[Theme 01]1年生編
09
「なあ、お前こっちのチーム入らねえ?」
「…なんでだよ」
自信満々の決め球をセンター前に弾き返した瞬間はこの世の終わりのような顔をしていたくせに、試合が終わった今は憐みのような視線を向けてきている男。
チームとしては一度も勝てていないのが悔しい。
「だってお前んとこさー…あんまじゃん。レベル的に」
「まあ、そこまでモチベーションもねえしな」
「もったいねえじゃん。お前せっかく“一人だけ異様に上手い”って噂になってんのに、そんなとこいたんじゃかかる声もかかんねえだろ!」
「そんな噂聞いたことねえよ…それに、野球のために引っ越しなんて無理に決まってんだろ」
「じゃあお前、高校どうするつもりなんだよ!」
正也はなぜ他人のことでこんなにもキーキーと騒ぐのか。
ピッチャーがこんなにも感情的で大丈夫なんだろうかと、ぼんやり考えながら聞き流した。
「日坂、お前に鷺嶋高校の野球部からスカウトの話が来ている」
担任に呼び出され、告げられた言葉は完全に寝耳に水だった。
鷺嶋高校といえば、一昔前は甲子園への出場経験も多くベスト4に入る年もあったが、今ではもう十数年その舞台から遠ざかっている高校だ。
野球は続けたいが、高みを目指すことが目的というわけではない。
そんな自分には実に“丁度良い”場所だった。
「…けど、そんな理由であんな遠くに…しかも私立だし」
男手一つで自分を育て、9年間野球を続けさせてくれているだけで父親には十分すぎるほど恩がある。
高い目標があるならまだしも、中途半端な思いでこれ以上の負担をかけるのは憚られた。
「…お前、思春期のくせにかわいくねえこと言ってんじゃねえぞ!」
「はあ!?」
自分の口の悪さは絶対に父親譲りだと常日頃思う、いつも通りの口ぶりだった。
「こんな僻地にいてそんな声がかかるなんて、奇跡だろ!興味あんなら行ってみりゃいいだろ!」
「んな簡単に…」
「ついていけなかったらついていけなかったで、良い人生経験だろ。社会の厳しさを思い知ってこい!」
「ついていけねえ前提かよ…」
「せっかくここまで頑張って、チャンスももらえたんだ。いっぺんやれるとこまでやってみろ」
──やってみてどうかってのは、その時考えたら良いだろ。
そう言った父親の表情には、今になって思えば何か後悔の色が滲んでいた気がする。
「全然丁度良くねえな。しっかりキツい」
「1年ー!声出てねえぞー!」
鷺嶋高校にとっては今年も甲子園はテレビの中の出来事で、夏休み中は文字通り朝から晩までグラウンドを駆け回る日々だった。
3年生が早々に引退した分、既に1年生も主力となって練習に参加している。
新しい主将は拓真に決まったと聞き、これには誰もが納得していた。
打てる捕手。
確かはるかの“推し”もそんな選手だった気がする。
「モテるんだろうなー…」
「んな暇ねえだろ」
ウェイトルームに転がって間抜けな声を出している男に、“使わないならどけ”と蹴りを入れた。
「お前にだけは言われたくないね!」
「なんでだよ」
「は?だってお前、野球してない時は常に月城先輩とイチャイチャしてんじゃん」
「おい、高原なんだその話!」
──最悪だ。
周りでトレーニングしていた先輩たちが集まり、ダンベルに伸ばしていた手が空を切る。
「こいつ、拓さんのクラスの月城先輩って人と幼馴染らしくて、こそこそメッセージしたり学校でも隙あらばイチャイチャしてます!」
「ハァ!?」
「練習中はしてねえし、学校でもそんな会ってねえだろ。学年違うんだから…」
「昼休み、飯食った後いつもどっか行くよな」
「ぐ…」
「ああ、昼休みならいつもうちに来て月城と話しているな」
「拓、それマジか!詳しく!」
さっきまでいなかったはずの拓真までもが加勢して、もはや自棄になって再びダンベルに手を伸ばした。
