[Theme 03]3年生編
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「瑛!」
涙と汗と、土埃でぐしゃぐしゃの顔を引っ提げた正也が、肩に腕を回してきた。
スライディングの場面はなかったはずなのに、なぜこうも土にまみれているのか。
「鼻水付けんなよ」
「おう、あのタオル貸してくれや!」
「さすがに今持ってねえからロジンでいいか?」
「ぶっ飛ばすぞ!」
「おい、ふざけてないで整列ー!」
直哉に肩を叩かれ、正也を引き剝がす。
何度もこいつと一緒にされては困る、と振り返らずに走った。
「あはは。瑛君、去年よりみんなと仲良さそうですよね」
礼を交わした後、こちらへ向かってくる部員たちを眺めながら渚が口を開いた。
「おはるがいないからってだけじゃない?」
すぐそばの席で試合の行方を見守っていた杏里が、さして興味なさそうに返す。
「うーん…やっぱり、それだけじゃない気がします。僕は」
「へー。まあ、それは渚ちゃんもなんじゃない?」
「え?」
杏里の言葉に目を丸くしていると、フェンスの向こうからの視線に気が付いた。
瑛と正也が二人並んで、渚へ拳を掲げている。
その姿がじわりと滲むのを必死で抑えながら、渚も思い切り拳を突き出した。
“お疲れさまでした”
一見、ひどく淡白なメッセージに頬を緩める。
彼女のことだから、それはもうありとあらゆる感情が、言葉が渦巻く中で捻り出した一言だったのだろう。
“まだ起きてる?”
そのメッセージに既読がつくやいなや、着信画面に切り替わった。
『あ、瑛くん!あの…!』
すぐに耳元に届いた声の、続きを待つ。
『…こ、こんばんは…?』
「ブハッ!」
吹き出さずにいられるわけがなかった。
「去年は暴言吐いて土下座までさせたくせに、何テンパってんだよ?」
『そんなことしてないよ!だ、だって…こうも考える時間があると、逆に何言ったらいいか…』
「じゃあ今どんな下着着てんのか言ってみてよ」
『はい!?甲子園決めた後に言うセリフがそれ!?野球の神様に失礼だよ!!』
「今なら口が滑るかなって」
耳たぶまで真っ赤にしている顔を想像しながら、また笑みがこぼれる。
心地良い疲労感も相まって、夢でも見ているようだ。
『…えっと、おめでとう!最高の夏にしておいで』
そんな気分を一気に現実へと引き戻す、はるかの声。
こういうところが好きなんだと、改めて思った。
「はるかも来るんだろ?」
『あ…うん。もう宿押さえてるよ!』
「住所よろしく」
『さすがに怒るよ』
「え?俺ただちょっと会って話したいだけなんですけど。何妄想してんの?」
『く…っこの子は…!』
けらけらと笑っていると、遠くから冬真が遠慮がちに顔を出した。
軽く手を上げて頷くと、すぐに立ち去っていく。
『あ、時間大丈夫?』
話しはじめたばかりだというのに、はるかもそんなことを尋ねてきた。
しかし残念ながら、あまり時間がないのは事実で。
「悪い。起きててくれたのに」
『ううん、どうせ眠れなかったし。盗塁シーンめちゃくちゃリピートしてた』
「そこかよ…」
『なんか今日はいぶし銀だったね?』
「俺はもともとそーいうタイプ」
はるかの笑い声が耳元でやさしく響くのを、このままずっと聞いていたいけど。
また誰かにやかましく騒がれる前に、ベンチ裏へ戻ることにした。
「何が“頼む”、ですか。あんなお膳立てまでして、らしくないですね」
この頃やけに語気の強い冬真だが、唐揚げを頬張りながら投げかけられた一言には、さすがに目を見張った。
その夜、寮の食堂には2年連続の甲子園出場を祝う料理が並べられていた。
スタンドで声援を送っていた者たちも含めすべての部員たちが集まり、うるさいほど賑やかだ。
去年のこんな光景は、ほとんど記憶に残っていないことに気付く。
──みんなと過ごせる時間を、大切にね
こんな時でも思い出すのは、はるかの言葉ばかりだ。
「…今のチームでの勝ち筋を追求しただけだよ」
呟くようにそう言いながら、瑛は食堂の中心部へと視線を投げかける。
冬真も、つられるようにそちらを見た。
相変わらず正也と涼がくだらないことで張り合っていて、直哉がもはや母親のような眼差しでそれを嗜めていた。
傍らの祥太は呆れ顔だが、内心どこか楽しそうなのが滲み出ている。
彼らを取り囲むチームメイトや、ベンチ入りを果たせなかった部員たちまでも皆、晴れやかな顔で笑っていた。
──そんな彼らを眺める瑛の視線には、ひどく冷たいものを感じた。
ぞくり、悪寒が走る。
「瑛先輩は、どうして、甲子園に行きたいんですか」
聞くのが怖いような気もしたその質問。
返ってきたのは思いのほか、人間らしい答えだった。
「…突き詰めたら辿り着く場所と、あいつに見せたい景色が一緒だったから」
その目の、なんと純粋なことだろう。
それが尚更おそろしくて、考えるのをやめた。
「ド畜生…」
「あ?」
「要するに、南を甲子園に連れて行きたくなったってことですね」
「そういうことじゃねえよ!…そういうことなのか?でも…」
「冗談ですよ」
普段この食堂に出現することはないコーラをグラスに注いで、胸のざわめきとともに一気に飲み下した。
「瑛!」
涙と汗と、土埃でぐしゃぐしゃの顔を引っ提げた正也が、肩に腕を回してきた。
スライディングの場面はなかったはずなのに、なぜこうも土にまみれているのか。
「鼻水付けんなよ」
「おう、あのタオル貸してくれや!」
「さすがに今持ってねえからロジンでいいか?」
「ぶっ飛ばすぞ!」
「おい、ふざけてないで整列ー!」
直哉に肩を叩かれ、正也を引き剝がす。
何度もこいつと一緒にされては困る、と振り返らずに走った。
「あはは。瑛君、去年よりみんなと仲良さそうですよね」
礼を交わした後、こちらへ向かってくる部員たちを眺めながら渚が口を開いた。
「おはるがいないからってだけじゃない?」
すぐそばの席で試合の行方を見守っていた杏里が、さして興味なさそうに返す。
「うーん…やっぱり、それだけじゃない気がします。僕は」
「へー。まあ、それは渚ちゃんもなんじゃない?」
「え?」
杏里の言葉に目を丸くしていると、フェンスの向こうからの視線に気が付いた。
瑛と正也が二人並んで、渚へ拳を掲げている。
その姿がじわりと滲むのを必死で抑えながら、渚も思い切り拳を突き出した。
“お疲れさまでした”
一見、ひどく淡白なメッセージに頬を緩める。
彼女のことだから、それはもうありとあらゆる感情が、言葉が渦巻く中で捻り出した一言だったのだろう。
“まだ起きてる?”
