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[Theme 01]1年生編

03

「だぁあー…ねむ…」

開いているのか閉じているのか分からない瞼を擦りながら、トンボはもはや持っているだけの男。

「なあなあ、吹部ってことはさー、はるか先輩もスタンドで演奏してくれるんだよな?」
「“月城”な」
「あー…ハイハイ。ああー、月城先輩に応援してもらったら俺、完全試合いけるわ…」

口を開けばくだらないセリフしか出てこないが、中学時代 この男が厳しい状況をあっさりと切り抜けてベンチへ帰っていくのを何度も見てきた。
一緒に過ごす時間が増えた分さらにうるさいし面倒だが、正也とチームメイトとして共に野球ができることは、正直楽しみだった。

「…お前先発やったことねえし、その集中力じゃ完投は無理だろ」
「うるせ!月城先輩のためならやれんだよ!だから月城先輩の連絡先教えろよ!」

本当にうるさいし、面倒だが。

「お前らそんなに喋ってて、よくこんなきれいにできるな…」
「拓さん!おはようございます!ほぼこいつがやりました!」
「なんでお前が偉そうなんだよ」



上級生たちが現れたのを合図にはじまった朝練の後、クラスへと向かう。
部屋は別だが、どこからともなくついてきた正也はもはや歩きながら寝ていた。

──これは日中の記憶はねえな。

そんな予想に反して、正也は昼休みのチャイムが鳴るなり鼻息荒く肩を掴んできた。

「お、お前、これ、」
「ああ?」

目の前に突き出してきたスマートフォンの画面を、否応なしに見て。
本格的に面倒なことになってきたと溜息をこぼした。

──11歳の“天才ピアノ少女” 月城はるかさん、世界三大ジャズ・フェスティバルに史上最年少で出演

「…んなもん、どうやって見つけてくんだよ」
「普通に名前で検索したけど?」
「はあ?」
「なんかSNSとかやってねえかなって。そしたらこんなの出てくるから…」

単純なことだけど、確かにやったことはなかった。
スポーツ選手や芸能人でもない、一般人の名前を検索窓に打ち込む発想がなかった。
だからそんな記事も、自分は一度も見たことがなくて。



「は?アメリカ…?」

それはあまりに唐突な知らせだった。
リトルリーグの試合の後、応援に来ていたはるかと並んで歩く帰り道。
いつからか当たり前になった、試合の次に好きな時間。

「うん。子どもが通う音楽の学校があってね、わたしより小さい子ももうお勉強してるの」
「…」
「ピアノだけじゃなくて、英語の試験もあるからたいへんだけど、がんばる!」

なんだかスケールの大きい話に頭がついていかない。

「…はるかは、アメリカに行くってこと…?」
「うん!」

想像もつかないような言葉を口にしたのに、全力で頷くはるかになぜだか苛立ちを覚えた。

「なんで…」
「えっとね…いちばんに、瑛くんに伝えたかったの!」

聞きたかったのはそうじゃないのに、頬が熱くなって、何も言えない。
それにもなんだかイライラして、目を背けた。

「あっそう。勝手にすれば!」

そう言い残して走り去った。
その胸に抱えていたのはきっと希望だけじゃなかったはずの、はるかをひとり残して。


「瑛、行くぞ」
「やだ」
「またお前は…ここまで来たんだから、ほら!」

父親に引きずられて車を降りる。
騒がしい空港のロビーに、しばらく見ていなかったその姿を見つけた瞬間、やっぱり嫌だと思ったが父親の手は頑として離れなかった。

「瑛くん!お父さんも、こんにちは!」
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ。こいつが意地張るもんで、ギリギリになってしまってすいません」

頭上で交わされる会話には加わらず、床を見つめたまま。
どれくらいそうしていたか、いつの間にか辺りが静かになった。
まさか、と顔を上げると、はるかが微笑んでいた。
父親とはるかの母親は、いつの間にか少し離れて自分たちを眺めている。

「来てくれてありがとう。瑛くん」
「…」
「野球、がんばってね。あ、でもがんばりすぎには注意だよ!センシュセーメーは長いんだから!」
「…」
「…ねえ、」

聞いて。
穏やかだけど、強い引力を持った声音。
大きな瞳が、生まれたての星のように燃えている。

「瑛くん、わたしね」

その時の約束が、今となっては呪いのようだ。



「でも…なんで今は鷺嶋サギシマに?まさかお前を応援するため…?」
「それはマジで知らん。入ってから知ったし」
「え?なんで?」
「…会ってなかったんだよ。それからずっと」

正確に言うとその記事より1年ほど前からだが。

「お前、よくそれで分かったな。月城先輩だって」
「それは…」

確かにそうだと、はっとする。
長い髪も、自分よりずいぶん小さくなった背も、抱えている楽器だって違ったのに。

やっぱり自分は、呪われているのかもしれない。


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【トンボ】グラウンドを整備する道具です。
【完全試合】一人の投手が、打者を一人も塁に出すことなく勝利した試合のことです。
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