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[Theme 03]3年生編

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はるかとなかなか連絡がつかなくなった。

13時間の時差。
瑛が眠る頃にはるかの授業が始まり、はるかが眠る頃、瑛はまだ昼食時だ。
片方が起きているタイミングで送ったメッセージに、もう片方が起きた時に返す。

電話ができるのははるかが起きたばかりの十数分だけだが、最近は朝からバタバタすることが多いようで声を聞けていない。

そもそもはるかはおそろしく朝に弱いようで、はじめは瑛を思ってかなり無理をしていたらしい。
毎朝“ごめんね”とメッセージを送らせてしまうのも気の毒で、いつからか瑛も電話をかけることをやめた。



「日坂君、やっぱりこの夏もレギュラーでしょ?さすがだね」

最近やたらと話しかけてくるクラスメイト。
よく見てもいないくせに何が“さすが”なのかと腹が立つ。

彼女が何人かと連れたって練習試合を観に来ているというのは、聞いてもいないのに毎回チームメイトが報告してきた。

──どいつもこいつも、何考えてんだ。

一つや二つではない球団スカウトの目に留まったほどの、拓真の打撃。
走攻守すべてで俊足を活かした、千景にしかできないプレーの数々。
先人たちが抜けた穴を埋める以上の力を得なければ、12年ぶりに辿り着いたあの場所はまたしても夢物語に戻ってしまう。

余計なことを考えている暇など、誰一人にだってないはずなのに。

それは無論、瑛にとっても。

「え、これ月城先輩?だよな。すげー!」

昼休みの終わり際、教室に戻るなり聞こえた正也の声。
部長業で忙しいのか、この頃不在がちな渚も一緒のようだ。

「高原君、声落として…!」
「何見てんの?」

瑛も二人の手元を覗くと、渚のスマートフォンに着飾った男女の姿が映し出されていた。

「あ、日坂君、これは…」

アップライトピアノの椅子に腰かける、黒髪の女性。
化粧を施された華やかな顔と、肩の辺りで切り揃えられた髪。

たった数ヶ月でずいぶん様子が変わっているけれど、それは間違いなくはるかだった。

そしてその傍らでは、サックスを掲げたスーツ姿の男性が、はるかの肩に腕を回している。

「え、ええと!これ、大学の公式アカウントで!演奏会の投稿が上がってて見たら、月城先輩を見つけて…」
「さ、さすがアメリカ!誰でも距離感近いよな!でも月城先輩は、なんかちょっと困った感じだよな!」

正也の言う通り、はるかはカメラに向かって微笑んではいるが、どこか戸惑っているようにも見える。
腕を回す男性からも、さり気なく距離をとろうとしている様子だ。

入学後数ヶ月でさっそく一般向けの演奏会ともなれば、バタバタするはずだ。
いつも自分で切ると言っていた前髪も、少し伸びている。


──そう。だからこの感情も、“余計なこと”だ。


「…あんまジロジロ見んなよ。減る」
「え?いやこれ既に全世界に発信されてるし!ていうか減らねえし!」
「バカが見ると減るんだよ」
「はあ!?」
「日坂君…」

物言いたげな二人の視線から、目を背けて。
次の授業の用意をすることにした。



その夜、アメリカへ渡ってからはじめて、はるかからの着信があった。

迷わず手を伸ばそうとして、脳裏に過る、昼間見た写真。

今声を聞いたら、なんとか蓋をした感情がすべて噴き出してしまいそうな気がした。
それはきっと、彼女を傷つける言葉になってしまう。

そっと画面を伏せて、バットを握った。


それしか、できなかった。


「あ、“推し”さんじゃん」

バットを手に寮を出たところで、やけに懐かしい涼やかな声に足が止まる。

「…チカさん」
「うわ、なんか懐かしい顔になってるね」

思い浮かべたのと同じような、少し違和感のあるセリフで微笑んだのは、千景だった。
暗がりで薄っすらとしか見えないが、ジャージの胸元には大学のロゴと思しきものがあしらわれている。

「さっき監督に差し入れ持ってったから」
「ありがとうございます」
「まあ、みんなあんまりやる気なさそうだからいらなかったかもしれないけど」
「え…?」

そんな口ぶりにさえ懐かしさを感じたけれど、その表情は思いの外やわらかだった。
相変わらずその意図は読めないものの。

「…何すか、さっきの」
「ああ。君、女子高生インフルエンサーの“推し”なんでしょ?」
「はい?」

一ミリも聞き覚えのない言葉に、間抜けな声が漏れる。
千景はおもむろにスマートフォンを取り出して、瑛に差し出した。

画面には、SNSの投稿。
スタジアムの客席で撮られた写真に写っているのは、“例のクラスメイト”の姿だった。
さらによく見ると、フェンスの向こうでは瑛が打席に立っている。

「こいつ、こんなとこで何を…」
「はるかちゃんがいなくて寂しいからってさ。君、そんな器用な男だったっけ?」
「何言ってんすか…?」

嫌悪感からすぐに目を反らそうとしたけれど、写真の傍に記されたリアクションの数が異様に多いことが引っかかった。
加えて、先ほどの千景のセリフ。

「この子、結構有名みたいだね。メイクとかカフェの投稿がほとんどで、野球は最近ハマったって言ってるけど」
「チカさんそういうの好きなんすか…?」
「バカじゃない?」

近頃やたらと“バカ”という言葉を聞く。
バカって言う方が云々、という正也の叫び声まで聞こえてきそうだ。

「…プロ目指すっていうならさ。ファンのしつけも仕事の内じゃない?」
「いや…アイドルじゃないんですし」
「瑛のために言ってんじゃないんだよ」

やわらかだった表情が、鋭くなる。

──瑛先輩、鈍感なのはいいですけど月城さんを泣かせないでくださいね

なぜだか冬真の言葉が、頭を過った。

「…まあ、このままの調子じゃ夏には飽きられてるんじゃない?そうじゃなくても観に行く試合がないんじゃねえ」
「めちゃくちゃ言いますね…」
「あはは。ねえ、頼むよ」

いつものように笑いながら、残していった言葉。

そのたった一言には、あまりに複雑な意味が込められている気がした。
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