[Theme 02]2年生編
33
“そういうこと”への興味は、周りと比べるとかなり希薄だったと思う。
同級生たちの下世話な話には決まって耳を貸さなかったし、どうも自分に気があるらしい女子が、わざと肌や下着が見えるような格好を見せつけてきた時は心底不快でしかなかった。
“それ”らしい写真や映像なんかも、吐き気すらするようで。
だけど“少女”ではなくなったはるかは、瑛の欲を掻き立ててならなかった。
絵画のような顔立ちも、年中日に焼けている自分とは正反対の白い肌も、なにか神聖な存在であるかのように感じられる一方で。
制服に隠されたその身体を、自分の手で暴いてしまいたい。
きっとはるか自身すら触れたことのないであろう場所に触れて、聞いたことのない声を上げる姿を見たい。
そしてその場所に潜り込んで、互いの境界線すら分からなくなるほどに融け合いたい。
そんな欲望が日に日に増殖しては、腹の奥がひどく疼いた。
ついにその欲を、薄い壁越しに放った瞬間、胸を満たしていたのは未だかつてないほどの多幸感だった。
どうにかなってしまうのではないかというほどに恥ずかしがりながらも、自分だけにすべてを晒してくれたはるか。
世界中で自分だけが見て、触れた何もかもが美しくて、いとおしくて。
ともすれば汚いもののように感じていたその行為が、こんなに美しく、幸福に満ちたものだったなんて。
「…たまらんな」
「うん…?瑛くんの守備の話…?」
腕の中で、今にも眠りに落ちそうな表情で瑛を見上げたはるかに、またしてもいとしさが溢れる。
「こんな時まで野球脳かよ」
「うーん…」
重たそうに瞼を擦って、あろうことか腕から抜け出そうとしたものだから、瑛はすぐに阻止した。
「どこ行くんだよ」
「え、ふ、服を…!瑛くんも服着て、お部屋戻らないと」
「おいおい、すげードライじゃん」
「ええっ!?だって、もうこんな時間…」
「え?このまま一緒に寝るんじゃねえの?」
ベッドサイドの小さな時計を見ていたはるかは、振り返るなりやけに真面目な面持ちを浮かべた。
相変わらず眠そうではあるけれど。
「お父さんがとってくれたお部屋なんだから、ちゃんとお部屋で寝なきゃダメだよ。というか…そんなところでこんなことしちゃったの、やっぱりよくなかった気がする…せめてわたしの分はお支払いを…」
「気にしすぎだろ。金ならさっき断られてたろ?」
「さっきとは事情が全然違うよ…」
「じゃあ父さんに言うのかよ、“部屋でヤったのが申し訳ないからやっぱり払います”って?」
「わあああ!」
真っ赤な顔で頭を抱えるはるかを抱き寄せて言えば、降参、と言わんばかりにぎゅっと目を瞑る。
「…それは、やめておく。けど…やっぱりちゃんとお部屋に戻って。朝まで一緒にいるのは、もう少し大人になるまでとっておこう…?」
「罪な女だなあ、はるかさんは」
「う…それと、あの…悪いことみたいに言ってごめんね。いや、よくはない気がするけど…その、しあわせだった、から…」
思わず、腕を緩めてはるかの顔を覗き込む。
はるかは瑛にしがみついていて表情は見えなかったが、長い髪の合間に覗く耳の赤色が、あまりに雄弁だった。
「俺も、同じ気持ち」
いつか訪れるその時、はるかを傷つけることがないように、勉強はしておいたものの所詮ネットの知識。
そもそもが自分の一方的な欲望であり、はるかを満たすにはあまりに幼い内容だったと思わざるを得なかったけれど。
それでもはるかが自分と同じ感情を抱いてくれていたことに、どうしようもなく安堵した。
「忘れ物ねえかー?おい瑛、パンツ落としてねえか?」
「…小学生かよ」
