[Theme 03]3年生編
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今年も黒土を駆ける鷺嶋の球児たちを、固唾を吞んで見守っていた。
声を張り上げる瑛の姿に、県大会決勝でのスーパープレーが思い出される。
「え?このカレーめっちゃ美味いじゃん!」
「…あ、杏里ちゃん…」
隣では5ヶ月ぶりに会った杏里が、もぐもぐとカレーを頬張っていた。
高校ではメガネをかけていたがコンタクトになっており、より短く切られた髪も金に近い茶色に染まっていて、駅で待ち合わせた瞬間は誰だか分からなかった。
見慣れてくるとよく似合っていて、なんというか杏里らしい。
「朝食べてないからお腹空いてさー。おはるも今食べとかないと、終わるのお昼過ぎでしょ?」
「今は絶対無理…!」
フェンスの向こうに視線を戻しながら、無意識に胸元をさする。
ほぼ毎試合応援に駆け付けていた去年までとは違い、球場で試合を観ること自体が久しぶりで。
まして、この距離感。
昨年もかなり近い席だったが、その日は最前列を引き当ててしまっていたのだ。
今年もはるかの心臓は、飛び出しそうなほど大きく脈打っていた。
初戦から強豪校が立ちはだかる厳しい組み合わせとなったが、瑛を中心とした堅い守備と、今年のチームの特徴である“丁寧に繋ぐバッティング”、そしてバッテリーの絶妙な配球が噛み合い、わずか1点差に喰らい付いていた。
県大会決勝で完全なる覚醒を果たした祥太のスイングは、近くで見るとより迫力があった。
その祥太を二塁に置き、瑛が打席に立つ。
応援歌は去年と同じ、ふたりの再会の曲。
アウトカウントは未だ1つ。
今年の瑛なら送りバントもあり得るのではないか、もはや何でも仕掛けてきそうな、予測不能な空気を纏っている。
拓真の一軍デビューの記事の影響か、県大会での彼自身の活躍からか、あるいはその両方か。
野球ファンの間では徐々に瑛の知名度が上がりつつあった。
心なしかスタンドからも多くの期待が打席へと降り注いでいるような気がする。
どこか異様な緊張感の中の、初球──
空が割れるような音だった。
青空へと、どこまでも自由に突き抜けていく白球。
誰もがその行方を追い、空を見上げる。
放物線がレフトスタンドへ終着した瞬間、球場全体が熱狂した。
祥太が目の前を通り過ぎていく。
してやられた、といった表情までよく見えた。
そして、至ってポーカーフェイスの瑛が、ジョギングでもするかのように駆けてくる。
どくどくと鼓動が叫ぶ。
視線が、絡み合った。
わずかに細められた、鋭い瞳の熱に浮かされたように、視界が揺らいだ。
鷺嶋高校の初戦突破を見届けたその後も、はるかはしばらく呆然としていた。
杏里はそんなはるかを引きずっていろんなところへ連れ回したけれど、申し訳ないことにほとんど記憶に残っていない。
日本を発つ前にもう一度会う約束をして彼女と別れた時には、夏空はもうすっかり茜色に染まっていた。
まだふわふわとした高揚感が全身に漂っているけれど、時差ぼけによる倦怠感も色濃くなってきた。
宿をとっている駅まで戻る前に、とりあえず栄養ドリンクでも飲もうかと、目についたコンビニに入った。
「えっと、これは、一体何かな…?」
自動ドアを通り抜けてからは、もはや一瞬の出来事だった。
見慣れたジャージ姿でペットボトルを手にする3人組に目を丸くしたのも束の間、店に入ったばかりのはるかは有無を言わさず軒先へと押し返され、壁際で取り囲まれていた。
「あの、大会中に恐喝はまずいよ…!」
「何言ってるんですか」
「いやー、二度目の偶然!先輩はコンビニの妖精っすね!」
「いいのかそれで?」
冬真と正也はともかく、涼とこうして対面するのははじめてだ。
顔を見るなり凄まれるような因縁などないはずである。
「あ、あのー…すいません。ちょっとついてきてもらってもいいですか?」
はるかの怯えた視線に気が付いたのか、涼が申し訳なさそうに言った。
「え、」
「一応これ着てください!あ、ちなみに瑛のなんで安心してください!」
「え?どういう…むぐ」
正也がおもむろに着ていた上着を脱ぎだし、はるかに頭から被せる。
真夏でも上着を着ていたのは肩を冷やさないためだろうかと思ったが、開けた視界の先に映ったTシャツのあまりに独特なセンスに、そういうことじゃなさそうだと納得した。
「やっぱそれやべえな」
「うるせえ!急いで荷造りしたから間違えたんだよ!」
「どういう間違いですか…」
混乱したままのはるかを他所に、3人は仲良く会話を交わしながら、ぐいぐいとはるかを引きずっていく。
「あの…まさかだけど…」
彼らの向かう先に気付きはじめた時には、もう遅かった。
「この先の戦いのためです。鷺嶋野球部のために罪を背負ってください」
少し古そうなホテルの、目と鼻の先。
薄暗い河川敷で、冬真に背中を押された──というより、押し込まれた──。
「おい、お前らどういう…」
