[Theme 03]3年生編
72
背中の衝撃で、我に返った。
「粋なことするなあ、“勝利の女神”様!」
昨年、緊張に顔を強張らせていた正也に瑛がそうしてやったように、正也のグラブが瑛の背中を叩いていた。
昨夜──はるかにとっては朝だが──、初戦を前に決意を語った電話口では、こんなこと一言も言っていなかったのに。
してやられた、と少し悔しそうに、瑛はもう一度はるかを見上げた。
帽子の鍔を少し上げる。
はるかはしっかりと頷いた。
「なんかやらしー」
「なんで!?」
駆け出していく背中を見送っていると、千景が呟いた。
「意味深なアイコンタクトとっちゃってさ。あの子たちへのマウント?」
ちらり、と視線が指し示すのは、早くも懐かしく感じる制服姿の女子生徒たち。
はるかはほんのりとリップをのせた唇で微笑んだ。
「まあ、それもなくはないかな?」
「あらまあ、ますますいい女になっちゃって!」
そう言う千景は数ヶ月前と何も変わらない笑顔だけど、シャツにジーンズというシンプルなコーディネートをさらりと着こなしている姿は、大学の同期たちとは一線を画していそうだと思った。
横一列に並んだ背中へと、視線を移す。
これが瑛たちの世代が牽引する、新しい鷺嶋野球部の背中。
“6”の文字を、じっと見つめる。
「礼!」
祈りを胸に、幕が上がった。
白球が、グラブの先を突き抜けていく。
一塁ベースを駆け抜けるその姿に、歓声が巻き起こる。
「主将が切り込み隊長っていうのも、アツいね…!」
「良いコースだなあ、腕上げたね」
先陣を切った主将の姿を見据えながら、打席に入るのは冬真。
昨年、度々の代打起用に応えたそのバットに、スタンドからも期待が集まる。
構えはヒッティング。
今年も“攻めの野球”が鷺嶋の持ち味のようだ。
フルカウントから粘って、幾度となく鳴り響いた金属音の終着点。
わずかに浮いた球を、逃さずに打ち抜いた。
「おお、いきなりチャンス…!」
ノーアウトから二・三塁となり、すかさずキャッチャーがマウンドへ向かう。
しっかりと気持ちを落ち着かせてきたのか、三番手はファウルフライに打ち取られてしまった。
尚もチャンスが続く中、打順は4番へ。
「お、おお…!」
話は聞いていたが、実際に“4番・日坂”を目の当たりにすると、感慨深いものがある。
昨年までとは違い、正面から眺めるその姿を目に焼き付けた。
打席に立つ背中を見るのが好きだ。
だけど、マウンドを見据えるその表情をはじめて瞳に映して、胸がぎゅっと詰まるのを感じた。
千景もまた、そんなはるかをちらりと見遣って、目を細めた。
力強いスイングに弾き返された打球は、外野の頭を大きく飛び越え、緑の大地に突き刺さった。
スタンドが大きな歓声に包まれる。
「瑛くん、打ち方変えた…?」
「完全に長打狙いだね。リスクも高いけど…打線に力がない今の状況だから、自分が打つしかないって思いがあるのかも」
「なるほど…」
「今日はしょっぱなからよく繋がったけどね。“勝利の女神”のおかげかな?」
「そのネタは去年まででもういいよ…!」
好調な滑り出しで先制を上げたものの、以降は千景の言う通り打線が沈黙し、ゲームはロースコアのまま進行した。
正也は制球に苦しみボール球を多く出しつつも、なんとか0に抑え続けている。
しかし、フォアボールからランナー一、二塁となった場面で、レフト方向に長打が出てしまった。
はるかと千景は落ち着いてフィールドを見守る。
瑛が中継に入るこの状況、1点リードは守れるはずだ。
ところが、レフトからの送球が大きく逸れてしまった。
「同点…」
思わず声が漏れる。
防げたはずの1点を取られてしまった傷は深い。
それでも切り替えられない投手ではないけれど、鷺嶋ベンチは継投を選択したようだった。
マウンドに野手陣が集まる。
涼と目も合わせずにマウンドを降りていく正也の姿を、はるかはそっと見つめていた。
2番手の2年生ピッチャーがその後を抑えたが、重い空気のまま始まった鷺嶋の攻撃。
打席には、公式戦でははじめての顔ぶれとなる男が、ゆっくりと向かっていた。
背中の衝撃で、我に返った。
「粋なことするなあ、“勝利の女神”様!」
昨年、緊張に顔を強張らせていた正也に瑛がそうしてやったように、正也のグラブが瑛の背中を叩いていた。
