[Theme 03]3年生編
74
「日坂君の幼馴染の人ですか?」
それは何とも絶妙な質問だなと、はるかは思った。
SNSアルゴリズムの妙で目にした、あの写真通りの顔を見上げる。
視線の圧は実物の方が明らかに強い。
「私、同じクラスなんです。日坂君と」
「あ、そうなんだ…?」
「付き合ってるんですか?」
どきり、鼓動が震えた。
事実を言うのであれば、確実に付き合っている。
そしてそれを周りに隠しているわけでもない──一時期は、野球部の新入生にはあまり大っぴらにしないようにという方針はあったが──。
千景から“はるかのいない隙に瑛に迫りくる勢力がある”というタレコミを受け、そういう意図があるならばこちらとしても何かしらの牽制を入れなくては、などと思っていたのも事実だ。
しかしふと冷静になると気付いたことがある。
わざわざ炎天下の、観客側も只事では済まないこの場所までやってきて約2時間の試合を最後まで観ていたのだ。
目の前の彼女は、割と本気で野球が好きなのかもしれない。
そしてはるかの見る限りでは、瑛に危害を加えるような様子はない。
“度を越したファンサ”を求めている事実はないということだ。
そうなると彼女に対し“はい付き合っています”と答えるのが果たして正解なのか、はるかは究極の選択を迫られているような感覚に陥った。
そして、はるかの出した決断は──
「ご想像に、お任せします…?」
「茶化さないでください」
「すいません」
じとりと見下ろす鈴井は、もう一歩はるかに近付いた。
「私、ちゃんと本気です。野球が一番大事な日坂君が良いって思ってます」
「…」
「むしろ、普段あんなに無表情で冷たい人が、野球やってる時はあんなに熱くなって、表情も豊かで…そういうギャップが魅力だと思ってるので」
「…うん…?」
確かに瑛は不機嫌そうな顔がデフォルトだけど、決して無表情なわけではない。
すぐはるかをおちょくっては腹をかかえて笑うし、かと思えばはっとするほど穏やかに微笑んだりもする。
どちらかと言うと野球をやっている時は極限まで集中していて、常に凛とした表情で一瞬一瞬に立ち向かっているように見えていた。
それでもにじみ出る強い感情が、いつだってはるかの胸を震わせるのだ。
「…ええと、あなたは、」
「鈴井です」
「あ、鈴井さんは…それを聞いて、どうしたいのかな?」
瑛のファンだとか、そういうことは置いておいて、鈴井という一人の少女に問う。
「…別に。ただ聞きたいだけです」
遠くでスパイクとは違う、革靴の音が聞こえた。
着替えを済ませた部員たちがもうすぐここを通るだろう。
「…そっか。それなら、正直に言わせてもらうね。瑛くんとわたしは、お付き合いをしてるよ」
「…」
「もう、いいかな?」
「…はい」
賑やかな話し声が聞こえるその前に、その場を離れた。
ここであったことには気付かないままに、次の戦いへ向かって欲しいから。
「お、おお…」
渚たち吹部のメンバーと一緒に撮った写真を載せたSNSの投稿。
その足跡欄に、今日一日だけで強烈な印象を残した少女の顔が残っていた。
『特定はや!こわ!』
電話口で、変わらず元気いっぱいの声が響く。
杏里とは、瑛の次によくこうして電話をしていた。
「まあ、アカウント実名だし。吹部の子たちに呼ばれるの聞いてたっぽいし…」
『いや、あの日坂少年にハマるんだよ?絶対ヤバい奴だと思わない?』
「…それ、わたしのこと“ヤバい”って言ってる…?」
『違う違う!いや、おはるもヤバいけど、日坂少年のおはる以外への態度考えて?それで“好き!”ってなるの、マジ地雷だって』
「聞き逃さないよ、杏里ちゃん」
数ヶ月ぶりに手にしたマグカップを傾ける。
家でよく飲んでいたインスタントコーヒーの味が懐かしかった。
「まあ、別にSNS見られるくらいいいか。全世界に発信されちゃってるんだし」
『そのうちストレスになるって…日坂少年にガツンと言ってもらった方がいいよ!』
「それするくらいなら、わたしが直接言うよ」
『あんた相変わらず無駄に男前ね…』
「やめてねって言っておとなしくなるようにも見えないし。ちゃんと瑛くんの野球を尊重してくれそうではあるから、とりあえずはいいんじゃないかな?」
『よくねーよ、あのね!?今日のことは絶っっ対日坂少年に話すこと!!何とかしてくれとは言わなくていいから、あったことはちゃんと話す!じゃないと絶対こじれるよ!!』
「ええ…そうなのかな…」
それからしばらくして、約束の時間が近付いたので電話を終えた。
家族に一言入れて玄関先に出る。
そこにはちょうど、ジャージ姿の瑛が歩いてくるところだった。
「あ、おい。連絡してから出てこいって言ったろ」
「ドア開けただけだよ?みんないるし」
「お前って結構天邪鬼だよな」
咎めるでもなく、微笑みながら言われた一言だけど、妙にどきりとしてしまった。
