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[Theme 01]1年生編

12

テーブルの上のコンクリートブロックを眺め、ぺたぺたとキャンバスに色を載せる。
それを繰り返しながら、意識は音楽室から漏れてくるオーケストラの演奏にさらわれる。

──ああ、なんだっけこれ。映画の曲だった気がする…

「こないだ、観に来てくれたんだね」

はっとして隣を見上げると、涼やかな笑顔がこちらを見ていた。

「桐谷君。ごめん、ぼーっとしてた」
「今ので?集中してるようにしか見えなかったよ」

そう見えていたならよく話しかけられるな、という言葉は口には出さないでおいた。

「試合の話。演奏なくても観に来てくれるなんて、やっぱり日坂?」

どうやら話題は秋季大会の予選のことのようだった。
3年生の引退後はじめて新体制で臨む戦いを、はるかはスケジュールが空いていれば必ず球場で見守っていた。

「最近ウェイトと打撃に力入れてるみたいで、本当よく打つよ」
「桐谷君も出塁率すごいよね」
「あはは、走って無理やりヒットにしてるだけだよ」
「それがワクワクするんだよ!やっぱり足が速い子がいるチームは面白いよね」
「…“子”って、僕子どもじゃないんだけどなあ」

微笑む横顔は、春よりは少し日に焼けている。
体育祭でのあの一件、そして試合で実際にプレーする姿を目の当たりにしても尚、この男が高校球児であるという事実はどこか不思議に感じた。

「あ、絵具ついてるよ」
「え?」

まじまじと見ていると千景の頬に絵具がついていることに気付いて、はるかは自分の顔の同じ場所を指差してみせた。

「ああ、目擦ったときについたのかな」
「目は擦っちゃダメだよ!」

はるかが慌てて言った一方で、千景はなんだか楽しそうに笑った。

「ふふ。月城さんがお姉さんっぽいのって、日坂のせい?」

その質問に、なぜか一瞬どきりとした。

「…お姉さんって言うほどでもないけど、ひとつしか変わらないし。でも、よく懐いてくれるから、調子乗って姉貴風吹かしちゃってるとこはあるかも」
「姉貴風ね…日坂は昔からああなの?」
「うーん…そうだねえ、ずいぶん大きくなったし頼もしくもなったけど、変わってないとこもあるかな?ちょっと口悪いとことか、あと…距離感とか」
「…距離感?」
「うん。結構パーソナルスペース狭くない…?」

それは、はるかがこの頃気になりはじめているポイント。
千景はそれでもやっぱり笑っていた。



昼休みになり、美術室から教室へ向かっていると、自販機の前でこの世の終わりのような顔をしている正也がいた。
少し前までは拓真しか野球部員を知らなかったのに、こんなにもあちこちにいるものだったのかと思いながら歩み寄る。
投入口の画面の表示は“110”で止まっていた。

「あと10円?20円?」
「月城先輩!あ、こ、これは…」

とりあえず50円玉を投入した。これでここにあるものは何でも買えるだろう。

「マジですいません!必ず返しますんで!」
「いいよ!前に助けてもらった時のお礼、未だにできてなかったし」

それにしては安すぎるけど、と笑うと正也はもう一度元気よく頭を下げた。

「あ、ねえ…瑛くんって、クラスでどうしてる?」

嬉しそうに炭酸飲料に口をつけた正也に、問いかけてみた。

「どう、というと?」
「うーんと…と、友達はいる…?」

ためらいがちに問いを重ねたはるかに、正也はこれまた元気よく吹き出した。
周りから視線を感じて少し恥ずかしい。

「あいつ、昔から友達いないんすか?」
「まあ、野球で忙しかっただろうし…今はもっとそうだろうけど、その、クラスにいる間はどうなのかなって…」
「自分から誰かに話しかけてるのは見たことないっすねー。話しかけられたら最低限は対応してますけど。マジで最低限…」
「そっか…」
「まあ、どう見ても友達はいないっすねえ」

俺以外!と胸を張る正也の顔が、突然歪んだ。

「いってーな!ピッチャーに肩パンとか信じらんねえ!」
「オトモダチなら許せよ」

そう言いながら、小銭入れを持ったままだったはるかの手に100円玉を握らせてきたのはまさに、二人の話題の人物だった。

「あ、瑛くんいいよ!わたし50円しか出してないし!…ていうか、なんでわかったの?」
「いいから。そして正也は俺に100円返せ」
「うん?それ俺損してない!?」
「してない、してない」

そうなのか?と呟きながら正也は指で何かを数えている。
そうしている間にも瑛はすぐそばへやってきて、はるかが抱えているプリントを覗き込んできた。

「へえ、美術ってこんなかんじなんだ」

授業の計画が記されているプリント。
腰をかがめてそれを眺める瑛の顔は、どう考えても近い。

「…隙あり」
「あ?」

瑛のポケットに100円玉を入れて、はるかは瑛のそばをすり抜けていった。

「盗塁成功!」
「はあ…?」
「ふたりとも、ごはんちゃんと食べるんだよ!」

そう言い残して二人に背を向ける。
正也はまだ必死に計算しているようで、どうやら数学は相当苦労していそうだ。


──それにしても。


瑛との再会から、ずっと話せずにいたことを打ち明けることができ、昔のように接するようになったことに懐かしさを感じていたけれど。
小さな子ども同士がじゃれ合うのと、高校生のそれではあまりに意味が違い過ぎる。

「しっかりしなきゃ」

何もかもが昔のままではいられない。

はるかは人知れず、決意を新たにした。
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