裕士の言葉からふいに昨夜のワンシーンを思い出し、内心どきりとしつつも悪態をついてごまかす。
裕士は至っていつも通り、豪快な笑い声をホテルのロビーに響かせた。迷惑である。
帰りの新幹線の中で、はるかは改めて裕士にもアメリカ行きのことを伝えた。
「日本に戻っていたこともお父さんにはお伝えできていなかったので、つくづく唐突かとは思いますが…」
「前も言ったけど、それは全くもって気にしなくていいよ。何もしてやれなくて、ごめんな」
「いえ…」
「じゃあ、もう試験勉強中?ていうか音大の試験って何やるんだ…?」
はるかは裕士が尋ねるままに、オーディション形式の試験の内容だとか、学費が高いからアルバイトもはじめるんだとか、一年が四分割されているから日本の大学とほぼ同じタイミングで入学できるとか、そういったことを語った。
隣で聞いている瑛はやっぱり、通路を挟んだ向こうで耳を傾けている裕士のようには素直に頷けなくて。
それでも昨晩、身体の奥底まで満たされたあの時間が、瑛の心を守るように包んでくれている気がした。
「じゃあな。はるかちゃんの勉強の邪魔すんじゃねえぞ!」
先に新幹線を降りる瑛たちへ、野次が飛ぶ。
「うるせえな。今年は俺だって…いろいろあんだよ」
「あ?…へーえ、なるほど?」
裕士はニヤニヤと口角を緩めたあと、ふいに真剣な顔をした。
「頑張れよ。お前にできること、全部やり切れ」
差し出された手が、瑛の手をぐっと握る。
十数年振りに触れた気がするその手の平は、はっとするほどに硬かった。
「…ああ。今度は早めに宿探せよな」
「ハッハッハ、ホントだな!あれって大阪?兵庫?」
「兵庫ですよ。道頓堀じゃないですからね!」
はるかの笑い声とともに、発車のメロディが鳴る。
閉じたドアの向こうで裕士が笑顔で手を上げた。
柄じゃないけど、瑛も小さくそれに応えた。
“そういうこと”への興味は、周りと比べるとかなり希薄だったと思う。
同級生たちの下世話な話には決まって耳を貸さなかったし、どうも自分に気があるらしい女子が、わざと肌や下着が見えるような格好を見せつけてきた時は心底不快でしかなかった。
“それ”らしい写真や映像なんかも、吐き気すらするようで。
だけど“少女”ではなくなったはるかは、瑛の欲を掻き立ててならなかった。
絵画のような顔立ちも、年中日に焼けている自分とは正反対の白い肌も、なにか神聖な存在であるかのように感じられる一方で。
制服に隠されたその身体を、自分の手で暴いてしまいたい。
きっとはるか自身すら触れたことのないであろう場所に触れて、聞いたことのない声を上げる姿を見たい。
そしてその場所に潜り込んで、互いの境界線すら分からなくなるほどに融け合いたい。
そんな欲望が日に日に増殖しては、腹の奥がひどく疼いた。
ついにその欲を、薄い壁越しに放った瞬間、胸を満たしていたのは未だかつてないほどの多幸感だった。
どうにかなってしまうのではないかというほどに恥ずかしがりながらも、自分だけにすべてを晒してくれたはるか。
世界中で自分だけが見て、触れた何もかもが美しくて、いとおしくて。
ともすれば汚いもののように感じていたその行為が、こんなに美しく、幸福に満ちたものだったなんて。
「…たまらんな」
「うん…?瑛くんの守備の話…?」
腕の中で、今にも眠りに落ちそうな表情で瑛を見上げたはるかに、またしてもいとしさが溢れる。
「こんな時まで野球脳かよ」
「うーん…」
重たそうに瞼を擦って、あろうことか腕から抜け出そうとしたものだから、瑛はすぐに阻止した。
「どこ行くんだよ」
「え、ふ、服を…!瑛くんも服着て、お部屋戻らないと」
「おいおい、すげードライじゃん」