昨夜──はるかにとっては朝だが──、初戦を前に決意を語った電話口では、こんなこと一言も言っていなかったのに。
してやられた、と少し悔しそうに、瑛はもう一度はるかを見上げた。
帽子の鍔を少し上げる。
はるかはしっかりと頷いた。
「なんかやらしー」
「なんで!?」
駆け出していく背中を見送っていると、千景が呟いた。
「意味深なアイコンタクトとっちゃってさ。あの子たちへのマウント?」
ちらり、と視線が指し示すのは、早くも懐かしく感じる制服姿の女子生徒たち。
はるかはほんのりとリップをのせた唇で微笑んだ。
「まあ、それもなくはないかな?」
「あらまあ、ますますいい女になっちゃって!」
そう言う千景は数ヶ月前と何も変わらない笑顔だけど、シャツにジーンズというシンプルなコーディネートをさらりと着こなしている姿は、大学の同期たちとは一線を画していそうだと思った。
横一列に並んだ背中へと、視線を移す。
これが瑛たちの世代が牽引する、新しい鷺嶋野球部の背中。
“6”の文字を、じっと見つめる。
「礼!」
祈りを胸に、幕が上がった。
白球が、グラブの先を突き抜けていく。
一塁ベースを駆け抜けるその姿に、歓声が巻き起こる。
「主将が切り込み隊長っていうのも、アツいね…!」
「良いコースだなあ、腕上げたね」
先陣を切った主将の姿を見据えながら、打席に入るのは冬真。
昨年、度々の代打起用に応えたそのバットに、スタンドからも期待が集まる。
構えはヒッティング。
今年も“攻めの野球”が鷺嶋の持ち味のようだ。
フルカウントから粘って、幾度となく鳴り響いた金属音の終着点。
わずかに浮いた球を、逃さずに打ち抜いた。
「おお、いきなりチャンス…!」
ノーアウトから二・三塁となり、すかさずキャッチャーがマウンドへ向かう。
しっかりと気持ちを落ち着かせてきたのか、三番手はファウルフライに打ち取られてしまった。
尚もチャンスが続く中、打順は4番へ。
「お、おお…!」
話は聞いていたが、実際に“4番・日坂”を目の当たりにすると、感慨深いものがある。
昨年までとは違い、正面から眺めるその姿を目に焼き付けた。
打席に立つ背中を見るのが好きだ。
だけど、マウンドを見据えるその表情をはじめて瞳に映して、胸がぎゅっと詰まるのを感じた。
千景もまた、そんなはるかをちらりと見遣って、目を細めた。
力強いスイングに弾き返された打球は、外野の頭を大きく飛び越え、緑の大地に突き刺さった。
スタンドが大きな歓声に包まれる。
「瑛くん、打ち方変えた…?」
「完全に長打狙いだね。リスクも高いけど…打線に力がない今の状況だから、自分が打つしかないって思いがあるのかも」
「なるほど…」
「今日はしょっぱなからよく繋がったけどね。“勝利の女神”のおかげかな?」
「そのネタは去年まででもういいよ…!」
好調な滑り出しで先制を上げたものの、以降は千景の言う通り打線が沈黙し、ゲームはロースコアのまま進行した。
正也は制球に苦しみボール球を多く出しつつも、なんとか0に抑え続けている。
しかし、フォアボールからランナー一、二塁となった場面で、レフト方向に長打が出てしまった。
はるかと千景は落ち着いてフィールドを見守る。
瑛が中継に入るこの状況、1点リードは守れるはずだ。
ところが、レフトからの送球が大きく逸れてしまった。
「同点…」
思わず声が漏れる。
防げたはずの1点を取られてしまった傷は深い。
それでも切り替えられない投手ではないけれど、鷺嶋ベンチは継投を選択したようだった。
マウンドに野手陣が集まる。
涼と目も合わせずにマウンドを降りていく正也の姿を、はるかはそっと見つめていた。
2番手の2年生ピッチャーがその後を抑えたが、重い空気のまま始まった鷺嶋の攻撃。
打席には、公式戦でははじめての顔ぶれとなる男が、ゆっくりと向かっていた。
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【送球が逸れる】捕った球を味方へ送る際は、味方が構えたグラブへコントロールよく投げる必要があります。送球が逸れ(=「悪送球」)、味方が捕るのに時間がかかってしまうと、その間にランナーが次の塁やホームに進んでしまいます。