[Theme 02]2年生編
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扉を開けると、教室の奥には古びた実験器具や、何かの模型らしきものが整然と並べられていた。
“処分”だったり“保管”だったりと書かれた裏紙が、これまた丁寧に貼り付けられている。
整理整頓に厳しい監督の顔が思い浮かび、少し気まずい気分になった。
「どんなふうになるんだろうね。いっそ建物まるごと屋内練習場になったらいいのにね!」
瑛に続いて部屋に足を踏み入れたはるかが言う。
旧館が改装されるというのは、つい最近耳にした話だ。
それでも既にこうして準備が進められているのは、ますます樫井らしい。
どうにも脳内を支配しようとするその顔を、振り払うようにはるかを見た。
今日で見納めになる、制服姿。
深い藍色のブレザー、真っ白なシャツ、赤いリボン。
きれいにプリーツの揃ったスカート。
まだ2年しか着ていない瑛の制服の方が、よほどくたびれていた。
まじまじと眺めていてふと気づく。
二つ並んでいるはずのブレザーのボタンが、一つ欠けている。
「お前、それ…」
「あ、ボタン?えへへ。吹部の子たちが“ください”って言うから、あげちゃった」
目を凝らせば小さく穴が開いているその場所を、じっと見つめる。
相手は集団で、しかもほとんど女子だということは分かっていても、胸の奥がジリジリと焦げ付くようだった。
「そうだ」
突然、藍色が視界から消える。
はるかは並べられた備品たちの傍、養生テープと一緒に置かれていたハサミを手に取った。
そしてそのまま、残っていたボタンを摘まむ。
「あ、おい!」
パチン、と小さく音が鳴る。
ブレザーの裾がはるかの手から滑り落ちて、そこにはボタンだけが残った。
引き抜いた糸をきちんとポケットにしまって、瑛のもとへ戻ってくる。
「はい、どうぞ」
「…え…?」
「第2ボタン。なんとなく、こっちは残しておいたんだ」
はるかはおどけて、そのボタンを瑛へ差し出した。
先ほどの自分はそんなに物欲しそうな目をしていたのかと恥ずかしくもなったが、迷わず受け取った。
校章が彫られたその表面には、よく見ると小さな傷がついている。
サックスを抱えていたからだろうか。
単純に机で擦ったのかもしれない。
新品だと言われても信じてしまいそうなほどの制服の中で、そのボタンにだけは、はるかの過ごした3年間がしっかりと刻み込まれているように感じられた。
「詰襟じゃないけど、こういうのはロマンですよね」
「…だな」
瑛に微笑みかけたはるかの、星の瞳を覗き込む。
まばたきをしたその時、そっと唇を重ねた。
はじめて学校でキスをした。
そして、それはもう二度と──
味わうようにじっくりと、口付けを深めた。
いとしさが止めどなくこみ上げて、全身から溢れ出しそうになる。
それと同時にゾクゾクと腹の底が疼くのを感じた頃、とんとん、とやさしく胸を叩かれた。
「…もう。学校は、ダメって言ったでしょ?」
とけ出しそうな、真っ赤な顔で言われても煽られるだけだ。
「改装入るなら、リセットだろ」
「どういう理屈?ほら、今日も練習あるんでしょ。センバツ前の大事な時期なんだから、しっかり頼みますよ!」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
初戦はもう2週間後に迫っている。
そしてその日を待たずにはるかは日本を経たなければならず、確実に会えるのはもう、今日が最後だった。
離したくない手を、やっとの思いで離して。
「卒業おめでとう、はるか。“社会人”になんのは、俺が先だから」
ずいぶん不格好な笑顔だったけれど、はるかは穏やかな笑みを返してくれた。
先ほど拓真や千景たちと別れた、グラウンドが近付く。
大きなネット越しにその全景が見えたところで、はるかは足を止めた。
「夏は、帰ってくるから」
「うん」
「電話もするね」
「ああ、俺も」
「それじゃあ…今日も、練習頑張って」
もう一度腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動に駆られるけれど、目の前のグラウンドでは既に1年生たちが練習の準備をしている。
周りには帰宅する生徒や、部活の場所へ向かう生徒たちの姿もある。
もっとも、瑛にとってはもはやどうでもいいことのようにも思えたけれど。
「なあ、はるか」
「うん?」
「好きだ」
考えるより先に、口から転がり出た言葉。
はるかは驚いていたけれど、やがて嬉しそうに頬を染めた。
「わたしも。瑛くんが、好きだよ」