片膝をつき、右腕でダンベルを上下させる。
なぜか我が物顔で語っているが、正也もどうせ大したことは知らないのだ。
「まったく、1年のくせに彼女持ちなんて生意気だぞ!」
「は?」
「え?」
ダンベルを持ち替えようとした手が止まる。
「カノジョ?」
「…お、お前…まさかあんなにはるか、はるかって彼氏面しといて、それはねえよな…?」
「いや、付き合ってねえけど…?」
あと名前呼ぶな。
それだけ言って視線を手元に戻すも、空気の異様さに気付きまた顔を上げる。
正也はじめ、一同は大変やかましい眼差しで瑛を見ていた。
「月城さんって、吹部の子だよね」
ここまで会話には加わらず、念入りにストレッチしていた男がふいに口を開いた。
昨年の故障以来 病院でのリハビリに専念していたという、2年生の中堅手。
先日正也の部屋を訪れたら見慣れない顔に遭遇し、この夏休みから通常の練習に復帰したのだと聞いた。
「チカさん、面識あるんすか?」
正也の声にはっとして、思考が止まっていたことに気付く。
「うん、美術で一緒だから。でもそっか、君たち付き合ってるわけじゃなかったんだ」
「え…?」
フォームローラーをころころと転がす、あまり日に焼けていない腕がやけに眩しく見えた。
「“隙あらばイチャイチャ”してるの知ってたから。甘酸っぱい片想いってことね」
「…は、」
感情の読めない、涼やかな顔。
これは正也も見習うべきだなと、見当違いなことを考えた。
「チカさん!そんなハッキリ言葉にしちゃったら、さすがにかわいそうっすよ!」
「そうだぞ桐谷 ー、恋する乙女の心は脆いんだぞ!」
「日坂は乙女じゃないだろ」
──どいつもこいつも、勝手なことばかり言いやがって。
はるかと自分の関係も、腹の底に巣食ったこの感情も。
どんな言葉を当てはめようとしたって、あまりに薄っぺらくてすぐに剥がれ落ちてしまうのに。
「なあ、お前こっちのチーム入らねえ?」
「…なんでだよ」
自信満々の決め球をセンター前に弾き返した瞬間はこの世の終わりのような顔をしていたくせに、試合が終わった今は憐みのような視線を向けてきている男。
チームとしては一度も勝てていないのが悔しい。
「だってお前んとこさー…あんまじゃん。レベル的に」
「まあ、そこまでモチベーションもねえしな」
「もったいねえじゃん。お前せっかく“一人だけ異様に上手い”って噂になってんのに、そんなとこいたんじゃかかる声もかかんねえだろ!」
「そんな噂聞いたことねえよ…それに、野球のために引っ越しなんて無理に決まってんだろ」
「じゃあお前、高校どうするつもりなんだよ!」
正也はなぜ他人のことでこんなにもキーキーと騒ぐのか。
ピッチャーがこんなにも感情的で大丈夫なんだろうかと、ぼんやり考えながら聞き流した。
「日坂、お前に鷺嶋高校の野球部からスカウトの話が来ている」
担任に呼び出され、告げられた言葉は完全に寝耳に水だった。
鷺嶋高校といえば、一昔前は甲子園への出場経験も多くベスト4に入る年もあったが、今ではもう十数年その舞台から遠ざかっている高校だ。
野球は続けたいが、高みを目指すことが目的というわけではない。
そんな自分には実に“丁度良い”場所だった。
「…けど、そんな理由であんな遠くに…しかも私立だし」
男手一つで自分を育て、9年間野球を続けさせてくれているだけで父親には十分すぎるほど恩がある。
高い目標があるならまだしも、中途半端な思いでこれ以上の負担をかけるのは憚られた。
「…お前、思春期のくせにかわいくねえこと言ってんじゃねえぞ!」
「はあ!?」
自分の口の悪さは絶対に父親譲りだと常日頃思う、いつも通りの口ぶりだった。
「こんな僻地にいてそんな声がかかるなんて、奇跡だろ!興味あんなら行ってみりゃいいだろ!」
