[Theme 03]3年生編
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“ドラ2・柳木拓真 緊急一軍デビューで初安打”
ウォルラスのユニフォームを身に纏い、木製バットを振り抜くその姿には初々しさが漂いつつも、はるかの目にはもうすっかり“プロ”の顔をしているように見えた。
──母校は甲子園への戦いの真っ最中だが?
自分も後輩たちから刺激を受けていた。良いチームだと思うので、今年も必ず甲子園に行けると信じている。
──特に注目している選手は?
もちろん全員素晴らしい選手だが、日坂(3年、ショート)は誰より真摯に野球と向き合っている男。(寮で)同室だったこともあるが、文字通り朝から晩までバットを振っている姿が印象的だった。昨年を超える活躍を期待したい。
後輩について語る拓真の言葉に胸が熱くなる一方、一歩踏み込んだその質問をいささか不可解にも感じた。
もちろん記事の大部分は、ケガによる正捕手の一時離脱を受け早くも一軍デビューと相成り、見事プロ初ヒットを放った拓真自身のことを取り上げているのだけど。
「まさか…」
スマートフォンを食い入るように見つめながら、ひやりと汗が伝うような気がした。
『本当にあれでよかったのか?ただ事実を言っただけだが』
スピーカー越しの拓真のセリフに、瑛はなんだか照れくさくなって眉根を寄せた。
「でも、よくもまあ都合よくこんな質問してくれましたね…」
『前半の質問でも高校時代の話を出したからかもしれないな』
「渚が裏でなんかやってたりして…」
一軍デビューを終え世間の注目が集まる中で、拓真自身のSNSで瑛について言及してもらう、というのが本来の作戦だった。
しかし結果として大手スポーツ紙という、鈴井が利用したものよりはるかに名のあるメディアに瑛の名が登場したのは、この上なく嬉しい誤算だ。
その記事は他のメディアでも拡散され、熱心な野球ファンには早くも“硬派・日坂”のイメージが定着しつつある。
「これでもう、いくらインフルエンサーとはいえただの女子高生が小細工したところでどうにもならないでしょうね」
「拓さんがグルだ、みたいな話まででっち上げる勇気はないだろうしな」
「事実無根の書き込みであれば、法的措置を取ることもできますからね」
『なんだかすごい話になっているな』
「いや、もうホントすいません。拓さん」
どこかの少年探偵団のようなノリで盛り上がっている二人に苦笑しながら、瑛は頭を下げた。
ビデオ通話ではないので、拓真にその姿は見えないのだけど。
『本当だぞ、瑛』
「え」
『はるかは鷺嶋野球部にとって大事な“勝利の女神”であり、“裏番長”なんだからな』
「う、“裏番長”ぉ…?」
「アッハッハ、拓さん何すかそれ!」
「…確かに、言い得て妙かもしれませんね」
──誰も俺自身の心配はしてくんねーんだな。別にいいけど。
そんなことを思って半目になる瑛にはまだ、言葉で示されない彼らの思いを汲み取ることはできないようだ。
「まだ、勝算ありそう?」
じっと動かない鈴井のつむじに問いかける。
「改めて言うけど。俺のことはもう、」
「分かったから!…いいよもう。私のこと、そんなに嫌い…?」
その目には、涙が滲んでいた。
それが演技ではないことくらいは、いくら瑛でも分かったけれど。
「どうでもいい」
ただ、それだけだった。
「…それなら、なんでここまで…」
「彼女が嫌な思いしてるから」
「え…?」
「あいつのこと、泣かせていいのも俺だけだから」
もう用は済んだ。
今度こそ、はるかの好きな缶コーヒーを飲もう。
その前に“もう大丈夫だ”と、メッセージを送ってやろう。
一度も振り返らずに歩く瑛の足取りは、軽かった。
「なんだそれ、エビ?」
バスのトランクにバッグを押し込んでいると、正也が覗き込んできた。
試合当日とは思えないアホ面を引っさげたこの男と、まったく同じ発想をしてしまった自分が恥ずかしくて眉間にしわが寄る。
「…ロブスターだよ」
「ほおん…そんなんつけてたか?…あっ、さてはお前!」
「最近よく使ってるタオルもですよね?月城さん、ボストンだったんですね」
相変わらず鋭い冬真も、バッグをトランクに滑り込ませる。
なんとなく目で追うと、これまた独特なデザインのキーホルダーがお守りとともにくくりつけられていた。
「そんなん付けてたら、“現地妻”が泣くぞ」
「…たぶんもう二度と現れねえから安心しろ」
この男の嫌味な物言いにもすっかり慣れてしまった。
もっとも、はじめの頃のような悪意は、あまり感じられなくなっていたけれど。
「おい祥太、なんだよそれ!」
「あ?」
「ちょいかわとサバトラじゃん!そのガタイでそれはホラーだろ!」
「うるせえ!かわいいだろうが!」
突然笑い転げる正也に何事かと思えば、祥太のバッグには巷で大人気のキャラクターが仲良くぶら下がっていた。
なるほど意識して見てみれば、カバンにも個性が出るものだなと瑛は思った。
「おーい、そこで固まってたら邪魔だぞー」
「今日は控えだからって気ぃ抜いてんじゃねえぞ、正也!」
呆れ顔の直哉と涼に促され、バスへと乗り込む。
「あれ、お前って一応副主将じゃなかったっけ?」
一緒に騒いでてどうすんだよ、などとのたまう正也には一発蹴りを入れておいた。
何かと余計な悩みが多過ぎたものの、なんとか“あの場所”まであと二戦。
祥太の打撃はまだ不安定だが、ここまでくればもう信じるしかない。
ようやく、あとは全身全霊で突き進むだけだと、朝焼けの空を見上げた。
“ドラ2・柳木拓真 緊急一軍デビューで初安打”
ウォルラスのユニフォームを身に纏い、木製バットを振り抜くその姿には初々しさが漂いつつも、はるかの目にはもうすっかり“プロ”の顔をしているように見えた。
──母校は甲子園への戦いの真っ最中だが?