穏やかな声で紡がれたその言葉を刻み付けるように、ポケットにしまったはるかのボタンを握り締めた。
扉を開けると、教室の奥には古びた実験器具や、何かの模型らしきものが整然と並べられていた。
“処分”だったり“保管”だったりと書かれた裏紙が、これまた丁寧に貼り付けられている。
整理整頓に厳しい監督の顔が思い浮かび、少し気まずい気分になった。
「どんなふうになるんだろうね。いっそ建物まるごと屋内練習場になったらいいのにね!」
瑛に続いて部屋に足を踏み入れたはるかが言う。
旧館が改装されるというのは、つい最近耳にした話だ。
それでも既にこうして準備が進められているのは、ますます樫井らしい。
どうにも脳内を支配しようとするその顔を、振り払うようにはるかを見た。
今日で見納めになる、制服姿。
深い藍色のブレザー、真っ白なシャツ、赤いリボン。
きれいにプリーツの揃ったスカート。
まだ2年しか着ていない瑛の制服の方が、よほどくたびれていた。
まじまじと眺めていてふと気づく。
二つ並んでいるはずのブレザーのボタンが、一つ欠けている。
「お前、それ…」
「あ、ボタン?えへへ。吹部の子たちが“ください”って言うから、あげちゃった」
目を凝らせば小さく穴が開いているその場所を、じっと見つめる。
相手は集団で、しかもほとんど女子だということは分かっていても、胸の奥がジリジリと焦げ付くようだった。
「そうだ」
突然、藍色が視界から消える。
はるかは並べられた備品たちの傍、養生テープと一緒に置かれていたハサミを手に取った。
そしてそのまま、残っていたボタンを摘まむ。
「あ、おい!」
パチン、と小さく音が鳴る。
ブレザーの裾がはるかの手から滑り落ちて、そこにはボタンだけが残った。
引き抜いた糸をきちんとポケットにしまって、瑛のもとへ戻ってくる。
「はい、どうぞ」
「…え…?」
「第2ボタン。なんとなく、こっちは残しておいたんだ」
はるかはおどけて、そのボタンを瑛へ差し出した。
先ほどの自分はそんなに物欲しそうな目をしていたのかと恥ずかしくもなったが、迷わず受け取った。
校章が彫られたその表面には、よく見ると小さな傷がついている。
サックスを抱えていたからだろうか。
単純に机で擦ったのかもしれない。
新品だと言われても信じてしまいそうなほどの制服の中で、そのボタンにだけは、はるかの過ごした3年間がしっかりと刻み込まれているように感じられた。
「詰襟じゃないけど、こういうのはロマンですよね」
「…だな」
瑛に微笑みかけたはるかの、星の瞳を覗き込む。
まばたきをしたその時、そっと唇を重ねた。
はじめて学校でキスをした。
そして、それはもう二度と──
味わうようにじっくりと、口付けを深めた。
いとしさが止めどなくこみ上げて、全身から溢れ出しそうになる。
それと同時にゾクゾクと腹の底が疼くのを感じた頃、とんとん、とやさしく胸を叩かれた。
「…もう。学校は、ダメって言ったでしょ?」
とけ出しそうな、真っ赤な顔で言われても煽られるだけだ。
「改装入るなら、リセットだろ」
「どういう理屈?ほら、今日も練習あるんでしょ。センバツ前の大事な時期なんだから、しっかり頼みますよ!」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
初戦はもう2週間後に迫っている。
そしてその日を待たずにはるかは日本を経たなければならず、確実に会えるのはもう、今日が最後だった。
離したくない手を、やっとの思いで離して。
「卒業おめでとう、はるか。“社会人”になんのは、俺が先だから」
ずいぶん不格好な笑顔だったけれど、はるかは穏やかな笑みを返してくれた。
先ほど拓真や千景たちと別れた、グラウンドが近付く。
大きなネット越しにその全景が見えたところで、はるかは足を止めた。
「夏は、帰ってくるから」
「うん」
「電話もするね」
「ああ、俺も」
「それじゃあ…今日も、練習頑張って」
もう一度腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動に駆られるけれど、目の前のグラウンドでは既に1年生たちが練習の準備をしている。
周りには帰宅する生徒や、部活の場所へ向かう生徒たちの姿もある。
もっとも、瑛にとってはもはやどうでもいいことのようにも思えたけれど。
「なあ、はるか」
「うん?」
「好きだ」
考えるより先に、口から転がり出た言葉。
はるかは驚いていたけれど、やがて嬉しそうに頬を染めた。
「わたしも。瑛くんが、好きだよ」
穏やかな声で紡がれたその言葉を刻み付けるように、ポケットにしまったはるかのボタンを握り締めた。