[Theme 02]2年生編
47
それは本当に、心の底から嫌そうな表情だった。
決勝戦が楽しみだと語ったはるかに、“その日は自分のためにサックスを吹いて欲しい”と告げた瞬間。
形の良い眉がぎゅっと寄せられ、いつだってきらきらと眩しいはずの瞳が陰り、やわらかな唇が小さく歪んだ。
「アハハハハ!すげー顔!」
「そりゃそうだよ!絶対ダメ!却下却下!」
「そこをなんとか」
「やだっ!だってそんな大事な試合、一瞬一秒も見逃したくないんですけど!?」
「ブチギレじゃん。腹いてー」
小さな子どもをあやすように頭を撫でても、はるかは“やだ!”とかわいい抵抗を繰り返す。
「最後になんかしねえよ」
「そんなの分かってるよ!」
「決勝の日1回だけだから」
「当たり前だよ!ていうかその1回もダメ!」
頭を撫でていた手を頬へと滑らせる。
空いていた手ははるかの手と絡ませて、ぐ、と距離を縮めた。
「わ…」
鼻の先がぶつかりそうな距離。
はるかの瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「頼む。“いろんなものがのっかってる”俺の背中、はるかの音楽で押してくれ」
祈るように囁く。
瑛を閉じこめたその瞳が、水面のように美しく揺らめいた。
「ずるいよ…」
「うん。ごめん」
そのまま口付けたら、“悪い男だ!”と叱られてしまった。
打席に立つ背中に降り注ぐ、力強い音色。
“瑛くんの時だけだと感じ悪いから”とあれから全員分の応援歌を練習し物にしたというのだから、つくづくはるかの音楽の才は計り知れない。
中でもこの曲は、元がジャズだからか、やっぱりはるかの音が一際輝いているように感じられる。
はるかが加わることで、最後のピースが埋まった、そんなふうにも聞こえる。
──ああ、あの日、はるかにもう一度出会えて本当によかったな。
そしてふたりはもうすぐ、もう一度“別れ”の時を迎える。
三度目に出会った時、どんな世界が待っているだろうか。
その時は今度こそ、その手を二度と離さない自分になれているように。
──だから…夏は怖い
自分がいない間も、この夏の記憶がはるかを守れるように。
まずは最初の一歩を、ここで。
それは“世界でもっとも美しい音楽”だと、はるかは言った。
“高峰の4番”が、白球の行方を追う。
その表情からは余裕が消え、高峰のマークに飾られた帽子が、芝生の上に転がり落ちる。
フェンスに飛びつき高く伸ばしたそのグラブを、白球は遥かに飛び越えていった。
9回裏、ツーアウト三塁から、逆転のサヨナラツーランホームラン。
その瞬間、鷺嶋高校の12年振りの甲子園出場が決定した。
「出来過ぎだろ!」
「マンガの読みすぎ!」
「どんだけ目立ちたいんだよ!」
「そうだぞ!髪切れ!」
野球部のバスの前では、スタンドで声援を送っていた生徒たちがチームを待っていた。
決勝打を決めた瑛へ、喜びと興奮をなぜか暴言に込めてぶつけられる。
「いや待て待て、どさくさに紛れて何言ってんの?」
雑踏の中で細い腕を掴む。
そのまま引き寄せると、はるかがすごい勢いで目を泳がせていた。
「か、髪切れ!」
「もう一回言った…!」
おお!と謎のどよめきが上がる中、何者かがずんずんとその輪の中へ入ってくる。
「ちょっとそこのワガママ小僧!まずはおはるに何か言うことあるんじゃないの!?」
杏里が仁王立ちで叫んだ。
「え、いや、それはごもっともっすけど、こんなところで…?」
「今すぐ言わねーとうちら甲子園行かねーぞ!」
杏里に脅される瑛を、その場の全員が見つめている。
瑛は長い溜め息をこぼした後、はるかに深々と頭を下げた。
「…ワガママ言ってすいません。ありがとうございました」
この出来事には特大な尾ひれがつき、“勝利の女神に土下座事件”として、甲子園出場のビッグニュースとともに語り継がれた。
________________
■瑛の応援歌(ヒッティングマーチ)
The Jazz Policeを吹奏楽にして、メインのフレーズひと回しくらいで「かっとばせー」になだれ込むアレンジをイメージしてもらえれば。実際めちゃくちゃ浮きそう。
