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[Theme 02]2年生編

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1月下旬、一般生徒はまだ授業を受けている時間。
瑛は校長室に呼び出されていた。

「監督と直哉ナオヤだけでよかったのでは…」

傍らには樫井と、新主将である直哉の姿もある。

「こういう時くらい副主将としての仕事をしろ」
「…すいません」

樫井に窘められ、視線をPCの画面に戻す。
そこでは地区ごとに設けられた枠の中へ、高校名を記したボードが一つずつ並べられていた。

「へえ、はじめて聞いた」

今しがた並んだ名前に、直哉が呟く。
順当に予選を勝ち上がった者たちが出場する夏の甲子園とは違い、センバツの出場基準は独自のものだ。
確実に行ける手段である、秋の地区大会優勝を逃したのは痛い。
それでも優勝校のおかげで運よく増えた枠に望みをかけて、三人と校長はこうして小さなPC画面の前でひしめきあっているのだ。

「おおお…!」

校長がかすれた声を上げる。

鷺嶋高校の名前が、確かにそこにあった。



「おめでとう!」

放課後、すぐにはるかの教室へ赴いて、そっと呼び出した。
ちなみに教室は、とても入れる雰囲気ではなかった。

「千景君はよかったの?」
「ああ、どうせすぐ会うし」
「そっか。教えてくれてありがとう!さすがにあの中で配信見るわけにいかなくて、気になってたの…」

夏の県大会の時、平日の試合中はこっそり速報を見ていたと聞いていたのでまさかと思ったが、さすがに我慢していたらしい。

「はるかは、合格発表まだ先なんだっけ?」
「うん、たぶんね。2月の頭としか言われてないから、来週から毎晩眠れないよ…」
「んなことねえだろ」
「…うん、ないかも…えへ」

海外の大学は日本と違って、“入るのは簡単で出るのが難しい”というのはよく言われる話だ。
はるかの場合、音楽大学という特殊性もある上に審査内容も決して“簡単”とはいえないが、はるかの才をもってすればそこまで不安要素はなかった。
これまでの練習も、オーディションそのものというよりは、入学してから怒涛のカリキュラムについていけるように準備していた節がある。

「あのさ、次のオフ…日曜なんだけど、どっか行かねえ?」
「え?」

思っていた以上に気持ちに余裕がありそうなはるかの様子を見て、瑛は問いかけてみることにした。

「どうせ模試だから、練習したくてもできねえよ。はるかも受けねえだろ?」
「あ、そっか…うん、次のは受けないよ」
「じゃあ決まり。また連絡する」



その日はよく晴れていて、連日の厳しい寒さも少しだけ和らいでいた。
休日の静かな住宅街を歩きながら、これからはじまる一日に胸が高鳴る。

──ふたりだけでどこかへ行くのは、はじめてだなあ。

こんな日は、もうないだろうと思っていた。
そして、当分はこれで最後でもある。
そのことをしっかりと心に刻んで、待ち合わせ場所を目指した。


「わ…」

打ち合わせた時刻まではまだ十分時間があるはずだが、駅の入り口には既にその姿があった。

それがどうもいつもと違うのは、制服でも練習着でもない、細身のパンツとマウンテンパーカーを合わせたシンプルなコーディネートだけではなく。

「か、髪…!」

坊主ではないが、はるかが再三文句を付けるほども長くはなかった瑛の髪が、また一段とすっきりしていたのだ。
帽子を脱ぐと少し前髪がかかっていた目元も、今は意志の強い瞳をはっきりと見せている。

「…別に、ちょっと切っただけだろ」
「甲子園でも切らなかったのに…!」
「うるせー。そんな暇なかったんだよ…春には間に合ったから、いいだろ」

行くぞ、と言って背中を向けた瑛に、慌ててついていく。
再び隣に並んだ時、はるかはまだ見慣れない瑛の横顔を見上げた。

「似合ってる。かっこいい!」

はるかを見下ろす瑛の眉がぎゅ、と寄った。
ものすごく照れている時の表情だと、はるかは知っている。



それなりに勇気を出して誘ってみたものの、普段友人とも遊びに行くことなどない瑛にデートのアイデアはなく。
“とりあえず何かゆっくり見たいものとかないの?”というはるかの言葉がきっかけで、最初の目的地はアルプスとなった。
店に入るなり野球用品のコーナーに向かい、消耗品の棚を眺めている様子は“デート”というにはあまりに日常的すぎる気はするけれど。

