[Theme 02]2年生編
35
土曜日の昼下がり、はるかはおにぎりを片手に雑誌を広げていた。
表紙には“代表49校独自予想”という字が躍る。
「うーむ…」
開いたページの見開きいっぱいに並ぶ、高校球児たちの顔ぶれを眺める。
手に持ったおにぎりは一度も口に運んでいない。
「今年もうちは高峰 かねえ?」
老人がはるかの手元を覗き込み、でかでかと綴られたその名前を口にした。
「…打線の破壊力、すごいですよね…」
「そうだねえ、やっぱりどんどん打ってくれると、見てて面白いよねえ」
こういう商売ですしね、という老人の言葉につられて顔を上げると、打席の中には絶えず快音を響かせる人影があった。
「でも、はるかちゃんとこみたいに、守備が上手なチームも見ていて気持ちがいいねえ」
「はい!そうなんです!」
「取れるアウトをきっちり取る。プレッシャーがかかる試合だとそれが難しくなってしまうし、ものすごく大事にもなってくるからねえ」
「そうですよね!ですが店長、今年の鷺嶋は守備だけじゃないですよ!」
とうとうおにぎりを置いて語り始めたはるかを制するように、突如豪快なBGMが鳴り響いた。
「あらまあ、ホームランですね。景品を持ってきましょう」
「あ、わたし行きますよ!座っててください」
「あれ?おねえさん、じいさんの愛人?」
耳を疑う言葉に、手から雑誌が滑り落ちる。
打席から出てきた男は、カウンターに近付くなりはるかの顔をまじまじと見下ろした。
「いや、ちっちゃいから隠し子?でもなんかエロい」
「いろいろとよくわからないのですが…!?」
「これこれ、この子は先月から入ったアルバイトさんですよ。あんたと同い年の高校生」
「高校生…?」
周りよりも背の高い瑛より、さらに高い位置から見下ろす瞳。
スポーツウェアの上からでもその肉体の逞しさが明らかで、どちらかと言うと既に社会人かのような雰囲気を漂わせていた。
「…あれ?」
胸騒ぎがして、床に落ちた雑誌を拾い上げる。
先ほどのページをもう一度開くと、目の前の男とまったく同じ顔がグラブを掲げていた。
引き締まった顔の部員たちの中、一人だけ笑みを浮かべて。
「大会前に一体何を…?」
「ん?ああ、今うち模試やってるから練習できないんだよね。まったくこんなタイミングで、迷惑な話だよ」
「あなたは、模試は…?」
「え、休んだけど。俺プロ行くつもりだし、万が一でももう声かけてもらってる大学あるから」
文字通り開いた口が塞がらないはるかは、男のへらへらとした笑顔を呆然と見つめた。
その間に店長がホームランの景品を事務室から取ってきたようで、申し訳なさとともに我に返った。
「ねえ、高校どこ?」
「…鷺嶋です」
「へえ、鷺嶋ね。もし当たるなら決勝かな?そんなところまで辿り着ければ、だけど」
男の言葉に、はるかは身を乗り出さんばかりの勢いでカウンターに手をついた。
「決勝戦、楽しみにしてます」
視線が交錯する。
「…はは。そういうことならじゃあ、またね」
男はそう言い残し、背を向けた。
──そんな目で応援してもらえるなんて、贅沢な奴らだな。
一面の芝生を焼き尽くさんばかりの日差しを背に受け、球児たちの影が円を描く。
既に額から滴る汗を拭い、正也が口を開いた。
「えー、いよいよ今年の夏が!はじまります!初戦でも、二戦目でも、そして決勝でも、俺たちがやるべきことは変わりません!五臓六腑に染み込ませたいつも通りのプレーで、最高のスタートを切りましょう!拓さんお願いします!」
「ああ。行くぞ!」
チーム全員の雄叫びが、青空まで響き渡る。
身体中を満たす闘志がさらに昂るのを感じた。
「なんかやけに声出し上手かったな正也…」
「いやでも、“五臓六腑”て!」
「今年の俺は一味違うんすよ!」
得意げに笑う正也だが、緊張からか、その顔はわずかに強張っていた。
その背中のエースナンバーを、グラブで叩く。
「打たせてこいよな。俺が世間にアピールできるように」
「はあ!?お前、んなこと気にしたことなかっただろ!月城先輩はまだしも!」
「日坂の言う通りだ。守備陣を信じて楽な気持ちで投げろ。ピンチになったとしても、お前なら慣れたもんだろう」
「た、拓さんまで…」
「君のカバーならみんな“五臓六腑”に染み込んでるから安心して。さあ、整列だよ」
「く…っ、千景先輩、ホームランもキャッチしてくださいね!!」
──だから…夏は怖い
陽炎の中に、揺れる瞳が浮かぶ。
──もうとっくに、土俵の上でしょ
燃えるような、星空の瞳も。
「礼!」
覚悟を胸に、幕が上がった。
________________
【エースナンバー】高校野球における背番号“1”のこと。単純に言うと最も実力のある投手が背負う番号ですが、“エース”の定義はチームそれぞれです。