自分も後輩たちから刺激を受けていた。良いチームだと思うので、今年も必ず甲子園に行けると信じている。
──特に注目している選手は?
もちろん全員素晴らしい選手だが、日坂(3年、ショート)は誰より真摯に野球と向き合っている男。(寮で)同室だったこともあるが、文字通り朝から晩までバットを振っている姿が印象的だった。昨年を超える活躍を期待したい。
後輩について語る拓真の言葉に胸が熱くなる一方、一歩踏み込んだその質問をいささか不可解にも感じた。
もちろん記事の大部分は、ケガによる正捕手の一時離脱を受け早くも一軍デビューと相成り、見事プロ初ヒットを放った拓真自身のことを取り上げているのだけど。
「まさか…」
スマートフォンを食い入るように見つめながら、ひやりと汗が伝うような気がした。
『本当にあれでよかったのか?ただ事実を言っただけだが』
スピーカー越しの拓真のセリフに、瑛はなんだか照れくさくなって眉根を寄せた。
「でも、よくもまあ都合よくこんな質問してくれましたね…」
『前半の質問でも高校時代の話を出したからかもしれないな』
「渚が裏でなんかやってたりして…」
一軍デビューを終え世間の注目が集まる中で、拓真自身のSNSで瑛について言及してもらう、というのが本来の作戦だった。
しかし結果として大手スポーツ紙という、鈴井が利用したものよりはるかに名のあるメディアに瑛の名が登場したのは、この上なく嬉しい誤算だ。
その記事は他のメディアでも拡散され、熱心な野球ファンには早くも“硬派・日坂”のイメージが定着しつつある。
「これでもう、いくらインフルエンサーとはいえただの女子高生が小細工したところでどうにもならないでしょうね」
「拓さんがグルだ、みたいな話まででっち上げる勇気はないだろうしな」
「事実無根の書き込みであれば、法的措置を取ることもできますからね」
『なんだかすごい話になっているな』
「いや、もうホントすいません。拓さん」
どこかの少年探偵団のようなノリで盛り上がっている二人に苦笑しながら、瑛は頭を下げた。
ビデオ通話ではないので、拓真にその姿は見えないのだけど。
『本当だぞ、瑛』
「え」
『はるかは鷺嶋野球部にとって大事な“勝利の女神”であり、“裏番長”なんだからな』
「う、“裏番長”ぉ…?」
「アッハッハ、拓さん何すかそれ!」
「…確かに、言い得て妙かもしれませんね」
──誰も俺自身の心配はしてくんねーんだな。別にいいけど。
そんなことを思って半目になる瑛にはまだ、言葉で示されない彼らの思いを汲み取ることはできないようだ。
「まだ、勝算ありそう?」
じっと動かない鈴井のつむじに問いかける。
「改めて言うけど。俺のことはもう、」
「分かったから!…いいよもう。私のこと、そんなに嫌い…?」
その目には、涙が滲んでいた。
それが演技ではないことくらいは、いくら瑛でも分かったけれど。
「どうでもいい」
ただ、それだけだった。
「…それなら、なんでここまで…」
「彼女が嫌な思いしてるから」
「え…?」
「あいつのこと、泣かせていいのも俺だけだから」
もう用は済んだ。
今度こそ、はるかの好きな缶コーヒーを飲もう。
その前に“もう大丈夫だ”と、メッセージを送ってやろう。
一度も振り返らずに歩く瑛の足取りは、軽かった。
「なんだそれ、エビ?」
バスのトランクにバッグを押し込んでいると、正也が覗き込んできた。
試合当日とは思えないアホ面を引っさげたこの男と、まったく同じ発想をしてしまった自分が恥ずかしくて眉間にしわが寄る。
「…ロブスターだよ」
「ほおん…そんなんつけてたか?…あっ、さてはお前!」
「最近よく使ってるタオルもですよね?月城さん、ボストンだったんですね」
相変わらず鋭い冬真も、バッグをトランクに滑り込ませる。
なんとなく目で追うと、これまた独特なデザインのキーホルダーがお守りとともにくくりつけられていた。
「そんなん付けてたら、“現地妻”が泣くぞ」
「…たぶんもう二度と現れねえから安心しろ」
この男の嫌味な物言いにもすっかり慣れてしまった。
もっとも、はじめの頃のような悪意は、あまり感じられなくなっていたけれど。
「おい祥太、なんだよそれ!」
「あ?」
「ちょいかわとサバトラじゃん!そのガタイでそれはホラーだろ!」
「うるせえ!かわいいだろうが!」
突然笑い転げる正也に何事かと思えば、祥太のバッグには巷で大人気のキャラクターが仲良くぶら下がっていた。
なるほど意識して見てみれば、カバンにも個性が出るものだなと瑛は思った。
「おーい、そこで固まってたら邪魔だぞー」
「今日は控えだからって気ぃ抜いてんじゃねえぞ、正也!」
呆れ顔の直哉と涼に促され、バスへと乗り込む。
「あれ、お前って一応副主将じゃなかったっけ?」
一緒に騒いでてどうすんだよ、などとのたまう正也には一発蹴りを入れておいた。
何かと余計な悩みが多過ぎたものの、なんとか“あの場所”まであと二戦。
祥太の打撃はまだ不安定だが、ここまでくればもう信じるしかない。
ようやく、あとは全身全霊で突き進むだけだと、朝焼けの空を見上げた。