[Theme 03]3年生編
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『そうだ、あのね!アメリカにもバッティングセンターがあるんだよ!』
「…へえ?」
思いがけない話題に瞬きをする。
野球の話となるとはるかも一気に目が覚めるらしく、一段と声が弾んだ。
『“バッティングケージ”って言うんだけどね、なんと硬球が打てます!』
「マジか。え、まさか…」
『打ってみたよ!もちろん!』
何が“もちろん”なんだ、と冷や汗が伝う。
「危ねえだろ…ケガしてねえ?」
『大丈夫だよ!瑛くんからもらったグローブがあるしね!』
「…」
『触ったこともなかったからドキドキしたけど…なぜか軟球より飛ぶ気がする!』
「お前…」
どこまでも計り知れない人だ。
『でも、芯を外すと痛いから、たまーに行くだけにするよ。結構遠いし』
「ああ、そうしてくれ」
『車じゃないといけないからねえ』
「…車?」
一体誰の車だ、そう問いかける前に、はるかの声が耳元に響いた。
『一緒にしたら失礼だけど…ほんのちょっとだけ瑛くんたちの世界を知れた気がして、嬉しかったなあ』
くすくすと笑う息遣いが、電話越しなのにくすぐったい。
思わず頬が熱くなった。
『…ねえ、ハリアーズのスカウトはもう見に来た?』
「来ねーよ。お前、さすがにその線は諦めろ」
『神岡ならどこへ行くにも便利だと思いませんか?』
「それ言ったら東峰が一番だろ」
『住めないよあんな大都会!』
「住んでくれねーと困るんですけど?」
この話はいつも平行線だ。
だけど実際、ハリアーズのドラフトは投手中心で、大学生や社会人がほとんどなので瑛に手が挙がる可能性は低いだろう。
育成ならば大いに有り得るが、願わくばその前に他の球団、ないしウォルラスから指名をいただきたいものだ。
そのためにも、この夏は昨年以上の結果を残さなければならない。
『そろそろ学校行く準備しようかな』
「…ああ。俺も寝る前にもうちょっと振ってくる」
『あ、電話…無理しなくていいんだからね?時間ない時とか、疲れてる日とか。もうあっという間に予選だし…』
「わかってる。はるかも朝きつい時は無理すんなよ」
『うん。それじゃあ、いってきます!瑛くん、おやすみ』
二つ並んだ正反対な言葉にそれぞれ返事をして、電話を切った。
なんとなく気分を変えて、いくつかある“素振りスポット”のうち、あまり使っていない場所へと足を向ける。
もっとも人気のない場所で集中できるものの、灯りがなく暗すぎるのが欠点だ。
ふと、足を止める。
その場所には間違いなく、人の気配があった。
風を切る音。
暗がりの中で薄っすらと動く、大きな影。
瑛はそっと踵を返した。
「ええと、春から変わったのはこの3人と…お、この人は初登場かな?」
真剣に名簿を眺めていた目を輝かせて、渚は顔を上げた。
今年の吹奏楽部はコンクールの成績がよく、かなり慌ただしい日々を過ごしているらしい。
こうして瑛や正也と昼休みに話す構図も、3年生になってからは珍しくなった。
「こいつ、いつも瑛とすげーバチバチじゃん。今どんな気持ち?」
「別に、向こうが勝手につっかかってきてるだけだろ。どんな気持ちも何も、上がってきてくれてマジで助かった。早く覚醒してくれ」
「えっ、ケンカしてるの…?」
「ケンカっつーかまあ…ムカついてんじゃね?彼女いるし。レギュラー争いが仕切り直しになったところで、こいつだけはなんかもう最初から決まってる雰囲気だったし。あと彼女いるし」
肩パンをかましながら言い放つ正也に、今度は瑛が目を丸くした。
自分だって必死だったのに、周りからはそんなふうに思われていたなんて。
「ちなみに何を隠そうこの俺も、ぶっちぎり不動のエースな!」
「…お前、涼との関係次第では怪しいらしいぞ」
「なんだって!?」
「ええっ、高原君まで…!?」
へそを曲げてふんぞり返っているが、ここ最近の練習試合では、バッテリーの息が合わない部分も意地で押し切る場面が増えてきた。
もちろんそれだけでは困るのだけれど。
「…今年も、いよいよはじまるね」
渚の声が、ほんの少し震えていた。
「僕たちも、精一杯エールを送るから。また行こうね、甲子園!」
はじめて出会った頃と比べるとずいぶん力強くなった瞳が、どことなくあの星空と重なる気がした。
今年もこの場所は、燃え上がるように暑い。
円を描く球児たちの影が、まだ午前中だというのにくっきりと土に刻まれていた。
「お疲れ様です。今年の夏が、ここからはじまります。普段通りのプレーで、一つ一つ積み重ねて…死ぬほど長い夏にしましょう。直哉先輩お願いします」
「よし。みんな、行くぞ!」
冬真の声出しと、主将の号令で。
鷺嶋の球児たちが、雄叫びを上げた。
「全然声出てないんじゃないの?」
スタンドから聞こえた、涼やかな声。
「うおおチカさん!お疲れ様です!…って、あれ?」
その傍らで、風に揺れる髪。
「一つずつ!みんなファイト!」
