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[Theme 03]3年生編

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目が覚めてすぐに、スマートフォンを手に取る。
鉛のような瞼をこじ開けて、速報アプリを開いた。

「…よし!」

鷺嶋高校の白星を確認し、ガッツポーズを掲げる。
すぐさまノートPCを手繰り寄せて、見逃し配信の映像を開いた。

渡米してすぐの頃よりはずいぶん余裕をもって朝のルーティンをこなせるようになってきた。
試合の翌日はこうして、映像を流しながら。
夏の帰国に向けて予定を詰めているので、じっくり観る時間がなかなかないことが悔やまれる。

それでも画面の向こうのアナウンスが瑛の名前を読み上げれば、つい手を止めて釘付けになってしまう。

スマートフォンが着信を告げるのにも気付かないほどに。

「ごめん!ちょっと打席の瑛くんに念を送ってた!」
『…今送ってもしょうがねーだろ。なんで“俺”にはるかをとられないといけねーんだよ…』

不機嫌そうな声に、思わず笑みをこぼす。

「決勝は、リアタイするよ!」
『お、マジか。ていうか、見逃し残るのも知らなかったわ…こんな地方のやつまで』
「ふふ。インターネットに感謝だね」
『ヘマしてもデジタルタトゥーになんの怖えーわ』

思ってもいないくせに呟くのがおかしくて、はるかはまた笑った。



──“ドラフト候補の大型遊撃手、同級生ヒロインに甲子園誓う”

「だからどういうアルゴリズム…?」

またしても突如SNSに現れたそのフレーズに、はるかは椅子から転げ落ちそうになった。

恐る恐る開いた記事には、試合中の瑛の姿と、“女子高生インフルエンサー”の宣材写真が並ぶ。
“Suzu”と名乗っているらしい彼女の正体は十中八九、鈴井で間違いない。

聞いたことのないメディアだが、そもそも世間のトレンドに疎い自分が知らないだけだろうか。
アメリカに渡ってからはその傾向はますます強まっている。
今の日本で有名な人物を挙げられても、はるかには誰一人分からないだろう──野球選手を覗いて──。

「はあ…」

さすがに溜め息がこぼれた。

「彼氏君、浮気?」
「…人のスマホ覗くの、あんまりよくないと思いますよ。今更ですけど」
「はるかにしかやらないから大丈夫」
「く…!」

大学内にいる限り、どこにいてもこの男が現れる。
ここには友達をつくりに来たわけではないとはいえ、彼がいるとできる友達もできないんじゃないかとさらに肩を落とした。

「なーんか、このSuzuって子が勝手に言ってるだけな感じではあるね。残念ながら」
「“残念ながら”…?」
「でもさあ。実際、どうすんの?彼とのこと」

同じような質問を、過去にもされたなと思い返す。
あれは確か、高校の教室で、千景に聞かれたのだった。

──まあ、なるようになるんじゃない?

その時自分は、そう答えたはずだったけれど。

「わたしが卒業したら、一緒に暮らすつもり…です」
「あれ、彼氏君こっちくるの?」
「いえ。わたしが日本に戻り…ます、けど…?」

驚いた表情の圭を見るのははじめてで、はるかまで言葉が尻すぼみになってしまう。

「戻るの…?はるかが…?」
「え…はい…?」
「で、この子は日本でプロに…?」
「はい」

戸惑いに揺れていた圭の瞳が、鋭くなった。

「なんで、この子のためにはるかが才能を犠牲にしなきゃいけないわけ?」
「“犠牲”って…」

千景もまた、あの時そんなニュアンスのことを言っていた。
一方、その真意はまるで違うように感じる。

「わたしがピアノで生きていくっていうのは、日本に戻ったって変わりませんよ。むしろそのためにここへ来たんですし」
「いや、ちょっと待ってよ。その“ピアノで生きていく”って、どの程度のことを言ってるの?」
「え…」
「俺は君のピアノは、世界で通用すると思ってる」

“アメリカに行ったことがない人のアメリカ人のイメージ”みたいな人だなと、はるかは彼のことをそう印象付けていた。
その原因たる大げさな身振りも、軽薄そうな笑みも、今の彼からは消えている。

突き刺さるほどに真っ直ぐな圭の視線に、身動きがとれなくなる。

「そんな君がこんな、プロになる前から君を不安にさせるような子を“支える”人生を送るなんて、全然理解できない」
「…」
「それに。君ほどの才能を持っているのに、それを棒に振るなんて、音楽への冒涜だと思う」

圭はそのまま、ふらりとその場を離れていった。

思いもよらない言葉が、次々に降り注いで。
それらははるかの胸に積もって、ずしりと重たかった。



アパートに戻り、フローリングに座り込む。

入居当初から日本と同様に靴を脱ぐようにしているので、異国での暮らしの中でも部屋に戻ると心が落ち着いた。
だけど今日ばかりは、胸がざわざわと騒がしいままで、もしかしなくても原因は圭の発言だろう。

才能を認めてくれることは素直に有り難いけれど、だからといって他人ひとの生き様にまで口を出されても──と思う反面、あながち無視できないような気もした。

──その“ピアノで生きていく”って、どの程度のことを言ってるの?

確かに、そうだ。
“ピアノで生きていく”って、何だ?

──お父さんみたいなピアニストになる!

その夢は、もう捨てた。

──待っててくれる?わたしが、ピアニストになること。

“父の代わり”はやめたから。


だけど、それなら一体、自分は何がしたいんだろうか。



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【大型遊撃手】内野手、特に二遊間は小柄(他ポジションと比べて。みんな普通にでかい。)な選手が多いので、身長が高い遊撃手は記事の見出しなんかでこう言われたりします。

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