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[Theme 02]2年生編

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ティーの上から弾き飛ばした球が、ネットに吸い込まれていく。
袋状に垂れ下がった部分には大量の球が積み重なり、もう少しで溢れ出しそうだ。

傍らに置いたペットボトルに手を伸ばす。
ラベルの上に小さく書かれた文字と、猫のイラストが目に入った。

“寝る子は育つ!”

差し入れに書くことか、と思わず笑みがこぼれた。

「お疲れ様です」
「うわ、お前か…」

自分しかいないはずの練習場に声が響き、驚いて振り返ると冬真が歩いてくるところだった。
何となく、彼の死角にペットボトルを置く。
“隠しもしない”とは言ったものの、そうしないとどこからか彼女が現れて怒られてしまうような気がした。

「もうそろそろ上がるようにと、監督が」
「マジか…悪いな」

冬真が差し出したタオルを受け取り、無意識に顔を拭う。
あっという間に増した質量に、自分がどれだけ汗をかいていたのかを知った。
そしてそれに、自分が気付いていなかったということも。

「月城さんからですか」
「え!?」

隠したはずのペットボトルはいつの間にか転がっていたようで、冬真が拾い上げていた。

「校内の自販機とか、すぐそこのコンビニじゃ売ってないですよね」

確かにそのスポーツ飲料は、この辺りでは少し珍しい銘柄だった。
はるかが差し入れと言ってそれを渡してくれたことはこれまでに何度もあり、こうして練習中に飲んだり、冬真のいる部屋や風呂の脱衣所で飲んだことだってある。
だけどそれだけで、なぜ。

「それと、このコメントと似顔絵」
「ああ…」

そんなところまで見られていたとは。

「ん?似顔絵?」
「今日のは…なるほど。言い得て妙かもしれませんね」

冬真は質問には答えず、視線を瑛へと移した。

「大会中なのに、根を詰めすぎじゃないですか」

それは全体練習の後、拓真にも言われた言葉だった。

「…分かってる」
「誰が見ても、無理するような状態じゃないと思います」
「それが、そうじゃねえって言ったら?」

冬真は訝しげに眉根を寄せた。

「…何を言ってるんですか。あんなフェン直タイムリー打っといて」
「あれは、越えてる当たりだったよ」

ミートの感覚に対して、打球が伸びない。
これは瑛が初戦から感じていたことだった。

3回戦で決勝点となったタイムリーツーベースも、打ったその瞬間は、ホームランのイメージが浮かんでいたはずだったのだ。

相手校の技術も戦略も段違いに上がるここからの戦いを考えると、それは決して無視することのできない綻びだった。

「“寝る子は育つ!”だそうですよ」

もう一度バットを構えようとした瑛に、冬真はペットボトルを差し出した。

はるかからそれを受け取ったのは数時間前、グラウンドに向かう途中で偶然会った時。
いつもなら元プロ野球選手──決まって結構昔の──たちの名言を書いているところに、場違いに見えたその言葉が綴られたことの意味を考える。

「素敵な彼女さんですね」
「それはそうだけど…待っ、お前…!」
「分かりますよ。さすがに」

彼女の語った理屈は置いておいても、不調の話とは確実に相性が悪い話題。

それなのに冬真は、小さく微笑んでいた。



翌日の準決勝は、かなり厳しい試合展開となった。

相手は昨年優勝校・高峰に次いで甲子園出場回数の多い強豪校。
瑛が予感していた通り、運良く強者のいないカードが続いたこれまでの戦いとはあまりに次元が違った。

守備ではエラーがほとんどなく、攻撃ではクリーンナップが見事に打線を繋げていく、そんな相手校に対し鷺嶋高校は7回にして2点を追う状況となっていた。

「…クソ…」

この回から、相手ピッチャーは継投に入っている。
先発エースの投球に対しようやくタイミングが合いはじめていたというのに、また振り出しだった。

二塁では拓真が、気迫のこもった眼光でリードを取っている。
監督のサインは、バントではなくヒッティング。
それはつまり、瑛が決めろ、ということ。

握りしめたグリップが低く軋む。
思い切り見開いた目で捉えた軌道へめがけ、力強くバットを振り上げた。

乾いた音が上がる。

──マズい…!