じわりと滲んだ視界。
爽やかな香りを、すぐそばに感じた気がした。
『そうだ、あのね!アメリカにもバッティングセンターがあるんだよ!』
「…へえ?」
思いがけない話題に瞬きをする。
野球の話となるとはるかも一気に目が覚めるらしく、一段と声が弾んだ。
『“バッティングケージ”って言うんだけどね、なんと硬球が打てます!』
「マジか。え、まさか…」
『打ってみたよ!もちろん!』
何が“もちろん”なんだ、と冷や汗が伝う。
「危ねえだろ…ケガしてねえ?」
『大丈夫だよ!瑛くんからもらったグローブがあるしね!』
「…」
『触ったこともなかったからドキドキしたけど…なぜか軟球より飛ぶ気がする!』
「お前…」
どこまでも計り知れない人だ。
『でも、芯を外すと痛いから、たまーに行くだけにするよ。結構遠いし』
「ああ、そうしてくれ」
『車じゃないといけないからねえ』
「…車?」
一体誰の車だ、そう問いかける前に、はるかの声が耳元に響いた。
『一緒にしたら失礼だけど…ほんのちょっとだけ瑛くんたちの世界を知れた気がして、嬉しかったなあ』
くすくすと笑う息遣いが、電話越しなのにくすぐったい。
思わず頬が熱くなった。
『…ねえ、ハリアーズのスカウトはもう見に来た?』
「来ねーよ。お前、さすがにその線は諦めろ」
『神岡ならどこへ行くにも便利だと思いませんか?』
「それ言ったら東峰が一番だろ」
『住めないよあんな大都会!』
「住んでくれねーと困るんですけど?」
この話はいつも平行線だ。
だけど実際、ハリアーズのドラフトは投手中心で、大学生や社会人がほとんどなので瑛に手が挙がる可能性は低いだろう。
育成ならば大いに有り得るが、願わくばその前に他の球団、ないしウォルラスから指名をいただきたいものだ。
そのためにも、この夏は昨年以上の結果を残さなければならない。
『そろそろ学校行く準備しようかな』
「…ああ。俺も寝る前にもうちょっと振ってくる」
『あ、電話…無理しなくていいんだからね?時間ない時とか、疲れてる日とか。もうあっという間に予選だし…』
「わかってる。はるかも朝きつい時は無理すんなよ」
『うん。それじゃあ、いってきます!瑛くん、おやすみ』
二つ並んだ正反対な言葉にそれぞれ返事をして、電話を切った。
なんとなく気分を変えて、いくつかある“素振りスポット”のうち、あまり使っていない場所へと足を向ける。
もっとも人気のない場所で集中できるものの、灯りがなく暗すぎるのが欠点だ。
ふと、足を止める。
その場所には間違いなく、人の気配があった。
風を切る音。
暗がりの中で薄っすらと動く、大きな影。
瑛はそっと踵を返した。
「ええと、春から変わったのはこの3人と…お、この人は初登場かな?」
真剣に名簿を眺めていた目を輝かせて、渚は顔を上げた。
今年の吹奏楽部はコンクールの成績がよく、かなり慌ただしい日々を過ごしているらしい。
こうして瑛や正也と昼休みに話す構図も、3年生になってからは珍しくなった。
「こいつ、いつも瑛とすげーバチバチじゃん。今どんな気持ち?」
「別に、向こうが勝手につっかかってきてるだけだろ。どんな気持ちも何も、上がってきてくれてマジで助かった。早く覚醒してくれ」
「えっ、ケンカしてるの…?」
「ケンカっつーかまあ…ムカついてんじゃね?彼女いるし。レギュラー争いが仕切り直しになったところで、こいつだけはなんかもう最初から決まってる雰囲気だったし。あと彼女いるし」
肩パンをかましながら言い放つ正也に、今度は瑛が目を丸くした。
自分だって必死だったのに、周りからはそんなふうに思われていたなんて。
「ちなみに何を隠そうこの俺も、ぶっちぎり不動のエースな!」
「…お前、涼との関係次第では怪しいらしいぞ」
「なんだって!?」
「ええっ、高原君まで…!?」
へそを曲げてふんぞり返っているが、ここ最近の練習試合では、バッテリーの息が合わない部分も意地で押し切る場面が増えてきた。
もちろんそれだけでは困るのだけれど。
「…今年も、いよいよはじまるね」
渚の声が、ほんの少し震えていた。
「僕たちも、精一杯エールを送るから。また行こうね、甲子園!」
はじめて出会った頃と比べるとずいぶん力強くなった瞳が、どことなくあの星空と重なる気がした。
今年もこの場所は、燃え上がるように暑い。
円を描く球児たちの影が、まだ午前中だというのにくっきりと土に刻まれていた。
「お疲れ様です。今年の夏が、ここからはじまります。普段通りのプレーで、一つ一つ積み重ねて…死ぬほど長い夏にしましょう。直哉先輩お願いします」
「よし。みんな、行くぞ!」
冬真の声出しと、主将の号令で。
鷺嶋の球児たちが、雄叫びを上げた。
「全然声出てないんじゃないの?」
スタンドから聞こえた、涼やかな声。
「うおおチカさん!お疲れ様です!…って、あれ?」
その傍らで、風に揺れる髪。
「一つずつ!みんなファイト!」
じわりと滲んだ視界。
爽やかな香りを、すぐそばに感じた気がした。