「日坂君の幼馴染の人ですか?」
それは何とも絶妙な質問だなと、はるかは思った。
SNSアルゴリズムの妙で目にした、あの写真通りの顔を見上げる。
視線の圧は実物の方が明らかに強い。
「私、同じクラスなんです。日坂君と」
「あ、そうなんだ…?」
「付き合ってるんですか?」
どきり、鼓動が震えた。
事実を言うのであれば、確実に付き合っている。
そしてそれを周りに隠しているわけでもない──一時期は、野球部の新入生にはあまり大っぴらにしないようにという方針はあったが──。
千景から“はるかのいない隙に瑛に迫りくる勢力がある”というタレコミを受け、そういう意図があるならばこちらとしても何かしらの牽制を入れなくては、などと思っていたのも事実だ。
しかしふと冷静になると気付いたことがある。
わざわざ炎天下の、観客側も只事では済まないこの場所までやってきて約2時間の試合を最後まで観ていたのだ。
目の前の彼女は、割と本気で野球が好きなのかもしれない。
そしてはるかの見る限りでは、瑛に危害を加えるような様子はない。
“度を越したファンサ”を求めている事実はないということだ。
そうなると彼女に対し“はい付き合っています”と答えるのが果たして正解なのか、はるかは究極の選択を迫られているような感覚に陥った。
そして、はるかの出した決断は──
「ご想像に、お任せします…?」
「茶化さないでください」
「すいません」
じとりと見下ろす鈴井は、もう一歩はるかに近付いた。
「私、ちゃんと本気です。野球が一番大事な日坂君が良いって思ってます」
「…」
「むしろ、普段あんなに無表情で冷たい人が、野球やってる時はあんなに熱くなって、表情も豊かで…そういうギャップが魅力だと思ってるので」
「…うん…?」
確かに瑛は不機嫌そうな顔がデフォルトだけど、決して無表情なわけではない。
すぐはるかをおちょくっては腹をかかえて笑うし、かと思えばはっとするほど穏やかに微笑んだりもする。
どちらかと言うと野球をやっている時は極限まで集中していて、常に凛とした表情で一瞬一瞬に立ち向かっているように見えていた。
それでもにじみ出る強い感情が、いつだってはるかの胸を震わせるのだ。
「…ええと、あなたは、」
「鈴井です」
「あ、鈴井さんは…それを聞いて、どうしたいのかな?」
瑛のファンだとか、そういうことは置いておいて、鈴井という一人の少女に問う。
「…別に。ただ聞きたいだけです」
遠くでスパイクとは違う、革靴の音が聞こえた。
着替えを済ませた部員たちがもうすぐここを通るだろう。
「…そっか。それなら、正直に言わせてもらうね。瑛くんとわたしは、お付き合いをしてるよ」
「…」
「もう、いいかな?」
「…はい」
賑やかな話し声が聞こえるその前に、その場を離れた。
ここであったことには気付かないままに、次の戦いへ向かって欲しいから。
「お、おお…」
渚たち吹部のメンバーと一緒に撮った写真を載せたSNSの投稿。
その足跡欄に、今日一日だけで強烈な印象を残した少女の顔が残っていた。
『特定はや!こわ!』
電話口で、変わらず元気いっぱいの声が響く。
杏里とは、瑛の次によくこうして電話をしていた。
「まあ、アカウント実名だし。吹部の子たちに呼ばれるの聞いてたっぽいし…」
『いや、あの日坂少年にハマるんだよ?絶対ヤバい奴だと思わない?』
「…それ、わたしのこと“ヤバい”って言ってる…?」
『違う違う!いや、おはるもヤバいけど、日坂少年のおはる以外への態度考えて?それで“好き!”ってなるの、マジ地雷だって』
「聞き逃さないよ、杏里ちゃん」
数ヶ月ぶりに手にしたマグカップを傾ける。
家でよく飲んでいたインスタントコーヒーの味が懐かしかった。
「まあ、別にSNS見られるくらいいいか。全世界に発信されちゃってるんだし」
『そのうちストレスになるって…日坂少年にガツンと言ってもらった方がいいよ!』
「それするくらいなら、わたしが直接言うよ」
『あんた相変わらず無駄に男前ね…』
「やめてねって言っておとなしくなるようにも見えないし。ちゃんと瑛くんの野球を尊重してくれそうではあるから、とりあえずはいいんじゃないかな?」
『よくねーよ、あのね!?今日のことは絶っっ対日坂少年に話すこと!!何とかしてくれとは言わなくていいから、あったことはちゃんと話す!じゃないと絶対こじれるよ!!』
「ええ…そうなのかな…」
それからしばらくして、約束の時間が近付いたので電話を終えた。
家族に一言入れて玄関先に出る。
そこにはちょうど、ジャージ姿の瑛が歩いてくるところだった。
「あ、おい。連絡してから出てこいって言ったろ」
「ドア開けただけだよ?みんないるし」
「お前って結構天邪鬼だよな」
咎めるでもなく、微笑みながら言われた一言だけど、妙にどきりとしてしまった。