1年生がここではるかに会ったと話していたことが、密かに引っかかっていた。
恋人である瑛だって、外ではるかに会うことはままならないというのに。

──やっぱ月城さんてさ…でかいよな

忌々しい会話までもがよみがえり、思わずはるかを見る。
今日はゆったりとしたシルエットのニットを着ているが、それでも明らかに存在感のある、その場所。

「あ!見て、瑛くん」
「え」

一体何を見せてくれるのだろうか、瑛がとんでもない方向へ思考を漂わせていた一方で、はるかはのんびりとした笑顔でどこかを指さしている。
プロテインやドリンク類が並んでいる棚に、見覚えのあるラベルが見えた。

「あのスポドリ…」
「そう!ここには絶対あるから。ドラックストアとかでもたまに見るけどね」
「…わざわざここで買ってくれてたんだ」
「ふふ。気に入ってくれて嬉しかったから!」

もしかしたら1年生と会った日も、これを買いにきていたのだろうか。
そう思うと胸の中に燻っていたものも、そっと消えていくような気がした。

代わりに押し寄せてくるのは、もうはるかからこのボトルを手渡されることはなくなるんだという実感。

「次、どうしよっか。かっ飛ばしにでもいきますか?」

揺れた瑛の心を感じ取ったのか、はるかがバットを振るような仕草で問いかける。
瑛は少し目を細めて、頷いた。



日曜日の昼間ということもあり、店内にはいくつものバットの音が響いていた。
はるかが挨拶がてらにカウンターを覗くと、店長とともに中年の男性がこちらに手を振る。

「店長の息子さん。県外で働いてたけど、戻ってきたんだって。店長が一人にならなくてよかった…」

自分が辞めたあとのことを心配していたらしいはるかも、一安心といった様子だ。

「オフだしゆるめにしとく?それともこの変化球投げれる子にする?」
「ここそんなのあんのか…」
「170キロ出るよ!」
「やめろ」

無難に空いている打席に入り、小銭を入れる。
慣れ親しんだ硬球とは感覚が違うが、所詮マシンの球なので当然のようにぽんぽんと打ち返していく。

隣の打席にはるかが立つのが見えた。
どちらかというと動きやすい服装ではないが、不思議とバットが似合う。
両手を包む、バッティンググローブも。

「…ははっ」

笑ってしまうほど、気持ちの良いバッティングだった。
教科書のようなスイングで、飛び込んできた球をきれいに打ち返す後ろ姿。

集中しているのか、瑛のスマートフォンが鳴らしたシャッター音には気付かれなかった。



バットを振っていれば余計なことを考えなくなるのはマシン相手でも同じで、誰かが打席の前に並ぶのを目にしてそこを後にする頃には、瑛の気分もある程度落ち着いていた。
時刻は正午を少し過ぎたところ。

「お昼はどこか行きたいところある?」
「…そうだな、」

最初の目的地から、どうしようかと声をかけてくれるのは毎回はるかだ。
さすがにここは何か良い案を提示したい、そう思うものの寮の食堂以外で食事を摂ることも稀な瑛には難しく、なかなか二の句が継げない。

「もしよかったら…うちに来る?」

考え込む瑛を見上げてはるかが告げたのは、まるで悪魔の囁きのようだった。

「な、え…母さんたちは…?」
「みんなでコンサートに行ってるよ。今日瑛くんとお出かけするって伝えてて、うちに寄ってもいいって言われてるから大丈夫だよ!」
「…はるかは、大丈夫なの?」
「え?うん」

なんで?とでも言うようなきょとんとした表情に頭を抱えそうになる。

「あ!もちろんどこか行きたいところありそうだったらそっちに…」
「いや、ない。はるかの家しかない」

咄嗟にはるかの手を握る。
ごくりと唾を吞み込んで、その手を引いた。
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