「んな簡単に…」
「ついていけなかったらついていけなかったで、良い人生経験だろ。社会の厳しさを思い知ってこい!」
「ついていけねえ前提かよ…」
「せっかくここまで頑張って、チャンスももらえたんだ。いっぺんやれるとこまでやってみろ」
──やってみてどうかってのは、その時考えたら良いだろ。
そう言った父親の表情には、今になって思えば何か後悔の色が滲んでいた気がする。
「全然丁度良くねえな。しっかりキツい」
「1年ー!声出てねえぞー!」
鷺嶋高校にとっては今年も甲子園はテレビの中の出来事で、夏休み中は文字通り朝から晩までグラウンドを駆け回る日々だった。
3年生が早々に引退した分、既に1年生も主力となって練習に参加している。
新しい主将は拓真に決まったと聞き、これには誰もが納得していた。
打てる捕手。
確かはるかの“推し”もそんな選手だった気がする。
「モテるんだろうなー…」
「んな暇ねえだろ」
ウェイトルームに転がって間抜けな声を出している男に、“使わないならどけ”と蹴りを入れた。
「お前にだけは言われたくないね!」
「なんでだよ」
「は?だってお前、野球してない時は常に月城先輩とイチャイチャしてんじゃん」
「おい、高原なんだその話!」
──最悪だ。
周りでトレーニングしていた先輩たちが集まり、ダンベルに伸ばしていた手が空を切る。
「こいつ、拓さんのクラスの月城先輩って人と幼馴染らしくて、こそこそメッセージしたり学校でも隙あらばイチャイチャしてます!」
「ハァ!?」
「練習中はしてねえし、学校でもそんな会ってねえだろ。学年違うんだから…」
「昼休み、飯食った後いつもどっか行くよな」
「ぐ…」
「ああ、昼休みならいつもうちに来て月城と話しているな」
「拓、それマジか!詳しく!」
さっきまでいなかったはずの拓真までもが加勢して、もはや自棄になって再びダンベルに手を伸ばした。
片膝をつき、右腕でダンベルを上下させる。
なぜか我が物顔で語っているが、正也もどうせ大したことは知らないのだ。
「まったく、1年のくせに彼女持ちなんて生意気だぞ!」
「は?」
「え?」
ダンベルを持ち替えようとした手が止まる。
「カノジョ?」
「…お、お前…まさかあんなにはるか、はるかって彼氏面しといて、それはねえよな…?」
「いや、付き合ってねえけど…?」
あと名前呼ぶな。
それだけ言って視線を手元に戻すも、空気の異様さに気付きまた顔を上げる。
正也はじめ、一同は大変やかましい眼差しで瑛を見ていた。
「月城さんって、吹部の子だよね」
ここまで会話には加わらず、念入りにストレッチしていた男がふいに口を開いた。
昨年の故障以来 病院でのリハビリに専念していたという、2年生の中堅手。
先日正也の部屋を訪れたら見慣れない顔に遭遇し、この夏休みから通常の練習に復帰したのだと聞いた。
「チカさん、面識あるんすか?」
正也の声にはっとして、思考が止まっていたことに気付く。
「うん、美術で一緒だから。でもそっか、君たち付き合ってるわけじゃなかったんだ」
「え…?」
フォームローラーをころころと転がす、あまり日に焼けていない腕がやけに眩しく見えた。
「“隙あらばイチャイチャ”してるの知ってたから。甘酸っぱい片想いってことね」
「…は、」
感情の読めない、涼やかな顔。
これは正也も見習うべきだなと、見当違いなことを考えた。
「チカさん!そんなハッキリ言葉にしちゃったら、さすがにかわいそうっすよ!」
「そうだぞ
「日坂は乙女じゃないだろ」
──どいつもこいつも、勝手なことばかり言いやがって。
はるかと自分の関係も、腹の底に巣食ったこの感情も。
どんな言葉を当てはめようとしたって、あまりに薄っぺらくてすぐに剥がれ落ちてしまうのに。