それは本当に、心の底から嫌そうな表情だった。
決勝戦が楽しみだと語ったはるかに、“その日は自分のためにサックスを吹いて欲しい”と告げた瞬間。
形の良い眉がぎゅっと寄せられ、いつだってきらきらと眩しいはずの瞳が陰り、やわらかな唇が小さく歪んだ。
「アハハハハ!すげー顔!」
「そりゃそうだよ!絶対ダメ!却下却下!」
「そこをなんとか」
「やだっ!だってそんな大事な試合、一瞬一秒も見逃したくないんですけど!?」
「ブチギレじゃん。腹いてー」
小さな子どもをあやすように頭を撫でても、はるかは“やだ!”とかわいい抵抗を繰り返す。
「最後になんかしねえよ」
「そんなの分かってるよ!」
「決勝の日1回だけだから」
「当たり前だよ!ていうかその1回もダメ!」
頭を撫でていた手を頬へと滑らせる。
空いていた手ははるかの手と絡ませて、ぐ、と距離を縮めた。
「わ…」
鼻の先がぶつかりそうな距離。
はるかの瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「頼む。“いろんなものがのっかってる”俺の背中、はるかの音楽で押してくれ」
祈るように囁く。
瑛を閉じこめたその瞳が、水面のように美しく揺らめいた。
「ずるいよ…」
「うん。ごめん」
そのまま口付けたら、“悪い男だ!”と叱られてしまった。
打席に立つ背中に降り注ぐ、力強い音色。
“瑛くんの時だけだと感じ悪いから”とあれから全員分の応援歌を練習し物にしたというのだから、つくづくはるかの音楽の才は計り知れない。
中でもこの曲は、元がジャズだからか、やっぱりはるかの音が一際輝いているように感じられる。
はるかが加わることで、最後のピースが埋まった、そんなふうにも聞こえる。
──ああ、あの日、はるかにもう一度出会えて本当によかったな。
そしてふたりはもうすぐ、もう一度“別れ”の時を迎える。
三度目に出会った時、どんな世界が待っているだろうか。
その時は今度こそ、その手を二度と離さない自分になれているように。
──だから…夏は怖い
自分がいない間も、この夏の記憶がはるかを守れるように。
まずは最初の一歩を、ここで。
それは“世界でもっとも美しい音楽”だと、はるかは言った。
“高峰の4番”が、白球の行方を追う。
その表情からは余裕が消え、高峰のマークに飾られた帽子が、芝生の上に転がり落ちる。
フェンスに飛びつき高く伸ばしたそのグラブを、白球は遥かに飛び越えていった。
9回裏、ツーアウト三塁から、逆転のサヨナラツーランホームラン。
その瞬間、鷺嶋高校の12年振りの甲子園出場が決定した。
「出来過ぎだろ!」
「マンガの読みすぎ!」
「どんだけ目立ちたいんだよ!」
「そうだぞ!髪切れ!」
野球部のバスの前では、スタンドで声援を送っていた生徒たちがチームを待っていた。
決勝打を決めた瑛へ、喜びと興奮をなぜか暴言に込めてぶつけられる。
「いや待て待て、どさくさに紛れて何言ってんの?」
雑踏の中で細い腕を掴む。
そのまま引き寄せると、はるかがすごい勢いで目を泳がせていた。
「か、髪切れ!」
「もう一回言った…!」
おお!と謎のどよめきが上がる中、何者かがずんずんとその輪の中へ入ってくる。
「ちょっとそこのワガママ小僧!まずはおはるに何か言うことあるんじゃないの!?」
杏里が仁王立ちで叫んだ。
「え、いや、それはごもっともっすけど、こんなところで…?」
「今すぐ言わねーとうちら甲子園行かねーぞ!」
杏里に脅される瑛を、その場の全員が見つめている。
瑛は長い溜め息をこぼした後、はるかに深々と頭を下げた。
「…ワガママ言ってすいません。ありがとうございました」
この出来事には特大な尾ひれがつき、“勝利の女神に土下座事件”として、甲子園出場のビッグニュースとともに語り継がれた。
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■瑛の応援歌(ヒッティングマーチ)
The Jazz Policeを吹奏楽にして、メインのフレーズひと回しくらいで「かっとばせー」になだれ込むアレンジをイメージしてもらえれば。実際めちゃくちゃ浮きそう。