんな日を選ばないで欲しいものだが。

「カミさん迎えに来るけど、乗るか?」
「えっ」
「マジすかフミさん!いーなー!」

救世主のような申し出だが、彼は他でもない、はるかの長年の“推し”である。
彼との遭遇ではるかが喜ぶところは、正直見たくないのが本音だ。


“迎えにいこうか?”


電話を切った後、そのまま握り締めていたスマートフォンに浮かんだメッセージ。

ニュースか何かで事態を察したのだろうか。

「おっ!はるか迎えにくんの!?」
「げっ」

何の遠慮もなく画面を覗き込んだ佑人と、貴文の顔を交互に見る。

溜め息をぐっと吞み込んで、メッセージアプリを開いた。



「え、マジで?」

ハザードを点滅させながら瑛の目の前に滑り込んできたのは、純白のSUVだった。

まだどこにも傷一つない車体には、控えめなメタリックが上品に艶めいている。
運転席から降りて駆け寄ってきたはるかが、ますます小さく見えた。

「足届く?」
「なんですって!?」

率直な疑問を口にすれば、はるかはぎゅっと眉を寄せて声を荒らげた。
怒っているのだろうが、どう見てもかわいい。

「ごめんごめん、ありがとな」
「…ううん。めちゃくちゃ時間かかっちゃってごめん」

ドアを開ければ、新車特有のにおい──そんなに嗅いだことはないはずなのにそれと分かるのが不思議だ──が鼻をかすめた。

革張りの座席は座り心地がよく、品の良いインテリアもまさに“新品”といった感じだ。

瑛がまじまじと車内を見回している間に、はるかが再び運転席に乗り込む。
座席がかなりハンドル側へ引き出されていた。一応足は届くらしい。

「じゃあ、帰ろっか。来る時よりひどくないと思うんだけど…」

ハザードを止めて、車が走り出す。

この車体とはどうにもちぐはぐに感じたはるかの姿も、目が慣れてくると、これはこれで絵になるような気がしてきた。

自信のない様子だった運転にもこれといった問題は見受けられず、むしろ乗っていてとても心地よい。

「…こういうのが好きなの?」
「え?うーん、まあもう少し小さくてもいいんだけど…」

ちらり、赤信号に照らされながら、はるかが瑛を見た。

「こんなふうに瑛くんを乗せるとき、大きい方がいいかなって」

頬がほんのり色付いたのが、夜の暗がりの中でも分かった。

「…確かに、これだけあればいろいろできそう」
「うん?ああ、保険の手続きすれば瑛くんも運転できるから。わたしが乗らないときは好きに使っていいからね」

──そういう意味じゃねーんだけど。

信号が青に変わる頃、スマートフォンの画面が光った。

“はるか超かわいい!次こそ会わせろよ!”

「…ハア」
「どうしたの?」

百歩譲って見るのはいいけど、はるかが委縮するから遠くからにしてくれと、それだけは譲らなかったのはやはり正解だったようだ。
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