[Theme 03]3年生編
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「初戦突破、おめでとう。今年も面白いチームだね」
「いろいろとギリギリだけどな」
「バッテリーの絆とロマン砲に期待しよう」
それからふたりは、離れていた数ヶ月のことを話した。
途中で上がればいいのに、と声をかけられて、迷ったけれどピアノの部屋に上がった。
はるかの部屋にしなかったのは、家族がいるというだけでは只ならぬ感情を抑えられる自信がなかったからだ──もちろん、主に瑛が──。
ふいに話が途切れたところで、頻繁に美容室に行く暇がないから扱いやすい長さまで切ってしまったのだという髪を撫でる。
いつかふたりで暮らす頃には、また以前のように伸びているだろうか。
「…あのね、瑛くん」
「ん?」
それまで穏やかに瑛を包んでいた瞳が、ためらいがちに揺れた。
「今日…球場で、瑛くんのクラスの鈴井さんという人に、話しかけられました」
「は…?」
思わず手を止めて、前のめりの姿勢になる。
「付き合っているのかと、聞かれました」
ぎり、と拳に力が入った。
今すぐにでもあのクラスメイトを呼び出して、その言動を咎めたい衝動に駆られる。
「いろいろと悩んだんだけど…正直に、事実を伝えました」
「…そうか」
「うん。それだけ。それだけだから、瑛くんはほんとに気にしないで」
「え?」
揺らいでいたはるかの瞳が、まっすぐに瑛を見つめた。
「瑛くんは、人生でいちばん大切な戦いの中にいるから。誰にも、その邪魔はさせたくない」
その声音には、瑛すら後退りしてしまいそうな何かがあった。
「…いいんだよ、そこで男前にならなくて…」
「また言われた…」
「え?」
「さっき杏里ちゃんにも言われたの。このこと、瑛くんにちゃんと言いなさいっていうのも。言っちゃったらいろいろと意味ないのに…」
「…いや、それは全力で秋山先輩に感謝だな」
瑛はしばらく考えを巡らせて、またはるかの瞳を覗き込んだ。
「俺の知らないとこで、俺のせいではるかが嫌な目に遭うなんて、絶対嫌だから。何か実害がありそうだったら絶対言えよ。それが俺の邪魔になるとか、そんな訳ねえから」
「…うん」
「けど…俺のこと、守ろうとしてくれたはるかの気持ちも尊重する。ありがとう」
「へ…?」
そっと手に手を重ねて言うと、はるかはまた瞳を揺らした。
「“ファンには隠しておこう”とか言いかねないからな。ちゃんと“付き合ってる”って言ってくれてよかった」
「あ、それも思ったんだけど…」
「思ったのかよ!あのなあ、まだただの高校生だぞ、俺も相手も。さすがに考えすぎ」
「うん…それに、いろいろと“わたしだけ”なんだなって、思ったから」
ほんのりチークをのせた頬の、赤みが深まる。
「わたしだけに見せてくれる表情だとか、そういうのは…瑛くんにファンができてからも、ずっとひとりじめしていたいなって…」
徐々に小さくなっていく声を聞き届けるやいなや、はるかを抱き締めていた。
やわらかな感覚だとか、爽やかな香りだとか、そのすべてがひどく懐かしかった。
はるかの手がゆっくりと瑛の背中を撫でる。
しばらくそのまま、ただお互いの体温を感じていた。
「…やっぱり、全部この目で見届けていたいけど」
閉じこめた腕の中から、はるかが瑛を見上げる。
「次は、あの場所でね」
いろんな感情が混ざり合ったような、深い輝きを灯す瞳。
「3週間くらいいるつもりだから、満喫させてね!」
「決勝まで行けって?」
「やるなら目指さなきゃ、日本一!」
簡単に言いやがって、と頬をつまむ。
数ヶ月前より少し瘦せている気がした。
少しよれた紙袋に入っていたのは、メジャー球団のロゴが入ったタオルと、小さなエビのようなマスコットキーホルダーだった。
「わざわざ呼び出したくせにしょぼくてごめん…」
「エビ…?」
「ロブスターだよ。つぶらな瞳でかわいくない?」
言われてみれば憎めない顔をしている気がして、こいつは移動用のバッグにつけてやろうと思い立った。
「タオルも有難く使うよ。ありがと」
「うん。いつか一緒に試合観たりしたいね」
玄関に向かう階段を下りながら、そんなことを話す。
はるかの今回の帰国はかなり弾丸だったようで、明日の午前中にはまた日本を発つらしい。
時差ぼけで脳がバグりそうだと眉を下げていた。
「…悪い。無理させて」
瑛がそう言うと、はるかは慌てて首を振った。
「わたしが、どうしてもこの目で見たかったの。瑛くんの最後の夏が、はじまる瞬間を」
毎日“その先”ばかりを考えて、意識していなかった言葉に、はっとした。
「みんなと過ごせる時間を、大切にね」
グラウンドで先輩たちの背中を見送った日、通り抜けた静かな風の感覚をふいに思い出したりした。
「初戦突破、おめでとう。今年も面白いチームだね」