土曜日の昼下がり、はるかはおにぎりを片手に雑誌を広げていた。
表紙には“代表49校独自予想”という字が躍る。
「うーむ…」
開いたページの見開きいっぱいに並ぶ、高校球児たちの顔ぶれを眺める。
手に持ったおにぎりは一度も口に運んでいない。
「今年もうちは
老人がはるかの手元を覗き込み、でかでかと綴られたその名前を口にした。
「…打線の破壊力、すごいですよね…」
「そうだねえ、やっぱりどんどん打ってくれると、見てて面白いよねえ」
こういう商売ですしね、という老人の言葉につられて顔を上げると、打席の中には絶えず快音を響かせる人影があった。
「でも、はるかちゃんとこみたいに、守備が上手なチームも見ていて気持ちがいいねえ」
「はい!そうなんです!」
「取れるアウトをきっちり取る。プレッシャーがかかる試合だとそれが難しくなってしまうし、ものすごく大事にもなってくるからねえ」
「そうですよね!ですが店長、今年の鷺嶋は守備だけじゃないですよ!」
とうとうおにぎりを置いて語り始めたはるかを制するように、突如豪快なBGMが鳴り響いた。
「あらまあ、ホームランですね。景品を持ってきましょう」
「あ、わたし行きますよ!座っててください」
「あれ?おねえさん、じいさんの愛人?」
耳を疑う言葉に、手から雑誌が滑り落ちる。
打席から出てきた男は、カウンターに近付くなりはるかの顔をまじまじと見下ろした。
「いや、ちっちゃいから隠し子?でもなんかエロい」
「いろいろとよくわからないのですが…!?」
「これこれ、この子は先月から入ったアルバイトさんですよ。あんたと同い年の高校生」
「高校生…?」
周りよりも背の高い瑛より、さらに高い位置から見下ろす瞳。
スポーツウェアの上からでもその肉体の逞しさが明らかで、どちらかと言うと既に社会人かのような雰囲気を漂わせていた。
「…あれ?」
胸騒ぎがして、床に落ちた雑誌を拾い上げる。
先ほどのページをもう一度開くと、目の前の男とまったく同じ顔がグラブを掲げていた。
引き締まった顔の部員たちの中、一人だけ笑みを浮かべて。
「大会前に一体何を…?」
「ん?ああ、今うち模試やってるから練習できないんだよね。まったくこんなタイミングで、迷惑な話だよ」
「あなたは、模試は…?」
「え、休んだけど。俺プロ行くつもりだし、万が一でももう声かけてもらってる大学あるから」
文字通り開いた口が塞がらないはるかは、男のへらへらとした笑顔を呆然と見つめた。
その間に店長がホームランの景品を事務室から取ってきたようで、申し訳なさとともに我に返った。
「ねえ、高校どこ?」
「…鷺嶋です」
「へえ、鷺嶋ね。もし当たるなら決勝かな?そんなところまで辿り着ければ、だけど」
男の言葉に、はるかは身を乗り出さんばかりの勢いでカウンターに手をついた。
「決勝戦、楽しみにしてます」
視線が交錯する。
「…はは。そういうことならじゃあ、またね」
男はそう言い残し、背を向けた。
──そんな目で応援してもらえるなんて、贅沢な奴らだな。
一面の芝生を焼き尽くさんばかりの日差しを背に受け、球児たちの影が円を描く。
既に額から滴る汗を拭い、正也が口を開いた。
「えー、いよいよ今年の夏が!はじまります!初戦でも、二戦目でも、そして決勝でも、俺たちがやるべきことは変わりません!五臓六腑に染み込ませたいつも通りのプレーで、最高のスタートを切りましょう!拓さんお願いします!」
「ああ。行くぞ!」
チーム全員の雄叫びが、青空まで響き渡る。
身体中を満たす闘志がさらに昂るのを感じた。
「なんかやけに声出し上手かったな正也…」
「いやでも、“五臓六腑”て!」
「今年の俺は一味違うんすよ!」
得意げに笑う正也だが、緊張からか、その顔はわずかに強張っていた。
その背中のエースナンバーを、グラブで叩く。
「打たせてこいよな。俺が世間にアピールできるように」
「はあ!?お前、んなこと気にしたことなかっただろ!月城先輩はまだしも!」
「日坂の言う通りだ。守備陣を信じて楽な気持ちで投げろ。ピンチになったとしても、お前なら慣れたもんだろう」
「た、拓さんまで…」
「君のカバーならみんな“五臓六腑”に染み込んでるから安心して。さあ、整列だよ」
「く…っ、千景先輩、ホームランもキャッチしてくださいね!!」
──だから…夏は怖い
陽炎の中に、揺れる瞳が浮かぶ。
──もうとっくに、土俵の上でしょ
燃えるような、星空の瞳も。
「礼!」
覚悟を胸に、幕が上がった。
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【エースナンバー】高校野球における背番号“1”のこと。単純に言うと最も実力のある投手が背負う番号ですが、“エース”の定義はチームそれぞれです。