このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

[Theme 01]1年生編

04

まだ5月だというのに、スタジアムは初夏を思わせるような暑さだった。
毎年恒例で行われているという、近隣5校での交流試合。
地域ぐるみのイベント的な側面もあり、客席には多くの一般生徒や地元住民の姿があった。
もっとも一般生徒に関しては、授業に出ずに応援に来ることが許されているという点に魅力を感じて足を運んでいる者も少なくないが。

「はー…」
「おはる、大丈夫?まさか緊張してんの?」
「“まさか”とは?」

瑛は自分と同じく、まだ真っ白なユニフォームを着た新入生たちと共にスタンドに立ち、背後に耳を澄ませていた。
正也はちゃっかり控え投手としてベンチ入りしており、ここにはいない。

「だって自信なくて…」
「ええ?」
「試合に意識持ってかれて、演奏忘れちゃわないかなって」
「ぶは…っ」

こっそり聞き耳を立てていたつもりが、堪えられなかった。

「何言ってんの?そんなことしたらいくらおはるでも引っぱたくけど?」
「両立できるように練習しないと…」
「いや、集中しなさい」
「試合に!?」
「んなわけねえだろ」

思わず振り返って口を挟むと、はるかも瑛に気付いていたのか、思ったより驚いていなかった。
暇そうなので近くまで寄ってみる。

「こないだの1年生じゃん」
「あ、杏里アンリちゃん、日坂 瑛くんだよ。瑛くん、秋山 杏里ちゃんだよ」
「…ウス」

はるかが律儀にネットミームのような紹介をしてくれたので、隣の女子生徒に軽く頭を下げる。

「…ほんとにみんな髪長いね」
「ぶふ…まだ言ってんのかよ!だからそんなに長くねえだろ」

スタンドやベンチの部員たちを眺めながら真剣に言うものだから、また吹き出してしまった。

──ふと、そこで違和感に気付く。

「あれ?吹部ならなんで坊主じゃねえの知らなかったの?」

それなりの試合や大会ともなればこうして目の前で演奏するのだから、部員の姿は見慣れているはずで。
というより、接点がなくとも姿くらいなら普通に生活していても目に入るだろう。
そう思って尋ねると、なぜか杏里が我が物顔で口を開いた。

「おはるはねぇ、吹部入ったの1年の冬だから。あと、うちら先輩だから!」
「秋山先輩に聞いてねっす」
「おん?」
「あはは、柳木君はちゃんと坊主だし、ほかの皆さんは…お姿を意識してませんでした。ごめんなさい」

“ちゃんと”ってなんだよ。
突っかかろうとしたのに、最後の方は周りに聞こえないよう、急に身を寄せて囁かれてしまい思考が止まった。

「ん?何、仲良いの?」
「あ、」
「幼馴染です」
「はー。それならごめん。余計なこと言ったわ」

はるかが何かを言うよりも先に答えると、杏里はあっさりと納得したようだった。
そのまま耳を疑うようなことを話し始める。

「…でもほんと恐ろしい子だよ。はじめてサックス持った3日後にはもう吹けるんだもん」
「は?」
「そもそも希望の楽器聞いたら“何でしょうね…”って。それで、人手不足だからって試しにサックス持たせたらこれ!楽譜は読めるって聞いてたけど…」
「…やっぱ愛されてんな、音楽に」

何の気なしに呟いた自分の言葉に、息を呑む。
慌ててはるかを見遣ったが、思ったような顔はしていなかった。

その代わり。

「執着だよ。ただの」

その声は暗く、脆かった。

杏里も多少は事情を知っているのか、何とも言えない表情で押し黙っていた。

「…ごめん。でも、」

──取り消さねえから。

それだけ言い残して、持ち場に戻った。



試合は1勝1敗、決勝には残らなかった。
自分で言っておいて気がかりだったが、はるかは問題なく──試合に気を取られるということもなく──演奏していたようだった。

問題はないが、強い違和感。
やっぱり、彼女に一番ふさわしいのは──



昼間はぼんやりとはるかのことを考えて、それ以外はひたすら身体を動かして。
そんな日々を繰り返して、校内(主にグラウンドと寮)もすっかり見慣れてきた。

それでもはるかという存在だけは、どれほど手を伸ばそうとしても、掴める気がしなかった。
あんなに夢と希望に溢れていたはずの瞳は輝きを潜め、ころころと表情を変えていたはずの顔には嘘くさい笑顔ばかりを浮かべるようになったその姿。
本当に同一人物なのか分からなくなってきた。

──普通に名前で検索したけど?

正也の言葉を思い出し、ふとスマートフォンを手に取る。

「いや、さすがに気持ち悪いだろ…」

すぐに自重しようとしたけど。

──うちのクラスにも似たようなヤツがいてな
──おはるはねぇ、吹部入ったの1年の冬だから

許せなかった。
自分は6年ぶりにようやく会えたというのに訳が分からないことだらけで、それなのに自分よりもはるかをよく知るような口ぶりの人間ばかりで。

もう一度スマートフォンを握りしめて、寮を出た。
4/28ページ