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[Theme 03]3年生編

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13時間の時差と、ほぼ丸一日のフライトと。

日付をふらふらと渡り歩くような不思議な感覚と、疲労感がずしりと圧し掛かる身体を引きずって、コンビニへと足を伸ばした。

覚悟の上ではあったけれど、おそろしく眠れなかったまま数時間後にはまた日本を発たなければならない。
早朝のコンビニに人気はなく、コーヒーマシンの音がやけに響いた。

「え、月城先輩…?」

マシンの音に負けない、元気な声。

「…高原君。おはよー」
「あ、はよっす。めちゃくちゃ眠そうっすね!」

そう言う正也は、ぴょこんと跳ねた寝ぐせとともに、全身から活気を滲ませていた。
ガラス越しの朝日を背負ったその姿を、思わずぼーっと眺めてしまう。

「…マジで大丈夫っすか?」
「あ、うん。ごめんね。高原君はいつも眩しいなあって」
「えっ!そんな、ダメっすよ先輩!俺…瑛に内緒で、なんて器用なことできないっす…!」
「あはは。何言ってるの高原君」

そこそこの時間をかけて出来上がったコーヒーを片手に、なんとなく正也が出てくるのを店先で待つ。
正也はすぐに、野菜ジュース片手にはるかのもとへ駆けてきた。

「どうしたんすか、こんな時間に」
「このあと帰るんだけど、眠れないまま朝になっちゃったから。どうせなら散歩でもと思って」
「バタバタっすね…時差ぼけとか、キツいんじゃないですか?」
「まあ正直ね。でも…どうしても見たかったんだ」

皆まで言わずとも、正也は理解したようだった。

そしてその朗らかな笑顔に、少しの陰りを見せた。

「…情けない投球見せて、すいません」
「え…?」
「はは。俺も瑛も、先輩たちがいなくなって迷子の子羊っすよ!」

俺を一緒にするな、という瑛の声が聞こえてきそうだ。
思えばはるかが正也を見かける時、その傍らにはいつも瑛か、拓真がいた。

「新しいキャッチャーの子…冴島君か。あんまり合わない…?」
「…そう、っすね。涼のやつ、拓さんと違って細かいことばっか並べ立てて、あいつ机の上で野球やる気なんすかね!?頭がいいのは認めますけど、なんでもかんでも思い通りにいくわけないじゃないっすか!」

触れてもいいものか迷いながらの問いかけだったけれど、正也はあまりにも素直に胸中を明かしてくれた。

「俺だって、100%あいつが構えたとこに投げれるわけじゃ、ないですし…」

──ああ、そっか。高原君が責めているのは、きっと。

「…拓真君がいなくなって、高原君はきっと寂しい思いをしてると思ってたよ。だけど、きっとそれは拓真君も同じだよ」
「え?」
「何もかもが違う環境の中で、たったひとり果てしない道へ挑戦していく拓真君のこと…勇気づけてあげられるのはきっと、鷺嶋野球部のみんなだけだよ」

優秀な選手でも、経験や将来のことを考えてまずは大学進学を選ぶケースが増えた。
ドラフトで上位指名を受けるのも、大学や社会人野球の選手たちが中心になってきた。
そんな中、高卒でプロの道を選んだ拓真の戦いは、計り知れないほど激しいものとなっていることだろう。

それはいずれ、瑛も身を投じていく世界。
ひょっとしたら、目の前の正也自身も。

「俺、幻滅されてないっすかね…」
「するわけないよ。だってこんなに頑張ってる」

目を丸くして見下ろす正也に、微笑みかける。

「ここからは一ファンとしてのただの考察なんだけど…拓真君もきっと、いろんなことを考えてリードを組んでたんだと思うよ。それを高原君にも伝えるか、そうじゃないかの違いで」
「そう…なんすかね…」
「もちろん戦略そのものにも違いはあると思う。だけどその“違い”を意識する前に、一人の投手として、相棒として冴島君の話を聞いてみたらどうかな…?」

“相棒”という言葉に抵抗感を露わにした正也に、分かりやすいなあとまた笑う。

「もちろん違うと思うことは違うって言っていいし。それでちゃんと、二人で話し合ったらいいと思う」
「話し合う…」
「うん。高原君はきっと、“言わない”人に慣れてるんだね。だからこそ、いろんなことを察してあげられる。瑛くんも助かってると思うよ。ほんとに」
「ああー…確かに、そうかもしれません。瑛のお世話はマジで大変っす!しかも3年連続ですよ?ちなみに渚も。友達がいない瑛が心配で、先生たちに固められてる説ありますね」

瑛のこととなると饒舌に文句を垂れる正也が、やっぱり眩しいなと思った。
瑛のそばに彼がいてくれて本当によかったとも。

「…その分、“言う”人に戸惑うところがあるかもしれないけど。ひょっとしたら気が合うかもしれないよ?」
「うーん…まあ、なんとなくそんな気もしてきました。“勝利の女神”のお告げですからね!」
「ここにもネタ擦ってる人が…」
「ちょっと腹割って話してみます。ええと…明日から…」
「正直だねえ」

ぶつぶつと呟きながら、正也は飲み終わった紙パックを畳んだ。
それをゴミ箱へ捨てたかと思うと、ジャージのポケットをごそごそと探った。

「あの、これ」
「うん?」

おもむろに差し出されたのは、分かりやすく“睡眠の質を高める”と書かれたチョコレートのパッケージだった。

「瑛のためなのは分かってますけど。観に来てくれてありがとうございました!帰ったらゆっくり寝てくださいね」
「高原君…」

少し照れくさそうな笑顔は、もうすっかりいつも通りだ。

「ありがとう。ちなみにちゃんとチームみんなを観に来てますからね!今度はみんなにもお土産買ってくるね」
「マジっすか!瑛のいないとこでくださいね。絶対全部あいつにとられるんで!」

そろそろどこからともなく撃たれる気がする、などと言いながら正也は去っていった。
もちろん別れ際の挨拶は忘れずに。

彼らの歯車もしっかり噛み合っていくといいな、と思いながら、はるかはその背中を見送った。
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