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[Theme 01]1年生編

02

まだ半分幼児のような顔ぶれの中で、少女はかなり大人びて見えた。
実際はひとつしか歳は変わらないはずだけど、おとなしく机に座って、手だけは騒がしく不思議な動きを繰り返している姿は、まるでそこだけが別世界のようだった。

「なにやってんの?」
「あ、ヤキューショーネン!」

机の上をのぞき込めば、ちんぷんかんぷんな記号ばかりが並べられた本(?)の上で踊っていた手が止まる。

「…ふん。まだはじめたばっかだけどな」
「もう1か月でしょ?えらいよ!」
「……ふふん。で?おまえは?」

少女の言葉にいちいち上がる機嫌が照れくさい。
そんな心中を隠すように、少し強めに返す。
少女はいきなり目を輝かせて、“記号の本”の表紙をこちらに見せてきた。

「あのね!これ、ピアノっていうの!」

その時だけは、誰よりも子どもに見えた。



「ヒサカ?ヒノサカか?」
「ヒノサカです」

敷居すら跨がせてもらえない、なんてことはなく無事に野球部の一員として、今日から寮での生活がはじまる。
若干の緊張はあったものの、同室の柳木 拓真ヤナギ タクマという男は、少なくとも直感では無害そうに見えた。

「洗濯とか自分でやるんだが、洗濯機を触ったことはあるか?」
「あります。どっちかというと慣れてると思います」
「そうか。恥ずかしながら俺は、ここに来てはじめて洗濯表示の存在に気付いた」
「はは。たぶんそれが普通だと思いますよ」

その流れで設備諸々の使い方、食事や入浴のルールをひと通り教えてもらったあと、良い頃合いだったので食堂に向かうことになった。
拓真は食事をしながらごく自然にスマートフォンを取り出したので、自分もおもむろに手に取る。

──無事?先輩たちの洗礼とか、大丈夫?

「ふっ…」

画面に浮かんだ文字列に、思わず声が漏れる。

「どうした?」
「あ…」

さすがにまずいかと一瞬身構えたが、拓真は単純に様子を伺っているだけのようだった。

「えっと…幼馴染に、野球部にコテコテなイメージ持ってるヤツがいて」
「ああ、初日からさっそくシメられてるんじゃないかって心配されたのか」
「あ、そうです。よく分かりましたね」
「うちのクラスにも似たようなヤツがいてな」

キャッチャーならではの洞察力?関係ないか。
適当にそんなことを考えていたら、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「…柳木先輩、何組すか」
「A組だ。ん?ひょっとして、月城か?」

何とも言えないまま黙っていると、それを肯定と捉えたのか拓真は続けた。

「去年、席が近かった時に言われたんだ」


──やっぱり一年生のうちは、タイヤとか引いてひたすら走るの…?


「ふ…アハハ!」

今度は抑えきれなかった。
真剣な顔で尋ねる姿が容易に想像できてしまって。

「夢を壊すのもどうかと思って、“そうだ”と言っておいた」
「ちょっと、柳木先輩…アハハ!」

はるかのイメージ通りの坊主で、ザ・硬派という印象のこの男には意外と遊び心があるらしい。
便乗して、メッセージには“骨は拾ってくれ”と返しておいた。



翌朝、机の上に真新しい教科書を広げていると視線を感じた。
廊下側の窓の向こうから、はるかがこちらを見ていた。

「はる、」
「オワー!あのサックスの人じゃねえか…!」

立ち上がろうとしたのを、後ろから掴みかかられた。

「なんでうちに…まさか俺!?」
「いや、たぶん俺」
「は!?」
「あ、おい!」

今度こそ立ち上がってはるかのもとへ行こうとすれば“どうぞどうぞ”といった身振りで立ち去ろうとするものだから、慌てて纏わりつく男を引きはがして廊下に出た。

「いいよ、わたしは!顔見れたし!」
「良くねえよ」
「こんにちは!」

なんかついてきた。

「先輩、瑛の知り合いですか?」
「え?そう、だと思います…!」
「俺、高原 正也タカハラ マサヤっていいます!瑛とはシニアで何回か戦って全部勝ちました!」
「おい…」
「ええっ!ということは、あなたも…?大丈夫?」
「え?」
「待て待て。お前ら一回黙れ。落ち着け」

頭を抱えそうになるが、冷静に一つずつ整理していこう。

「はるかと俺は幼馴染。こいつとは中学の頃試合で当たって…確かに勝ったことねえけど、俺個人で言えばこいつとの全打席ヒット打ってっから。で、昨日のは冗談。ついでに言うと柳木先輩のも冗談!」

はるかと正也を交互に見ながら、ひと息に言い放った。
沈黙が流れる。
はるかの瞳からは、何を考えているか読み取れないが、あまりこちらにとって良いことは考えていない気がした。

「お前たち、何してるんだ?」
「あ、柳木君」
「拓さん!おはようございます!」

朝練の後 別行動をとっていた拓真が、さも平然とはるかの隣に並んだ。

「…とりあえず、無事でよかった。じゃあね」

はるかは小さく手を振り、あっという間に背を向けてしまう。


──幼馴染に、野球部にコテコテなイメージ持ってるヤツがいて
──そう、だと思います…!


まだちっとも見慣れない校舎の中、昨日初めて会った男と連れ立って 消えていく背中。

「お前、幼馴染ってどういうことだよ!」

うるせえな。俺が知りてえよ。
口には出さず、ただ眺めていた。



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【シニア】中学生の硬式野球のリーグです。小学生は「リトル」。
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※プロ野球や高校野球は硬式です。
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