そこへ息を切らして駆け込んできたのは、何とも不機嫌そうな顔を浮かべた瑛だった。
今年も黒土を駆ける鷺嶋の球児たちを、固唾を吞んで見守っていた。
声を張り上げる瑛の姿に、県大会決勝でのスーパープレーが思い出される。
「え?このカレーめっちゃ美味いじゃん!」
「…あ、杏里ちゃん…」
隣では5ヶ月ぶりに会った杏里が、もぐもぐとカレーを頬張っていた。
高校ではメガネをかけていたがコンタクトになっており、より短く切られた髪も金に近い茶色に染まっていて、駅で待ち合わせた瞬間は誰だか分からなかった。
見慣れてくるとよく似合っていて、なんというか杏里らしい。
「朝食べてないからお腹空いてさー。おはるも今食べとかないと、終わるのお昼過ぎでしょ?」
「今は絶対無理…!」
フェンスの向こうに視線を戻しながら、無意識に胸元をさする。
ほぼ毎試合応援に駆け付けていた去年までとは違い、球場で試合を観ること自体が久しぶりで。
まして、この距離感。
昨年もかなり近い席だったが、その日は最前列を引き当ててしまっていたのだ。
今年もはるかの心臓は、飛び出しそうなほど大きく脈打っていた。
初戦から強豪校が立ちはだかる厳しい組み合わせとなったが、瑛を中心とした堅い守備と、今年のチームの特徴である“丁寧に繋ぐバッティング”、そしてバッテリーの絶妙な配球が噛み合い、わずか1点差に喰らい付いていた。
県大会決勝で完全なる覚醒を果たした祥太のスイングは、近くで見るとより迫力があった。
その祥太を二塁に置き、瑛が打席に立つ。
応援歌は去年と同じ、ふたりの再会の曲。
アウトカウントは未だ1つ。
今年の瑛なら送りバントもあり得るのではないか、もはや何でも仕掛けてきそうな、予測不能な空気を纏っている。
拓真の一軍デビューの記事の影響か、県大会での彼自身の活躍からか、あるいはその両方か。
野球ファンの間では徐々に瑛の知名度が上がりつつあった。
心なしかスタンドからも多くの期待が打席へと降り注いでいるような気がする。
どこか異様な緊張感の中の、初球──
空が割れるような音だった。
青空へと、どこまでも自由に突き抜けていく白球。
誰もがその行方を追い、空を見上げる。
放物線がレフトスタンドへ終着した瞬間、球場全体が熱狂した。
祥太が目の前を通り過ぎていく。
してやられた、といった表情までよく見えた。
そして、至ってポーカーフェイスの瑛が、ジョギングでもするかのように駆けてくる。
どくどくと鼓動が叫ぶ。
視線が、絡み合った。
わずかに細められた、鋭い瞳の熱に浮かされたように、視界が揺らいだ。
鷺嶋高校の初戦突破を見届けたその後も、はるかはしばらく呆然としていた。
杏里はそんなはるかを引きずっていろんなところへ連れ回したけれど、申し訳ないことにほとんど記憶に残っていない。
日本を発つ前にもう一度会う約束をして彼女と別れた時には、夏空はもうすっかり茜色に染まっていた。
まだふわふわとした高揚感が全身に漂っているけれど、時差ぼけによる倦怠感も色濃くなってきた。
宿をとっている駅まで戻る前に、とりあえず栄養ドリンクでも飲もうかと、目についたコンビニに入った。
「えっと、これは、一体何かな…?」
自動ドアを通り抜けてからは、もはや一瞬の出来事だった。
見慣れたジャージ姿でペットボトルを手にする3人組に目を丸くしたのも束の間、店に入ったばかりのはるかは有無を言わさず軒先へと押し返され、壁際で取り囲まれていた。
「あの、大会中に恐喝はまずいよ…!」
「何言ってるんですか」
「いやー、二度目の偶然!先輩はコンビニの妖精っすね!」
「いいのかそれで?」
冬真と正也はともかく、涼とこうして対面するのははじめてだ。
顔を見るなり凄まれるような因縁などないはずである。
「あ、あのー…すいません。ちょっとついてきてもらってもいいですか?」
はるかの怯えた視線に気が付いたのか、涼が申し訳なさそうに言った。
「え、」
「一応これ着てください!あ、ちなみに瑛のなんで安心してください!」
「え?どういう…むぐ」
正也がおもむろに着ていた上着を脱ぎだし、はるかに頭から被せる。
真夏でも上着を着ていたのは肩を冷やさないためだろうかと思ったが、開けた視界の先に映ったTシャツのあまりに独特なセンスに、そういうことじゃなさそうだと納得した。
「やっぱそれやべえな」
「うるせえ!急いで荷造りしたから間違えたんだよ!」
「どういう間違いですか…」
混乱したままのはるかを他所に、3人は仲良く会話を交わしながら、ぐいぐいとはるかを引きずっていく。
「あの…まさかだけど…」
彼らの向かう先に気付きはじめた時には、もう遅かった。
「この先の戦いのためです。鷺嶋野球部のために罪を背負ってください」
少し古そうなホテルの、目と鼻の先。
薄暗い河川敷で、冬真に背中を押された──というより、押し込まれた──。
「おい、お前らどういう…」
そこへ息を切らして駆け込んできたのは、何とも不機嫌そうな顔を浮かべた瑛だった。