「ええっ!?だって、もうこんな時間…」
「え?このまま一緒に寝るんじゃねえの?」
ベッドサイドの小さな時計を見ていたはるかは、振り返るなりやけに真面目な面持ちを浮かべた。
相変わらず眠そうではあるけれど。
「お父さんがとってくれたお部屋なんだから、ちゃんとお部屋で寝なきゃダメだよ。というか…そんなところでこんなことしちゃったの、やっぱりよくなかった気がする…せめてわたしの分はお支払いを…」
「気にしすぎだろ。金ならさっき断られてたろ?」
「さっきとは事情が全然違うよ…」
「じゃあ父さんに言うのかよ、“部屋でヤったのが申し訳ないからやっぱり払います”って?」
「わあああ!」
真っ赤な顔で頭を抱えるはるかを抱き寄せて言えば、降参、と言わんばかりにぎゅっと目を瞑る。
「…それは、やめておく。けど…やっぱりちゃんとお部屋に戻って。朝まで一緒にいるのは、もう少し大人になるまでとっておこう…?」
「罪な女だなあ、はるかさんは」
「う…それと、あの…悪いことみたいに言ってごめんね。いや、よくはない気がするけど…その、しあわせだった、から…」
思わず、腕を緩めてはるかの顔を覗き込む。
はるかは瑛にしがみついていて表情は見えなかったが、長い髪の合間に覗く耳の赤色が、あまりに雄弁だった。
「俺も、同じ気持ち」
いつか訪れるその時、はるかを傷つけることがないように、勉強はしておいたものの所詮ネットの知識。
そもそもが自分の一方的な欲望であり、はるかを満たすにはあまりに幼い内容だったと思わざるを得なかったけれど。
それでもはるかが自分と同じ感情を抱いてくれていたことに、どうしようもなく安堵した。
「忘れ物ねえかー?おい瑛、パンツ落としてねえか?」
「…小学生かよ」
裕士の言葉からふいに昨夜のワンシーンを思い出し、内心どきりとしつつも悪態をついてごまかす。
裕士は至っていつも通り、豪快な笑い声をホテルのロビーに響かせた。迷惑である。
帰りの新幹線の中で、はるかは改めて裕士にもアメリカ行きのことを伝えた。
「日本に戻っていたこともお父さんにはお伝えできていなかったので、つくづく唐突かとは思いますが…」
「前も言ったけど、それは全くもって気にしなくていいよ。何もしてやれなくて、ごめんな」
「いえ…」
「じゃあ、もう試験勉強中?ていうか音大の試験って何やるんだ…?」
はるかは裕士が尋ねるままに、オーディション形式の試験の内容だとか、学費が高いからアルバイトもはじめるんだとか、一年が四分割されているから日本の大学とほぼ同じタイミングで入学できるとか、そういったことを語った。
隣で聞いている瑛はやっぱり、通路を挟んだ向こうで耳を傾けている裕士のようには素直に頷けなくて。
それでも昨晩、身体の奥底まで満たされたあの時間が、瑛の心を守るように包んでくれている気がした。
「じゃあな。はるかちゃんの勉強の邪魔すんじゃねえぞ!」
先に新幹線を降りる瑛たちへ、野次が飛ぶ。
「うるせえな。今年は俺だって…いろいろあんだよ」
「あ?…へーえ、なるほど?」
裕士はニヤニヤと口角を緩めたあと、ふいに真剣な顔をした。
「頑張れよ。お前にできること、全部やり切れ」
差し出された手が、瑛の手をぐっと握る。
十数年振りに触れた気がするその手の平は、はっとするほどに硬かった。
「…ああ。今度は早めに宿探せよな」
「ハッハッハ、ホントだな!あれって大阪?兵庫?」
「兵庫ですよ。道頓堀じゃないですからね!」
はるかの笑い声とともに、発車のメロディが鳴る。
閉じたドアの向こうで裕士が笑顔で手を上げた。
柄じゃないけど、瑛も小さくそれに応えた。