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[Theme 02]2年生編

31

──特に断る理由もなくって。アメリカにいたときはそれが普通だったし

「はあ…」

何も言えなかった。
いくら彼氏である自分が嫌がっても、はるか本人がそう思うなら。
頭では分かっている。

──月城さんは、日坂のお人形じゃないよ

「何なんだよ。マジで…」

脳内に木霊する声を振り払うように、バットを振った。



「よー瑛ー!うわっ、なんかお通夜みたいだぞこの部屋…」

入浴後、目的もなくスマートフォンを眺めているとノックもなくドアが開いた。
どかどかとあまりに無遠慮な足音が近づいてくる。

「瑛先輩ちわっす!」
「お、おう…」
「どうだ冬真、瑛との生活は!つまんねえだろ!」
「殺すぞ」
「こえーっす!瑛先輩!」

正也と、同室の新入生は一目で分かるほどに似た者同士だった。

「バカ二人組…」
「おん?」
「何しに来たんだよ」
「いやー、どうせ瑛はこんなんだから冬真が居づらい思いしてるだろうと思って?様子見に来てやったんだよ」

大変ウザい。しかし悔しいことに、助かる。
主に自分が。

「安心しろ冬真、瑛には最大の弱みがある」
「弱み…?」
「おい正也、」

前言撤回。
やはりこいつは余計なことしかしない。

「こんな“自分以外興味ありません”って顔でツンツンしてるヤツだけどな、瑛には月城先輩という…」
「ああ、野球部のファンの方ですか」
「そう!…え、はい?」

数時間ぶり二度目、時が止まる。

「放課後ばったり会いました。なんかすごい勢いで野球が好きって言ってました」
「なんだよ、もう自慢したのかよ!」
「違ぇよ」
「あの人が、弱みですか…?」
「そうそう!こいつも月城先輩の前ではニャンニャンゴロゴロ…」
「むしろ、一番の強みじゃないですか?」

冬真が無口だと言うのは、どうも間違った印象だったらしい。

いや、無口というのは間違っていないが、数少ない発言の威力が高い。

「お前ーロマンチックなヤツだなー!」
「僕も、あの方に推してもらえるよう頑張ります」
「なんかわかんねえっすけど、俺も!」
「おいおいやめろ。これ以上話をややこしくするな」

瑛もまた、はるかとは別の理由で頭を抱えていた。



今年の近隣校との交流試合は、もはや突き刺さるような日差しの中で幕を開けた。
天気予報の“今年は例年以上に暑い夏となるでしょう”というセリフを、もう何年聞き続けていることか。

スタンドの最前列に並ぶ新入生たちの、真っ白なユニフォームに目が眩む。
かつてその中の一人だった瑛は、今年はそのユニフォームに土を纏わせ、フェンスの向こうの陽炎に揺れている。

準決勝最終回、金属音とともに放たれた打球は導かれるように瑛のグラブへ。
6、4、3とお手本のような併殺で、鷺嶋高校の決勝進出が決定した。

“例年以上に暑い夏”。
はるかもそれを確信していた。



いくらイベント寄りの交流試合とはいえ、1日にぶっ続けで何試合もやるのは無理がある。
それでも昨年とは違い選手として、そして昨年より長く試合をやれることは素直に嬉しい。
それはきっと、今年は楽器を置いて思う存分試合の行方を見守っているであろう、彼女にとっても。

「瑛先輩、お疲れ様です」
「おー、悪い」

冬真が弁当のパックをこちらに差し出す。
相変わらず会話は少ないが、それでも居心地は悪くない気がしてきた。

「…梅干しがあった跡の、この赤い部分って美味しいですよね」

こういう何気ない発言も、ほんの少し増えた。

「確かに…」
「月城さんは、やっぱり決勝も観るんでしょうか」
「…そうだろうな。スタンドで会ったか?」
「見かけましたが、特に話してはないです」
「僕は話したよ、さっき」

涼やかな声に顔を上げる。
途端に、こみ上げてきたものが表情に出ていないことを祈った。

「桐谷先輩、お疲れ様です」
「お疲れ。はるかちゃん、日坂のことすごい褒めてたよ」

当然のように発せられた呼び名に、眉根が寄る。
“他人行儀なのが気になる”などと理屈をこねておいて、自分にはそれか、とも。

「はるかちゃんのためにも、勝てるといいね」
「…あいつは、自分のためにとか、望みませんから」
「ふうん」

それだけ言って、去っていく。
一体何をどうしたいのか。
近頃は顔を見るだけで心底苛ついた。



それでも実に不思議なもので、試合中はそんな感情は微塵も湧いてこない。

「日坂!」
「ハイ」

プレーでの連携も一切問題はないし、打順の近い彼がホームに帰ればハイタッチだってする。

「甘い球増えてきた。いけるよ」
「ウス」

バラバラのピースすら繋がる、それはきっと同じ場所を見ているから。
今年の夏は、去年よりもずっと長く。
そう誓う者は、瑛だけではないようだ。

「まあ甘い球ならうちの子にも増えてきたけどねえ」
「そうっすね…」
「そろそろ継投かなあ。とりあえず、打っておいで」

何やらブルペンで泣き言を吐いている正也も、この春から先発としての登板が増え、長いイニングに耐えられるようになってきた。
その球を受ける拓真も、第一試合から4番打者としてこれ以上ないほど相応しい打撃を見せている。

ぼんやりとしていたビジョンが、日に日に鮮明になっていく。


──あいつは、自分のためにとか、望みませんから

自分で言っておいて滑稽だけど。

例えばこの甲高い打球音なんかが、彼女を苦しめる記憶の代わりに、その耳に残れば良いと思う。



「お疲れさま!」

無性に会いたくなって、ロードワークの途中ではるかの家に寄った。
上がっていくよう言ってくれた面々には、汗をかいているからと玄関までで遠慮しておいた。

「ほんとに疲れたでしょ、何試合も」
「観てる方もきつかったろ?無理してねえ?」
「うん!ちゃんと水分とって観てたよ!」
「おーえらいえらい」

決勝戦の結果は2対3、常勝校に対しあと一歩が届かず、準優勝となった。
しかし試合内容からしても、昨年からはかなり躍進したといえるだろう。

「みんなほんとに強くなってるね。なんといっても守備が固いし、強打者に頼るだけじゃなくて、チーム全体の打撃が底上げされてる」
「いくら柳木先輩が打っても、勝負避けられたら終わりじゃ困るからな」
「うんうん。もう、これからが楽しみすぎる…!なんであと1年しか見られないんだー!」

はるかがおどけて言った言葉に、胸がざわつく。

「1年生の時から見ておくんだったよ。交流試合も今日のが最後だったし」

はるかとは、この先ずっと長い未来を一緒に生きていくつもりでいる。
だけど、高校という狭い世界の中で、同じ立場で肩を並べる時間は、もうあとわずかだ。
いくらその先を信じていても、はるかのいない学校で暮らす日々は、必ずやってくる。

それが、たまらなく怖くなった。

「…はるかは、」
「うん?」

高校卒業したら、どうするの?

その質問は、とても投げかけられなかった。


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【6、4、3】ショート→セカンド→ファーストとボールが渡ってゲッツーになる流れ。
【勝負避けられたら終わり】守備側は強打者との勝負を避けるために、わざとフォアボールで一塁に出すことがあります(「敬遠」、「故意四球」)。ホームランよりはマシなので。ただ、次も強打者が続くようならそういうわけにもいかなくなります。
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