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[Theme 03]3年生編

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「え?圭さんの幼馴染、ですか」

セッションの後のジャズ・クラブで、はるかが瞬きをした。

「そう。普段はオーストラリアにいるんだけどね」
「ハーイ!あなたがケイのガールフレンド?男の趣味終わってない?」
「…ガールフレンドではないですし、圭さんの評価それでいいんですか?」

快活そうな女性は豪快に笑って、はるかの肩を叩いた。

「ほら、やっぱり嘘じゃない!ケイにこんなかわいいガールフレンドができるわけないって」
「そこは話を合わせてくれてもよくない?」
「なんか…ずいぶんな言い様ですね…」
「彼女はいつもこうだよ。君たちみたいなのはかなり特殊ってこと」

じゃあ俺たちはこれで、とはるかの肩を抱こうとした圭の腕を避けると、女性はまた笑い転げた。

「せっかくだからおしゃべりさせてよ。ケイはあっちでおじさんたちと飲んでたら?」
「はあ、この場所教えるんじゃなかった」

圭は肩をすくめて去っていった。

「改めまして、私はカーラ!」
「…月城 はるかと申します」
「よろしくハルカ!ねえ、あなたホントはどういう男が好みなの?」
「ええっ、好みですか…」

“私はとにかくマッチョ!”と宣言するカーラを前に、しばらく考え込む。
はじめて異性として意識したのも実際に付き合っているのも瑛だけなので、“好み”と言われても思い浮かばない。

──あれ?わたし、いつから瑛くんのこと…

「あ、もう彼がいるとか?ケイなんかじゃなくて」
「あ…はい。日本に…その、幼馴染なんですけど」
「ホントに!?すごいね、子どもの頃から一緒にいてそういう目で見られるなんて…相当男前なの?」
「男前…ではありますね。昔はかわいかったんですけど」

一切嫌味に聞こえないのは、彼女の人柄だろうか。
はるかの返答にカーラは微笑んで、グラスを傾けた。

「じゃあ、卒業したら日本に戻るの?」
「そのつもりなんですけど…圭さんには文句言われちゃいました」
「え、ケイが?そっかー、あいつ気に入ってんだわ。ハルカのこと!」
「…その…カーラさんもよくないと思いますか?恋人と暮らすために、日本に戻ること…」

はるかもグラスを傾けながら──中身はジンジャーエールだけど──尋ねる。

「なんで?別にハルカの人生でしょ。あんなやつの言うことなんか気にしなくていいじゃない」

カーラはきょとんとした顔で答えた。

はるかもつられて、目を丸くする。
それがおかしかったのか、カーラはまたしてもけらけらと笑った。

「今時どこにいたって、なんだってできるしね。私もオーストラリアで在宅ワーカーしてるけど、会社自体はアメリカだし」
「えっ」
「半年に一回くらいはほぼ親睦会のためだけみたいな出社日があるから、こうしてアメリカに来てるの。でもその親睦会が面倒でさあ。仕事終わらせてすぐこっち来ちゃった!」
「お、おお…」
「まあ、私は音楽のことそんなに詳しくないから言えるのかもしれないけど…シンプルにハルカが一番幸せになれるやり方を選ぶのがベストだと思うな」

なるほどな、と少し心が軽くなるような気がした一方で。
やはり“これこそが自分の生き方だ”とはっきり言えるほどのビジョンを、自分は持っていないことに気付かされてしまった。



あの後しびれを切らした圭が二人のもとに戻ってきて、圭もカーラもお互いに散々な文句を言いつつなんだかんだ笑い合っていた。
その空気間からは恋愛感情とも違う、どちらかというと“家族”に近い結束を感じられた。

──君たちみたいなのはかなり特殊ってこと

実際、自分たちは“幼馴染”というにはあまりに歪な関係性だと、ある時から薄っすら思っていた。

小学校の放課後児童クラブで出会い、一緒に過ごしたのは3年と少しのこと。
それからおよそ6年の間、はるかは瑛の前から姿を消していた。

鷺嶋で再会したのは、まったくの偶然。奇跡といってもいい。
それさえなければ、あの時違えたふたりの道は、一生交わることはなかっただろう。

幼い約束を守れなかった、その罪を背負いながら、どこかの企業で会社員でもやっていたのかもしれない。


と、そこまで考えてふと、胸がざわついた。


自分はなぜ、幼い瑛にあんな約束をしたのだろう。

一つ下の男の子。
負けず嫌いの野球少年。
お母さんがいなくて、練習がない日は同じ放課後児童クラブに通っていた。
音楽が好きで、カナリアに連れて行ったらよく来るようになった。

そんな彼は学校の中で誰よりも、同じ時間を過ごしていた子。
幼い恋心を抱くのもごく自然なことだっただろう。

だけどあの頃、はるかが瑛に抱いていたのは、もっと別の感情だったように思う。


ガラス張りの防音室。
ピアノを弾く父、それを聴く母──ふたりだけの世界。


そこにはるかと瑛の姿を重ねて、それを当たり前に瑛にも語って──“約束”という名で、縛り付けた。

自分はそんな瑛を置き去りにして、姿を消すというのに。


どくり、鼓動が重たく響いた。

わずか9歳でその“約束”に囚われ、生きてきた瑛にとっての6年間とは。

“きっともう忘れてしまっているかもしれない”なんて、自責のつもりで無責任に目を背けていたその年月が、彼の人生に与えた影響を、考えてしまう。

──はるかが嫌な思いしてて、集中できるわけねえだろ。はるかのために使う時間なら、邪魔でもないから。言ったろ?

試合に負けるたびに泣いていた頃に比べて、何倍も頼もしくなった彼の真っ直ぐな想いを受ける資格が、果たして自分にはあるんだろうか。

──俺を知ってもらうためだったんだとか…プロ行っても力になれるとか…ちゃんと近くで応援するとか。

打算だとしても、そんなことを考えたことはなかった。

ピアノを弾く自分の人生と、野球をする瑛の人生が交わることを、いつからかまた当たり前のように考えていた。


ピアノも。
瑛とのことも。

ここにきて分からなくなってしまいそうだなと、暗い部屋でそっとうずくまった。
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