このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

[Theme 02]2年生編

52

「あのー」
「はい?」

観衆の中から、マスクをつけて帽子を目深に被った女性が近付いてきた。

「動画撮らせてもらってたんですけど、SNS載っけていいですか?あと動画のデータもよければ」
「えっ!?うーん…まあ、いいのかな…?顔はあんまり分からないようにしていただけると…」
「えー、かわいいのに。じゃあボカシ入れますね。エアドロいけますか?」

女性は慣れた手つきでスマートフォンを差し出し、動画を送ってくれた。

去り際、帽子のつばからわずかに見えた目元だけでも、彼女はかなり印象的だった。



二度目に訪れた甲子園の地に、サイレンが鳴り響いた。

相手校と固い握手を交わす。
身体中を、暴れるように駆け巡る思いを、託すように。

アルプスでは割れんばかりの拍手が出迎えた。
吹奏楽部員たちの近くに、はるかの姿もあった。

「応援ありがとうございました!」

腹の底から声を張り上げた拓真に続き、チーム全員が声を上げる。
そして深く頭を下げた時、一粒の涙が零れた。



「最後までよく戦った。お前たちも…みんなも。全員でこの場所に辿り着けたことを、誇りに思う」

樫井は野球部員だけでなく、吹奏楽部はじめ、応援に駆け付けた生徒たちにもその熱い眼差しを向け、語った。

その手がそっと、拓真に差し出される。

2年と約半年、鷺嶋の扇の要でミットを構え続けたその手が、監督の手を固く握りしめる。

日に焼けた拓真の頬を、そぼ降る雨のように静かに、涙が伝った。



「悔しいです」

静かな夜のグラウンドで、冬真が呟いた。
その瞳は真っ直ぐに月を見上げ、光を映している。

「…“デンセツのはじまり”だな」
「はい?」

困惑の色に変わった瞳が、瑛を見上げる。

「偉大な二遊間になろう。来年、あの場所で」

なんですかそれ、と呟いて、冬真はまた月を見上げた。



軽快なBGMが流れるグラウンドで、瑛はトラックの先を見つめた。
冬真がバトンを受け取り、駆け出す。

「月城先輩の敵、討たせてもらうよ」

隣では渚が、気合十分という表情で屈伸をしていた。

ゴール付近では少し髪が伸びた千景と、去年のように三つ編み姿のはるかが二人並んでランナーに声援を送っている。

「…近い」
「え?そうだね。今年も接戦だ!」

瑛とは違うところを見て頷いた渚のもとへ、今年も鬼の形相の杏里が駆け込んでくる。
同じく瑛のもとへ辿り着いた冬真からバトンが渡ったのは、渚とほぼ同時。

スタートを切った瑛と渚。


そのスピードの差は、あまりに歴然としていた。


「だから言ったのにー!」

既に地面に落ちたゴールテープの上を駆け抜けながら、渚が嘆いた。

「僕、足は自信ないですって言ったのに部長が…」

どうも杏里が“その強キャラ感で遅いわけがない!”と言い張り、無理やりアンカーに抜擢したという。

「それは…気の毒でしかねえな」
「やるしかないなら、気持ちだけでも負けないようにって思ったけど…」
「文谷君!ナイスラン!」

はるかの元気な声が聞こえてきた。
しょんぼりしていた渚は顔を上げて、笑顔を返した。

「俺は?」

ずんずんとはるかの前へ足を伸ばし、問いかける。

「ふふ。瑛くんもナイスラン!」
「“も”って…」
「心狭いよ瑛、そんなんだから主将なれないんだよ」
「チカさん…俺、別になりたくなかったんで」
「拓真はできれば、瑛に継いで欲しかったみたいだけどねえ?」

千景がそう言うと、瑛は眉間にしわを寄せた。

甲子園2回戦敗退をもって、拓真や千景たち3年生が引退し、新しい主将は甲子園でもベンチ入りしていた中堅手に決まった。
千景を押し退けてスタメンに入るほどの実力ではなかったものの、攻守ともに安定感があり、気立てもいいため全員が納得していた。

一応瑛も副主将に名を連ねているが、樫井からは専ら技術面でチームを引っ張っていくよう言い渡されている。

「まあ、それが一番いい形とも言ってたけどね」

整列する出場者たちのもとへ戻っていく瑛の背中を眺めながら、千景が言う。

「プレーで語る男だからね、瑛くんは」

はるかも同じ場所に視線を向けて、そう返した。



閉会式の後、3年生たちはクラスごとに集まって卒業アルバム用の写真撮影を行っていた。
2年生である瑛としてはさっさと着替えて練習に行ってしまいたいところだが、並んだ顔ぶれに、つい足を止める。

並び方は自由なのか、身長も男女も入り混じってずいぶんでこぼこだ。
拓真と千景は二人して少し面倒そうに後方に佇み、はるかは少し困った顔で女子の中心に引き込まれていた。

「いいよ端っこで!今年あんまり出てないし!」
「存在がプライスレスだから」
「いいですかー撮りますよー!」

カメラマンに促されて、慌てて前を向いたはるか。
思わず笑みをこぼしながら、瑛にその写真を見る術がないことをふと思い出す。

同じクラスなら、ないし同じ学年ならば違うクラスであっても、自分の卒業アルバムのページをめくれば自ずとその笑顔は見つけられるはずだ。

だけどはるかは、自分よりも先に、この学校を巣立っていく。

自分にもその時が訪れたとして、いくらページをめくっても、その笑顔はどこにもないのだ。

「何、不機嫌な赤ん坊みたいな顔してんだよ」

背中に軽い衝撃が走る。

「お前は俺と一緒に写れるんだから寂しくねえぞ!」
「黙れ」

たまに心を読んでくるのは何なんだ、と溜め息をこぼす。

「…お前にしか撮れない写真が、いっぱいあるだろ」
「…」
「一緒にいる時の写真とか、将来一緒に住んだら寝顔とか、ちょっとセクシーな写真とか…あ、それは俺も欲し」
「殺すぞ」

おそらく妄想したであろうその記憶を抹消するように、頭を思い切り叩く。

「な、おま、脳揺れ…」
「ねえねえ、二人とも!」

うずくまる正也を置いて歩き出そうとした時、はるかが駆け寄ってきた。
その手にはスマートフォンを持っている。

「一緒に写真撮ってもいい?」
「え」
「拓真君と千景君とも撮ったの。二人とも一緒に撮りたい!」

体育祭、最後だから。
その言葉は水を打つ雫のように、瑛の胸に広がった。

「うおお、ぜひ!そして俺にもください!」
「もちろん!」
「僕、撮るよ。貸して」

千景の手に渡ったスマートフォンを前に、微妙な顔で二、三回写る。

「次、ツーショットね?」

千景がそう言って笑うと、はるかは少し照れたように瑛を見た。

「えへへ。実はそれが目的だったり…」

瑛にだけ聞こえるように囁いたはるかのせいで、何とも間抜けな顔になってしまった。
24/35ページ