このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

[ad lib]番外編など

In A Mellow Tone [2]

「痛ってぇ!」

飛び起きると、ごとりと鈍い音を立てて何かが滑り落ちた。

暗闇に慣れた目で見回せばそこは、寮の部屋だった。
どうやら頬を打った衝撃の正体は、ヘッドボードに置いていたはずのスマートフォンだったらしい。

どうりでずいぶん重たい感触だと思った──平手打ちにしては。

「何事ですか…」

縦に並んだもう一つのベッドから、くぐもった声が聞こえる。
冬真がアイマスクを付けたままで問いかけてきていた。

「あ…悪い。何でもねえ」
「そうですか。おやすみなさい」

冬真はすぐにぱたりと横になって、すやすやと寝息を立てはじめた。
相変わらず寝入りも寝起きも良過ぎるやつだ。



朝練の後、朝食にしては量の多過ぎる食事をかき込んで、制服に着替えて校舎へ向かう。

「おい!置いてくなって!」

背後から聞こえた憎まれ口も、隣に並んだ正也の話も、適当に受け流しながら歩く。
上履きに履き替えて、階段を昇る。
後方窓際、目の前の席はまだ空いている。

スマートフォンを眺めていても、爽やかな香りが通り過ぎていくことはなかった。

いつの間にか前の席にはクラスメイトが座っていて、このまま何事もなく一日がはじまるんだなと、当たり前のことを思った。
はるかのいない教室。それが現実。
あんな夢なんて、見ない方が幸せだったに決まっている。



昼休み、昼食を済ませて教室を出た。
渡り廊下を通り過ぎて隣の棟へ。
校舎はどれも同じ造りなのに、がらりと雰囲気が違って見える3年生のフロア。
躊躇いもなく足を踏み入れて、教室の窓から中を覗き込んだ。

はるかはいつも通り杏里と一緒にいて、何やらくすくすと笑っている。
珍しく髪を結んだままで、もしかしたら体育の後なのかもしれない。
当然のように教室に入って彼女のもとへ向かうのを、今となってはクラスメイトたちも気にも留めていない。

「げっ!日坂少年、お弁当タイムは譲らないって言ったでしょ!」

はるかの背後から近づくと、向かい合わせに座っていた杏里が指をさしてきた。
うなじの辺りで結んだ髪が静かに揺れて、はるかがゆっくりと振り返る。

ふ、とやわらかく微笑んだ。

鼓動が跳ねて、息を呑む。

「瑛くんごめんね、まだ食べ終わってないからもうちょっと待ってね」
「あ…うん」
「外で待っとけよ!毎日毎日ズケズケ入ってくんじゃねーよ!」
「杏里ちゃんもクラス違うよね…?」

目くじらを立てる杏里の方へと顔を向けてしまったはるかの、結わえた髪をするりと撫でた。
その瞬間、はるかは勢いよく振り返って、また瑛を見上げた。

「あ、瑛くん人前ですよ…」
「4時間目、体育?」
「え、あ、うん」

あたふたとしているくせに、質問をぶつければ素直に頷いてくれる。
いじらしくて頬が緩んだ。

「何やったの」
「えっ、バドミントン…」
「へえ」

頭に浮かぶのは、両手で持ったラケットを思い切り振り抜くあの姿。

「かっ飛ばした?」

小首を傾げてそう言えば、はるかの顔がみるみるうちに赤くなった。

「なんで…!?まさか見てたの!?」
「まあ、見てたっちゃ見てたか。夢だけど」
「はい…!?」
「説明は後でな。ごゆっくりどーぞ」

ぽんぽんと肩を叩いて教室を出れば、はるかが大急ぎで弁当の残りをつまむのが見える。
その間もちらちらと瑛を見る様子には、かなり心をくすぐられるものがあり頬が緩む。


同い年の方が、一緒に過ごせる時間が格段に増えることを思い知った。
あんな夢を見なくても、分かりきっていたことだけど。
一日にたった2、30分ほどしか会えない自分には知り得ないはるかの顔が、他にもきっとたくさんあるんだろう。

それでも、慌てて教室を出てくるはるかを見ていると、やっぱりこれがいいなと思えてくるから不思議だった。


“同い年のはるか”の夢の話を聞かせると、はるかは恥ずかしそうに、だけどけらけらと笑った。

「あはは、変な夢だねえ。あ、それ全部ただの夢だから!」
「ホントかよ。怪しー」
「だ、だって見たこともないのに、夢に出てくるわけないでしょ…!」
「見たことあるのもあったけどな」

瑛がそう言うと、はるかは首を傾げた。
はるかに話したのはまだ、体育の授業のところまでで。

「夢の最後、はるかと女子が喋ってるのに俺が入ってくとこでさ」
「うん」
「何の話だったと思う?」

きょとんとした顔のままのはるか。
ぐっと肩を寄せて、耳元で囁く。

「はるかの胸がでかくて、下着がかわいいって話」

その瞬間、真っ赤な顔のはるかが小さな手を振りかぶって──

ぺち、と触れるだけの、あまりにもやさしい平手打ちをお見舞いされた。




________________
瑛は捻くれているくせに、一丁前に思春期男子の悪い部分だけは詰め込んだ高校生なんじゃないかと思っています。

4/7ページ