そのメッセージに既読がつくやいなや、着信画面に切り替わった。
『あ、瑛くん!あの…!』
すぐに耳元に届いた声の、続きを待つ。
『…こ、こんばんは…?』
「ブハッ!」
吹き出さずにいられるわけがなかった。
「去年は暴言吐いて土下座までさせたくせに、何テンパってんだよ?」
『そんなことしてないよ!だ、だって…こうも考える時間があると、逆に何言ったらいいか…』
「じゃあ今どんな下着着てんのか言ってみてよ」
『はい!?甲子園決めた後に言うセリフがそれ!?野球の神様に失礼だよ!!』
「今なら口が滑るかなって」
耳たぶまで真っ赤にしている顔を想像しながら、また笑みがこぼれる。
心地良い疲労感も相まって、夢でも見ているようだ。
『…えっと、おめでとう!最高の夏にしておいで』
そんな気分を一気に現実へと引き戻す、はるかの声。
こういうところが好きなんだと、改めて思った。
「はるかも来るんだろ?」
『あ…うん。もう宿押さえてるよ!』
「住所よろしく」
『さすがに怒るよ』
「え?俺ただちょっと会って話したいだけなんですけど。何妄想してんの?」
『く…っこの子は…!』
けらけらと笑っていると、遠くから冬真が遠慮がちに顔を出した。
軽く手を上げて頷くと、すぐに立ち去っていく。
『あ、時間大丈夫?』
話しはじめたばかりだというのに、はるかもそんなことを尋ねてきた。
しかし残念ながら、あまり時間がないのは事実で。
「悪い。起きててくれたのに」
『ううん、どうせ眠れなかったし。盗塁シーンめちゃくちゃリピートしてた』
「そこかよ…」
『なんか今日はいぶし銀だったね?』
「俺はもともとそーいうタイプ」
はるかの笑い声が耳元でやさしく響くのを、このままずっと聞いていたいけど。
また誰かにやかましく騒がれる前に、ベンチ裏へ戻ることにした。
「何が“頼む”、ですか。あんなお膳立てまでして、らしくないですね」
この頃やけに語気の強い冬真だが、唐揚げを頬張りながら投げかけられた一言には、さすがに目を見張った。
その夜、寮の食堂には2年連続の甲子園出場を祝う料理が並べられていた。
スタンドで声援を送っていた者たちも含めすべての部員たちが集まり、うるさいほど賑やかだ。
去年のこんな光景は、ほとんど記憶に残っていないことに気付く。
──みんなと過ごせる時間を、大切にね
こんな時でも思い出すのは、はるかの言葉ばかりだ。
「…今のチームでの勝ち筋を追求しただけだよ」
呟くようにそう言いながら、瑛は食堂の中心部へと視線を投げかける。
冬真も、つられるようにそちらを見た。
相変わらず正也と涼がくだらないことで張り合っていて、直哉がもはや母親のような眼差しでそれを嗜めていた。
傍らの祥太は呆れ顔だが、内心どこか楽しそうなのが滲み出ている。
彼らを取り囲むチームメイトや、ベンチ入りを果たせなかった部員たちまでも皆、晴れやかな顔で笑っていた。
──そんな彼らを眺める瑛の視線には、ひどく冷たいものを感じた。
ぞくり、悪寒が走る。
「瑛先輩は、どうして、甲子園に行きたいんですか」
聞くのが怖いような気もしたその質問。
返ってきたのは思いのほか、人間らしい答えだった。
「…突き詰めたら辿り着く場所と、あいつに見せたい景色が一緒だったから」
その目の、なんと純粋なことだろう。
それが尚更おそろしくて、考えるのをやめた。
「ド畜生…」
「あ?」
「要するに、南を甲子園に連れて行きたくなったってことですね」
「そういうことじゃねえよ!…そういうことなのか?でも…」
「冗談ですよ」
普段この食堂に出現することはないコーラをグラスに注いで、胸のざわめきとともに一気に飲み下した。
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【ロジン】試合中に使用する滑り止めの粉末の名前ですが、だいたいこのロジンが入った袋(ロジンバッグ)の方を指します。
【いぶし銀】ヒーローになるような決定的プレーをするわけではないけど、職人のような渋いプレーで試合を支える選手のこと。これだけのヒットとスーパープレーがあれば「渋い」どころではありませんが、瑛にしては再三おいしいところを人に譲ったのでそう感じたのかもしれません。
【南を甲子園に~】日本を代表する某高校野球マンガからのネタ。