駆け出しながら、唇を噛む。
しかしその打球は、後方から駆け込んできた右翼手のグラブをわずかに外れた。

スタンドの静寂は歓声に変わり、拓真は三塁。
瑛も出塁に成功したが、自分に求められていた結果とは程遠い気がして、尚も唇を嚙み締めながらベンチへと視線を向けた。

その瞬間、スタジアムにどよめきが走る。


『6番・西井君に代わりまして、園田君。バッター、園田君』


今大会からはじめてベンチ入りメンバーとなったものの、まだ一度も試合に出ていなかった冬真が、バッターボックスへと向かっていた。

いつも通りの無表情で、マウンドを見据える。
そしてちらりと、瑛へと視線を投げかけた。

──素敵な彼女さんですね

なぜだかその言葉を今、思い出した。
目の前の表情からは想像もできないような、あの微笑みも。

一体彼がどんなバッティングを見せてくれるというのか、相手校を追いかける試合展開でありながら、どこかワクワクするような心持すら感じられた。

冬真はゆったりとした構えで、初球を迎えた。

そしていきなり弾き返した打球は、ファウルゾーンへと落下する。
その打球音は繰り返し響き、一方でボール球にはピクリとも動きを見せない。
カウントはツー・ツー、球数はそれ以上。
冬真の粘りに負けじと、ピッチャーが振りかぶった。


それはなんとも耳に心地好い、まさに“快音”だった。


センターの頭上を飛び越えた打球が、フェンス間際の地面を叩く。

拓真がホームに帰り、ここでようやく1点を返した。

瑛も三塁に到達し、冬真は二塁へ。
尚もチャンスが続くこの状況、沸き上がる熱がスタンド中に伝播していく。
一気に流れを引き寄せた瞬間だった。



瑛は次のバッターの犠牲フライでホームに帰り、勝負は振り出しへ。
そのままお互いのピッチャーが粘りを見せた後、9回に再び訪れたチャンスを掴み、鷺嶋高校は逆転勝利を果たした。

「やべえ…やべえ…!」

“決勝”。

目の前に迫ったその二文字に、正也は亡霊のように呟き続けていた。

「しっかりしろ。前回のような立ち上がりじゃ、あっという間だぞ」
「た、拓さん…!」
「今日、正也だったら大炎上だったかもねえ」
「チカさんまで!俺だって大丈夫ですよ!どんな試合展開でも、平常心!」

学校へと戻る車内で交わされる会話に、瑛はひとり眉根を寄せた。

確かに、“決勝”というシチュエーションだけで誰もが緊張してしまう場面、正也の良さを引き出すにはできるだけ早めに得点を挙げて援護したいところだ。

「はあ…」
「納得いきませんか。今日も」

隣でスマートフォンを眺めていた冬真が顔を上げた。

「…そりゃそうだろ。“決めろ”って言われてんのにアホみたいに打ち上げて、相手も俺を買い被って長打警戒してくれてたおかげでポテンヒット。散々だな」
「でも、それがなければあの回で同点はなかったですよ」
「それはもう、冬真様様だろ…」

青空を突き進む打球の軌道が、今も目に焼き付いている。

「フェンスにぶつけられませんでした。全力でした」
「あ…?」
「越えるビジョンなんて、まったくなかったです」
「そらお前、さすがにそこまでは求められてねえだろ…」

瑛が怪訝そうに返すと、冬真はしばらく押し黙ってしまった。
久しぶりに冬真との間の沈黙を気まずく感じた後、もう一度冬真が瑛を見上げる。

「今日、自主練の前に月城さんと話してきたらどうですか」

それは先ほどの話よりも突拍子がなくて、瑛は唖然としてしまった。

「自主練より先はマズいだろ。はるかもたぶん怒る」
「じゃあ後でもいいですけど、遅くなると月城さんに迷惑なので程々の時間に話してきてください」
「お前、何なんだよ…」
「じゃないとふたりのこと、監督に言います」

げ、と思わず声に出た。

別に恋愛禁止などという御触れがあるわけではないが、さすがに監督の耳に入ってしまうのはあまりにも気まずい。
瑛は仕方なく、意図の読めない冬真の脅しに従うことにした。


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【タイムリー】得点に繋がるタイミングでのヒットのこと。
【エラー】普通にやればアウトにできる打球を処理できず、出塁や進塁を許してしまうこと。
【ポテンヒット】打ち上げた打球が運良く内・外野の間に落ちてヒットになったもの。ふら~っと上がって“ポテン”と落ちるのでこう言います。
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