「いろいろとギリギリだけどな」
「バッテリーの絆とロマン砲に期待しよう」
それからふたりは、離れていた数ヶ月のことを話した。
途中で上がればいいのに、と声をかけられて、迷ったけれどピアノの部屋に上がった。
はるかの部屋にしなかったのは、家族がいるというだけでは只ならぬ感情を抑えられる自信がなかったからだ──もちろん、主に瑛が──。
ふいに話が途切れたところで、頻繁に美容室に行く暇がないから扱いやすい長さまで切ってしまったのだという髪を撫でる。
いつかふたりで暮らす頃には、また以前のように伸びているだろうか。
「…あのね、瑛くん」
「ん?」
それまで穏やかに瑛を包んでいた瞳が、ためらいがちに揺れた。
「今日…球場で、瑛くんのクラスの鈴井さんという人に、話しかけられました」
「は…?」
思わず手を止めて、前のめりの姿勢になる。
「付き合っているのかと、聞かれました」
ぎり、と拳に力が入った。
今すぐにでもあのクラスメイトを呼び出して、その言動を咎めたい衝動に駆られる。
「いろいろと悩んだんだけど…正直に、事実を伝えました」
「…そうか」
「うん。それだけ。それだけだから、瑛くんはほんとに気にしないで」
「え?」
揺らいでいたはるかの瞳が、まっすぐに瑛を見つめた。
「瑛くんは、人生でいちばん大切な戦いの中にいるから。誰にも、その邪魔はさせたくない」
その声音には、瑛すら後退りしてしまいそうな何かがあった。
「…いいんだよ、そこで男前にならなくて…」
「また言われた…」
「え?」
「さっき杏里ちゃんにも言われたの。このこと、瑛くんにちゃんと言いなさいっていうのも。言っちゃったらいろいろと意味ないのに…」
「…いや、それは全力で秋山先輩に感謝だな」
瑛はしばらく考えを巡らせて、またはるかの瞳を覗き込んだ。
「俺の知らないとこで、俺のせいではるかが嫌な目に遭うなんて、絶対嫌だから。何か実害がありそうだったら絶対言えよ。それが俺の邪魔になるとか、そんな訳ねえから」
「…うん」
「けど…俺のこと、守ろうとしてくれたはるかの気持ちも尊重する。ありがとう」
「へ…?」
そっと手に手を重ねて言うと、はるかはまた瞳を揺らした。
「“ファンには隠しておこう”とか言いかねないからな。ちゃんと“付き合ってる”って言ってくれてよかった」
「あ、それも思ったんだけど…」
「思ったのかよ!あのなあ、まだただの高校生だぞ、俺も相手も。さすがに考えすぎ」
「うん…それに、いろいろと“わたしだけ”なんだなって、思ったから」
ほんのりチークをのせた頬の、赤みが深まる。
「わたしだけに見せてくれる表情だとか、そういうのは…瑛くんにファンができてからも、ずっとひとりじめしていたいなって…」
徐々に小さくなっていく声を聞き届けるやいなや、はるかを抱き締めていた。
やわらかな感覚だとか、爽やかな香りだとか、そのすべてがひどく懐かしかった。
はるかの手がゆっくりと瑛の背中を撫でる。
しばらくそのまま、ただお互いの体温を感じていた。
「…やっぱり、全部この目で見届けていたいけど」
閉じこめた腕の中から、はるかが瑛を見上げる。
「次は、あの場所でね」
いろんな感情が混ざり合ったような、深い輝きを灯す瞳。
「3週間くらいいるつもりだから、満喫させてね!」
「決勝まで行けって?」
「やるなら目指さなきゃ、日本一!」
簡単に言いやがって、と頬をつまむ。
数ヶ月前より少し瘦せている気がした。
少しよれた紙袋に入っていたのは、メジャー球団のロゴが入ったタオルと、小さなエビのようなマスコットキーホルダーだった。
「わざわざ呼び出したくせにしょぼくてごめん…」
「エビ…?」
「ロブスターだよ。つぶらな瞳でかわいくない?」
言われてみれば憎めない顔をしている気がして、こいつは移動用のバッグにつけてやろうと思い立った。
「タオルも有難く使うよ。ありがと」
「うん。いつか一緒に試合観たりしたいね」
玄関に向かう階段を下りながら、そんなことを話す。
はるかの今回の帰国はかなり弾丸だったようで、明日の午前中にはまた日本を発つらしい。
時差ぼけで脳がバグりそうだと眉を下げていた。
「…悪い。無理させて」
瑛がそう言うと、はるかは慌てて首を振った。
「わたしが、どうしてもこの目で見たかったの。瑛くんの最後の夏が、はじまる瞬間を」
毎日“その先”ばかりを考えて、意識していなかった言葉に、はっとした。
「みんなと過ごせる時間を、大切にね」
グラウンドで先輩たちの背中を見送った日、通り抜けた静かな風の感覚をふいに思い出したりした。
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【ロマン砲】高い潜在能力を予感させるものの、未だ開花するに至っていないバッターのことをこう言います。「当たればすごそう」的な。