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[Theme 01]1年生編

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なんかムカつく。気に食わない。
それが奴らへの気持ち。



「ねーねーはるの字ー、吹部入ろうよーっ」

めでたく幕を開けた高校生活、最初の舞台となる教室で出会った時は、思わずぎょっとするほど美人だと思った。
それと同時に、直感的に絶対仲良くなりたいと思った。

「いたた、腕伸びちゃうよ」
「吹部入らないとこのまま引きちぎっちゃうぞー」
「脅し文句がえげつないよ、杏里ちゃん」

顔のつくりに相まって、この子をより美しく見せているのは、“陰り”だった。
けらけらと笑っていても、心はどこか遠くに置いてきてしまったような、そんな雰囲気が常に漂っていた。



「…だから、音楽はできないんだ。ごめんね」

その話を打ち明けられた時、自分の浅はかさを心底後悔した。
正直想像もつかないほどの苦悩を抱えた彼女の傷を、毎日、何度も抉っていたのだと思うと。

「ごめん…ごめん、私…」
「ううん、謝らないで。わたしも曖昧にごまかすばっかりだったから。それに、うれしかったよ」
「え…?」
「今はやっぱりつらい気持ちが勝ってしまうけど…“音楽やろう”って言われるのは、すごくうれしいよ。ピアノじゃなければできるのかも…?なんてちょっと考えちゃうくらいね」

その笑顔はいつもと少し違って、年相応か、それ以上のあどけなさを滲ませていた。
そしてその瞳は、出会った時からずっと、確かなきらめきを宿していることに気付いた。

いつか彼女の傷が癒えてきたなら、肩を並べて音楽をできたらいいなと思った。
ほんの少しの間だって構わないから。



念願叶って、サックス奏者として吹奏楽部に来てくれたはるかは、ものの数日で“初心者”の域を超えてみせた。
入部からまもなくの演奏会で一緒に演奏した時にはもう、言葉を話すことよりも、音楽を奏でることの方が自然に見えた。

この子と同じ世界を見られる時間は、思っていたよりもずっと短いのかもしれない。
彼女の紡ぐ音にワクワクするのと同時に、チクリと胸が痛むのも感じていた。

その日が来ることは、彼女にとっても、彼女を思う自分にとっても、何より喜ばしいことだ。
だけど、そんな日が来ないで欲しいという気持ちも、本音だった。

それでもきっと、自分は笑って彼女を送り出せるだろう。
だからその日までは、彼女と同じ場所で、同じ世界を見ていたい。


そんな思いを嘲笑うかのように、奴はどこからともなく現れるんだ。


「はるかー、昨日は残念だったなあ?」

後輩のくせに呼び捨てで、気が引けて詰められない者も多いその距離を、軽々と飛び越えて。

「く…っ!ま、まあ?初戦はうちの甲斐田に免じて勝たせて差し上げたってことで…?」
「いや、もううちのだから。まあ今夜も勝たせていただきますわ」
「ふふん!交流戦王者の風格見せちゃうぞ!」

そんな表情、誰にも見せたことなかったのに。

「月城さん、野球好きなの?」
「うん!贔屓は神岡エルビリンクハリアーズ、推しは背番号23・藤堂 貴文だよ!」
「勢いすご!へえ、俺も試合やってたら観るよー」

もはや日常の風景になったふたりの会話を聞いたクラスメイトたちが、彼女によく声をかけるようになったのも正直面白くなくて。
きっと彼女を独占したがっている奴にとっても、この流れはかなり不本意だろうけど。

「月城先輩ちわっす!」
「月城さんじゃん、お疲れー」
「月城、マジでマネージャーやんない?」

親しげに彼女の名前を呼ぶ野球部員は、日に日に増えていく。
バカがつくほど野球が大好きすぎる彼女だから、彼らに向ける目はどこか特別で。

一緒に演奏できる時間、その重みがどんどん増していくのに、どうも調子が良いようで、奴らのために演奏させられる回数もどんどん増えて。

やっぱりムカつく。気に食わない。



だけど、納得せざるを得ないものがある。


音楽室で別れたあと、駐輪場から自転車を転がしていると、校門へと並んで歩くふたりを見かけた。

まんまと付き合ってしまった後も、奴に遠慮して彼女は帰り道を送らせたがらない。
だから、それは珍しい光景だった。

奴を見上げる、彼女の瞳。
彼女を見下ろす、奴の瞳。

それだけで、理解したくないことまで、理解させられた。

ふたりの間にあるのは、恋人同士というならば普通に納得できる程度の距離で。
手も繋いでいないし、特段甘い雰囲気というわけでも何でもなくて。

それなのに、この世界にはふたりしかいないような、そんな気がした。
それを見ている自分は、あの場所とは別の世界にいるような。

──あと、どれくらいだろう?

そんなふうに数えていたけれど、きっと、最初から同じ世界には。



いつだって自分の隣に一直線だった視線が、はじめてまともにこちらを向いたと思ったら。

「お願いします」

頭を下げる姿勢の美しさに、こいつは本当に野球部なんだなと、今更すぎることを思いながら。

「…それで、結果おはるが傷付くことになったら、今度こそマジで二度とあんたには会わせないから」
「はい」

迷いのない返答がムカついた。

本当は分かってる。
奴が言うなら、きっとそんなことにはならないんだろう。
もしそうなったとしても、自分などに、ふたりが一緒にいることを妨げることなんてできないだろう。



「1年ちょっと、か」

豪雨の夕方、奴に連れられて彼女がいなくなった音楽室で、呟いた。

「楽しかったよ、おはる」

いってらっしゃい。
きっともう二度と、手の届かないところへ。
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